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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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風脈の底





 《グランドカーゴ》艦橋。


 空王国乗組員達が慌ただしく動き続けていた。


『第三風脈帯、完全崩壊!!』


『浮遊制御低下しています!!』


『左翼推進炉、出力低下!!』


 警報が鳴り止まない。


 艦全体が不規則に揺れている。


 窓の外。


 黒雲はさらに広がっていた。


 まるで空そのものが腐っていくみたいだった。


 シェルファが前方を睨む。


「風脈核を探知できませんか」


「ダメです!!」


 観測士が叫ぶ。


「流れそのものが乱れています!!」


 普通の嵐ではない。


 風脈自体が暴れている。


 つまり。


 空王国の航路そのものが崩壊しかけていた。


 その時だった。


 トシオが黒雲を見ながら呟く。


「……底におるな」


 全員が振り向く。


「底?」


 アークが眉をひそめた。


 トシオは窓の外を見ている。


「流れ暴れとる原因が下におる」


「下……?」


 シェルファが目を細めた。


 だが。


 次の瞬間。


 艦が大きく傾く。


 ゴ ァ ァ ァ ァ ン!!


 床を固定していた金属箱が滑る。


 通路奥で食器が派手に転がった。


「うおっ!?」


 タマが柱へしがみつく。


 フィルニアは踏ん張りながら笑っていた。


「ちょっと楽しくなってきたな!!」


「アンタだけよ!!」


 ミーコが叫ぶ。


 その時だった。


『下方より大型反応!!』


 観測士が叫ぶ。


『来ます!!』


 直後。


 雲海が爆発した。


 ド ォ ォ ォ ォ ォ ン!!!


「なっ――」


 巨大な何かが飛び出す。


 長い。


 黒い。


 しかも。


 翼ではない。


「蛇……!?」


 タマが目を見開く。


 違う。


 魚だ。


 巨大な海蛇みたいな魚。


 だが。


 全身が侵食されている。


 黒霧。


 赤黒い目。


 さらに。


 周囲へ黒い風を撒き散らしていた。


 シェルファが息を呑む。


「風喰い……!?」


「知ってるのか?」


 グランヴェルが聞く。


 シェルファの表情が険しい。


「古代災害種です」


「通常は深層風脈へ存在するはず……」


 風喰い。


 その名の通り。


 風脈を喰らう魔物。


 つまり。


 コイツが暴走している限り、空路そのものが崩壊する。


 次の瞬間。


 風喰いが咆哮した。


 ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!


 衝撃。


 黒風。


 《グランドカーゴ》が吹き飛ばされる。


「うわっ!?」


 タマが床を滑る。


 フィルニアが片腕を掴んだ。


「落ちんな!!」


「お前もな!!」


 その時だった。


 風喰いが再び突撃してくる。


 デカい。


 船と同格レベルだ。


「迎撃!!」


 風魔導砲が一斉発射された。


 だが。


 風喰いが口を開く。


 瞬間。


 砲撃が消えた。


「食った!?」


 アークが絶句する。


 風魔力そのものを喰らっている。


 相性が最悪だった。


 そのまま風喰いが艦へ激突する。


 ガ ァ ァ ァ ァ ン!!!


 装甲が歪む。


 船体が軋む。


『側面装甲破損!!』


『推進翼損傷!!』


 艦橋の空気が張り詰めた。


 このままでは落ちる。


 その時だった。


 トシオが前へ出る。


「じーちゃん?」


 ミーコが振り向く。


 トシオは黒雲と風喰いを見据えていた。


 風。


 流れ。


 全部を読んでいるみたいだった。


「……暴れ方が下手くそだ」


 低い声。


 風喰いが咆哮する。


 黒風が渦巻く。


 だが。


 トシオは動かなかった。


 ゆっくり右腕を上げる。


 その瞬間。


 空気が変わる。


 重い。


 深い。


 海の底みたいな圧力。


 アークが息を呑む。


「まただ……」


 次の瞬間。


 トシオが腕を振り下ろした。


ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!


 轟音。


 見えない衝撃が黒風を叩き割る。


 風喰いの突撃が止まった。


 さらに。


 雲海そのものが左右へ裂ける。


「は……?」


 シェルファが固まる。


 黒雲の流れが変わっていた。


 トシオが。


 風脈そのものを殴って捻じ曲げた。


 風喰いが怒り狂う。


 黒風をさらに膨れ上がらせた。


 すると。


 ミツコが静かに前へ出る。


「あなた」


「ん?」


「そのままやと船まで壊れるよぉ」


「……そうか」


 トシオが頭を掻く。


 フィルニアが吹き出した。


「今ので加減してんのかよ!!」


 タマまで叫ぶ。


「怖ぇよじーちゃん!!」


 だが。


 その時だった。


 ミツコの手の中。


 結命が淡く光る。


 優しい光。


 柔らかい。


 次の瞬間。


 《グランドカーゴ》全体へ薄い膜みたいな光が広がった。


 シェルファが目を見開く。


「防護結界……?」


「違う」


 セレスが静かに呟く。


「もっと優しい何かです」


 実際。


 空気が変わっていた。


 不思議と安心感がある。


 壊れそうだった船体の軋みまで収まっていた。


 ミツコが笑う。


「これで思いっきりやれるやろ?」


 トシオが頷く。


「助かる」


 その時。


 風喰いが再び突っ込んでくる。


 巨大な口。


 黒風。


 圧倒的質量。


 だが。


 トシオは逃げない。


 一歩踏み込む。


 ゴ ッ


 床が沈む。


 右腕を引く。


 まるで。


 巨大な銛を投げる前みたいな構えだった。


 空気が唸る。


 風が逆巻く。


 そして。


 トシオが低く呟いた。


「――沈め」


 次の瞬間。


ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!


