青いクーパーと執事
ナバラガムワ(黒糖やキャラメルのような甘い香り)
ヌワラエリヤ(高地・華やかで繊細)
ウバ(メントールのような爽快感で知られる)
ディンブラ(バランスがよい)
キャンディ(まろやか)
ルフナ(濃厚でコクがある)
ジリリ…と季節外れの強い日差しが照りつける、ボクは停められた自動車の間を縫って進んでいく。
少し前かがみになり、顔をしかめっ面にしているのは暑さのせいだけではない…
「おい、ボンクラ!今日の客の入りはどうだった?」
小早川礼、同じ「占い師の館」に勤める占い師だ。高い身長に健康的な赤銅色の肌、これで和装をし易者や手相占いをしているのは意外だ…筋トレで鍛えているらしく袖からすらっと伸びる血管の浮き出た腕を伸ばし、悩めるマダム達の手をとり握りながら時には手相をなぞり時には指を絡め…
手を触りたいだけではないか…
「ボクちゃんは元はそこそこいいんだからキチンとおしゃれしなさいよ、そうすればきっと客も増えるんじゃない?」
大槻ヒナ、同じ「占い師の館」のこれも同僚だ。なにやら「女子高生占い師」として鮮烈にデビューしSNSやらで星占いやホロスコープ占いを披露し若い子に人気らしい…
最近は「女子高生…」と名乗るは苦しくなってきたのでないか…
ボクがこの二人にバカにされるのは理由がある…小早川礼はマダム達に人気があり、大槻ヒナは女子高生や若い子に人気があり、ボクはそれ以外に人気だ…今日のデパートでの催事もそうだ…あきらかにレイとヒナの前には行列ができボクの前には行列を並ぶのをよしとしない客がやってくる…
「ボクちゃんは散髪とかどこでしてるの?キチンと髪型を整えたらいいんじゃない?」
床屋なんて、この10年くらい行ったことない、自分でバリカンで坊主にしてしまうからだ…
「散髪なんて…バリカンで…」
「自分でやってるの?服装も普通のスーツじゃない?」
バリカンでやれば楽じゃないか…スーツだって…普通のでいいじゃないか…
そう言いかけるとヒナはすぐに声をだす…
「ボクちゃんは彼女とかいないの?一度彼女によく見てもらったほうがいいって」
ヒナはいたずらっぽく笑う、すぐにレイが続いて笑う
「あ〜ムリムリ、ボンクラには彼女はできないよ」
彼女…だと…
「彼女ぐらいいるもん…」
言ってしまった…
ヒナは思わず声を上げた。
「ええ!本当彼女いるの?どんな人どんな人?」
こうなれば止められない…不本意だがこうするしかないのだ!
「ボクの彼女は、身長も高くて顔もキレイて、おっぱいも大きくて、料理も美味しくて、紅茶を入れるのが得意なんだ」
レイは変わらずニヤリと笑う…
「本当かよ…」
少し心が咎めたが…しかたない…
「ああ…本当だとも。今日は駐車場まで迎えに来てる」
レイもヒナも言葉を失った…こんな冴えない男に彼女なんてそぐわない…
「ほら、そろそろ見えてくるさ!」
青いクーパーはボクダの目印だった…地味ながらもモダンなデザインは街の中でも自然と溶け込み、田舎の古民家の中でも不思議と牧歌的な風景を引き立たせた。そのクーパーのドアの前になぜかモーニングコートを着た背の高い女性が立っている、一糸乱れぬ直立した姿は彼女の美しさを際立たせ、折り目正しく着たモーニングコートからは気品が溢れているようだった。彼女はボクダの姿が見えてくると恭しく頭を下げ車のドアノブに手をかける。
「彼女さ」
ボクダは誇らしげに言った…
レイとヒナは同時に声を上げた。
「違うだろ!」
「違うだろ!」
「ご主人様、デパートでの催事お疲れ様でした、首尾はどうでしたか?」
メアリは慣れた感じで車を走らせる。
「うん…まあまあだったよ。」
メアリは注意深く辺りを見渡し車道へと車を進ませる。
「あのお二人は職場の同僚ですの?」
あまりその話題には触れて欲しくない…
「そうだけど…二人とも先輩になるかな…」
「ずいぶん親しげに話されてましたわね」
親しげ…なわけない…
「アイツラ、ボクのことをバカにしてるんだ…」
メアリは少し声を上げ主人のほうを少し見る。
「まあ。そうでしたの?それはご主人様、貴方に心を許してるからではありませんか?」
ボクは狭い助手席に足を屈して膝を抱えこんだ…
「今日だって…客があまり来なくて…」
「まぁ…」
メアリは少し考えこむ…しばらくして頷いた。
「ご主人様、今日は行ってみたいお店があるのですが、お付き合いお願いしても構いませんか?」
主人は足を下ろし軽く伸びをした。
「うん、別にいいよ。どこにいくの?」
「はい、紅茶専門店に行って少し紅茶を買おうかと…」
