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古民家と執事  作者: ペルソナ導師
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4/5

テロワールと学者

このテロワールを書きたいが為に小説を書き始めました。

 時間はすっかり夕刻となっていた…いつも通りの駅で降り、そしていつもの自転車を漕いで帰る…しかし、この夕方は少し違って見えた…周りの田畑や雑草を夕日が赤く照らし光も穏やかな琥珀色を帯びている、ボクはこの光のアッサムティーの中を、澄んだ赤の世界に潜り込んでいく途中なのだ。言いたい…言いたい…この紅茶の静謐なる世界を…そして感心してもらいたい…これが学者な性分なのか…カブトムシが樹液に群がるのが当然のように…学者とは新しいことを知ると人に言いたくなるものなのだ。でも職場のヤツは理解しない、興味もない…もどかしい…もやもやしながら、ボクは自転車を漕ぎ、古民家に帰りつく…


「ご主人様、今日はカレーが食べたいとのご要望でしたので、チキンティッカマサラにしましたわ」

「チキテ…カマサ…」

「はい、チキンティッカマサラですわ、それとご近所さんからイチゴをいただきましたの…コンフィチュールを作りましたわ」

「コンヒ…チ…」

「はい、コンフィチュールですわ」

謎の呪文のようなメニューを聞かされながらボクは執事に促されちゃぶ台につく。


メアリの話ではこのチキンティッカマサラはインドから伝わったスパイス料理を改良してイギリスで生まれたカレーらしい。

日本にもカレーが入ってカツカレーが生まれたのにイギリスにもカレーが入って工夫や改良がされているんだ…イギリスの料理はまずい、そう自分で言うのはイギリス人は自虐的なのかもしれない…そうこうしているうちにメアリはティーセットをトレーに乗せちゃぶ台までやってきた。

「今日の紅茶はセイロンティーの中の一つ、ウバでございます。」

メアリは手際よく紅茶を淹れていく、ミントのような清涼な香りが鼻腔をくすぐった。

「このウバはスリランカの高原で育ち太陽の恵みを受けて育つ、アルカナで言うならば『19太陽』のカードのようであり、セイロンティーだけで多くの紅茶が存在する、その完成された世界は文字通り『21世界』と申しましょうか…」

ボクは慎重にカップに口をつけた、今までの清涼な香りだけでない、口内に入るとそれはバラのような香りを放ち程よい渋みが喉を通る。

「驚いたな…これは複雑な香り、喉もスッキリするね…」

渋みの存在感を喉で感じながら、またボクは疑問を持つ、セイロンティーの多くの存在…?

「メアリ、セイロンティーだけで多くの紅茶が存在するのね?いったいどれくらいの品種が存在するの?」

メアリは少し考え込む

空中に目を向けて、瞼の奥、さらに奥のその記憶を呼び覚まそうとして…

「そうですわ…セイロンティーの主要なものだけでもウバ、ディンブラ、ヌワラエリヤ、ルフナ、サバラガムワ、そしてキャンディ...この6種類ございます。」

ボクは思わずカップを置いた、メアリの方へ顔を突き出す。

「セイロンは、あのインドの右下のあの小さな島だよね!あんな所に6種類のも品種があるの?!」

メアリは顎に手を当てて顔を伏せた…少し考え込んでいるようだ…

「品種…?」

あれ?ボク、何かおかしなことを言った…?

そうすると…不意にメアリが顔を上げ明るい声を上げた。


「テロワールですわ!」


テ…テロワール??

「はい、テロワールでございます。ご主人様」

メアリは正座をしたまま、こちらに向き直る。

「テロワールとは、その土地の土壌、気温、湿度、日照時間などによって、植物の性質が変わってくるのです。」

??…

「順をおって説明しますね。元々お茶は中国の南西部、雲南省で飲まれていましたの。それが中国全体に広まって日本までやってきた、これが現在の緑茶なのです。」

ボクは思わず茶箪笥を指さす。

「ええ?まさか緑茶はメアリの紅茶と同じなの?」

「そうでございます、元は同じ茶の樹でしたの。それからお茶はイギリスに渡り、より発酵させ乾燥させてイギリス人好みに作りあげて紅茶になりましたの。」

イギリス人の食への拘りもなかなか日本人に負けないくらいあるのだ。でも…なぜ…?