ボクは思わず顔をほころばせてメアリの顔を見た。
「紅茶専門店だって…うわ、そんな所いくのは始めてだよ。メアリは時々行ってたのかい?」
「はい、ご主人様にお使えしてからは数回しか行ってませんが…そうそう始めてのお給金でその店でセイロンティーを買いましたのよ」
メアリは楽しげに言った。
ボクは少し気になることが出来てきた。
「紅茶ならボクも飲むから同じ財布でいいのに」
「いいえ、紅茶選びは執事としての矜持です。責任を持って私の給金から出させて頂きます。」
メアリは唇を固く結んだ、矜持とかそんなのならきっとめんどくさいやつに違いない…それと、この際だから聞いておこう…
「メアリ、その…給金は足りているかい…」
メアリがにこやかに微笑んでいるのがバックミラーに写った。
「はい、十分でございます。私にはもったいないくらいですわ」
「でも…前の英国の貴族の所ではたくさん貰っていたのでしょ?ボクのはスズメの涙ほどしか…」
メアリはさらに顔をほころばせた。
「たしかに多く頂いてましたわ…しかし英国の邸宅は広すぎてなかなか同僚に会うこともそんなにありませんでした…孤独で寂しいときもありましたの」
ボクはシートの後ろにもたれ両手を頭の後ろで組んだ。
「家が狭いのもいいことがあるんだね」
メアリはクスクスと笑い出した。
「まぁ…ご主人様らしい、その通りですわ」
車はスピードを落とし路地のほうへ入っていった。
雑然とした街は店が立ち並ぶ、紅茶専門店が近くにあることを予感させる。
「紅茶専門店に入るのになにか注意することはあるかい?」
メアリは少し考えてから言った。
「紅茶の店と言っても品ぞろえがぜんぜん違うことがありますの、アッサムやダージリンなど本格的な紅茶の店、アールグレイのフレーバーティーを中心に置いてる店、またはハーブティーを中心に置く店もあるので確認してみることですわ」
「ふーん、これから行くお店はどのお店?」
「はい、本格的な紅茶とフレーバーティーがバランスよく販売されているお店ですわ、あ、そろそろ着きます。」メアリはハンドルをきり少し狭い駐車場へ車を入れる。
「さあ、ご主人様。参りましょう」
店の中はこじんまりとしてるが壁には一面に紅茶のパッケージが並べられ微かにベルガモットの匂いもしてくる、穏やかな表情の店員さんがいてにこやかに迎え入れる。
「いらっしゃいませ、メアリさん、お久しぶりです、そちらの方は…?」
メアリも丁寧に挨拶をし、ボクは少し照れる感じで簡単に挨拶をする。なにかおもしろいことがないか貪欲に探し始める、いいのか悪いのか…昔からのクセなのだ…でも、色とりどりの紅茶のパッケージは何がどうなってるのか一瞬では想像がつかなかった…
「メアリ…紅茶を選ぶのに何か決まりはあるのかい?」
メアリは棚から目を離し振り向く。
「はい、大切なのは『あまり買いすぎない』ということですわ」
「買いすぎない…?」いまひとつ腑に落ちにくい…
「日本とイギリスでは水の性質が違いますの、イギリスだと硬水、ミネラルがたくさん入った水なのでなかなか紅茶の色がなかなかでないのです、日本は軟水、ミネラルもそんなにないので僅かな茶葉でも色がしっかりとでますの。だから最初は少しずつ、気に入ったたら量を増やしても構いません」
そうだ、水も違ってくるんだ…それは基本であり一番大切なことのような気がする…
そうこうしているうちに甘い匂いのする棚に引き寄せられる、そこには大き目のクッキーだろうか…ガラス棚に収められて、カリカリとした表面や挟まれたバターがいかにも美味しそうで…
「まあ…ご主人様、花より団子、紅茶よりスコーンですわね」
ボクは期待した目でメアリを見やる。
「スコーン!」
「はいはい…わかっております。せっかくなのでスコーンを買って帰りましょ、紅茶は選んで置きます」
駐車場に戻ると、車の上には桜の花びらが降りかかっていた…駐車場の桜の木から散らされた花びらだろう…
「まあ、大切なお車に花びらが…」
メアリは花びらを払おうとした、でも…
「このままでもいいんじゃないかな…?」
メアリは振り返って微笑んだ…
「そうですわね。」
車に乗り込むとメアリは静かに車を走らせた。
きっと少し慌ただしく過ぎていった春の名残を、古民家に持ち帰りたかったのだろう…
メアリも同じ想いだったと思う。
メアリ
「スコーンとは小麦粉とバターを練り込んで焼いたイギリスの伝統のお菓子ですわ、ジャムやコンフィチュール、クロテッドクリームをつけて食べますのよ」