「でも…ダージリンもアッサムも味や風味が違うよね…??」

「はい、そこでテロワールなのです。」

メアリはちゃぶ台の上のカップ両手で囲みそのまま机の上で移動させる。

「19世紀頃にインドで大規模栽培をすることになって、ダージリン地方アッサム地方で茶の樹を植えたのです」

カップに指を入れてからチョンチョンとちゃぶ台の2箇所を指さす、ダージリンとアッサムなのか…

「ところがです、2箇所で植えた茶の樹がそれぞれ違う味になっているのに気づいた、これはもしかして

土壌や気候によって味や風味が変化するのではないか…?」

まさか、そんなような…

「メアリ、例えばキャベツとかだと違う場所で植えても多少違いはあるだろうけどやはりキャベツはキャベツだよね…それが茶の樹は変わってくると…?」

「そうでございます。これこそがテロワール、お茶はただ単に食物を頂いているのではございません、その土地の記憶を頂いているのです。」

そういうことだったのか…だから、ダージリン産とかアッサム産とか地方に拘っていたのか…

メアリはちゃぶ台の上で左右に手を広げる。

「インドでの栽培の成功を受けて、こんどはセイロン、今のスリランカですね。そこでも栽培することなって…」

まさかスリランカではたくさんのテロワールが…

「スリランカでもたくさんテロワールがあることがわかりましたの。」

「ええ!でもスリランカは右下くらいにあるあの小さな島だよね?あの島だけで6種類だったか、そんなにテロワールがあるなんて…見つけた人は驚いただろうね。」

メアリはにこやかにこちらに向き直る。

「そうですわね、スリランカの豊かな自然、豊富なテロワール、驚くばかりでございます。まさにあの島は楽園、神々の管理する庭園ですわね。」

メアリは相変わらず美しい詩的な表現をする。

「驚いた、ボクは何も知らなかった…なんだかこの年で恥ずかしいよ…」

メアリは蝶を愛でるかのように主人の手を両手でつつみ込んだ…

この人は本当に学者なんだろうか…まったく知ったふりをせず、知らなかったことには素直に驚く、実はそういう姿勢こそ学者の資質なだろうか…

「ご主人様、恥ずかしがることはございません。日本人にはあまり馴染みがないことです。知らない人もきっと大勢いらっしゃいますわ。」

ボクはメアリの手を自然に受け止めた、これがお釈迦様が垂らす蜘蛛の糸だったからだ…

メアリはそっと手を離して、カップに残された数滴の紅茶を飲みほしてから続ける。

「現在ではいろんな品種の茶の樹を同時に植えますの。香りの強い品種、味のある品種、コクのある品種といろいろ植えて、ブレンドします。そうしてダージリン、アッサムなどより個性の強い紅茶を作り上げていますのよ。」

「へえ。じゃあ テロワール×品種のブレンド=ダージリンティーやアッサムティーになるんだね。」

「わかりやすい計算ですわ、でもいろんな品種を植えたとしてもテロワールの影響から逃れることはできません、テロワールを元にして全ての品種、茶葉は作られているのです。」

ボクは茶の樹の長い旅を終える為に、カップに残された僅かな数滴を飲み干した。

それで、またちょっとしたモヤモヤを思い出す…

「あの…メアリさん…」

「はい、メアリとお呼びください。ご主人様」

「チキンティッカマサラもおいしかったのですが…こんどは普通のカレーも食べたいです…」








メアリ

「チキンティッカマサラはイギリスで生まれたスパイス料理ですわ。チキンにヨーグルトやスパイスを塗って焼き、それをトマトと生クリーム、スパイスで煮込んだカレーです。日本ではインド料理屋に行くとある『チキンカレー』がそうですわ。」

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