 拳。


 ではない。


 巨大な海流そのものが撃ち出されたみたいだった。


 轟圧。


 衝撃。


 大気が裂ける。


 風喰いへ直撃。


 黒風ごと巨体を呑み込む。


 ド ォ ォ ォ ォ ォ ン!!!


 爆音。


 風喰いの巨体が回転する。


 さらに。


 そのまま雲海の遥か下まで叩き落された。


 黒雲が吹き飛ぶ。


 風脈が戻る。


 静寂。


 誰も動けなかった。


 アークがぽつりと呟く。


「……空を殴ってるのに海みたいなんだが」


 フィルニアが頷く。


「分かる」


 レオネが真顔だった。


「もう理解を諦め始めています」


 その時だった。


 トシオが静かに空を見上げる。


「……まだおる」


 全員の顔色が変わる。


 黒雲。


 その奥。


  黒雲の奥。


 赤い光が次々と灯っていく。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 いや。


 まだ増えていた。


「おいおい……」


 タマの顔が引きつる。


「まだいるのかよ」


 シェルファが険しい顔で前へ出た。


「総員、衝撃――」


 その瞬間だった。


 黒雲が裂ける。


 ド ォ ォ ォ ォ ォ ン!!!


 巨大な影が飛び出した。


 今までとは桁が違う。


 長い。


 デカい。


 そして。


 黒い。


 雲海を押し潰しながら現れたその姿は、もはや災害だった。


「……嘘だろ」


 アークが息を呑む。


 巨大魚竜。


 全身を侵食が覆っている。


 しかも。


 胸部。


 そこに。


 巨大な赤い眼球が埋め込まれていた。


 ギ ロ リ


 視線。


 瞬間。


 《グランドカーゴ》全体へ重圧が落ちる。


「ぐっ……!?」


 乗組員達が膝をついた。


 空気が重い。


 息苦しい。


 侵食瘴気の密度が違う。


 セレスが剣を支えに踏ん張る。


「今までの個体とは別格です……!」


 グランヴェルも歯を食いしばった。


「本体か……!」


 次の瞬間。


 巨大魚竜が咆哮する。


 ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!!!


 黒風が爆発した。


 《グランドカーゴ》が大きく軋む。


 装甲が悲鳴を上げる。


『船体限界です!!』


『これ以上は――』


 トシオが黒雲を見上げる。


 巨大魚竜を見る。


 そして。


 低く呟く。


「……うるさいのぉ」


 その瞬間。


 巨大魚竜が突っ込んでくる。


 一直線。


 圧倒的質量。


 雲海ごと押し潰しながら迫ってくる。


「じーちゃん!!」


 ミーコが叫ぶ。


 トシオが前へ出た。


 一歩。


 また一歩。


 巨大魚竜との距離が一気に詰まる。


 そして。


 巨大魚竜が口を開いた瞬間。


 トシオが飛んだ。


 ド ォ ン!!!


「はぁっ!?」


 アークが絶叫する。


 人間の跳躍じゃない。


 砲弾みたいに空を突き抜けた。


 次の瞬間。


 トシオが巨大魚竜の首へしがみつく。


「なっ――」


 そのまま。


 両腕を回した。


 ギ ギ ギ ギ ギ……


 巨大魚竜の動きが止まる。


 ベアハッグ。


 空の災害級魔物を。


 力だけで締め上げている。


「嘘だろぉぉぉぉ!?」


 タマが叫ぶ。


 フィルニアまで目を剥いていた。


「抱き付いて止めてるぞアイツ!!」


 巨大魚竜が暴れる。


 黒風が荒れ狂う。


 トシオは離さない。


 さらに締め上げる。


 ギ ギ ギ ギ ギ ギ……


 骨が軋む音。


 巨体が悲鳴を上げる。


 そして。


 トシオが低く唸った。


「暴れんな」


 次の瞬間。


 海みたいな圧力が空へ広がった。


 黒雲が震える。


 風脈が唸る。


 巨大魚竜が初めて恐怖した。


 赤い眼が揺れる。


 逃げようとする。


 遅い。


 トシオが腰を落とした。


 筋肉が膨れ上がる。


 空気が沈む。


 そして。


 右腕を引いた。


 まるで。


 巨大な碇を叩き込むみたいに。


 次の瞬間。


ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!!


 拳。


 轟音。


 衝撃。


 空そのものが砕けた。


 巨大魚竜の胴体へ、真正面から拳がめり込む。


 一瞬。


 静止。


 そして。


 ド ッ ッ ッ ッ ッ ッ !!!!!!


 爆散。


 黒霧。


 鱗。


 侵食。


 全部まとめて粉々に吹き飛んだ。


 雲海へ巨大な穴が空く。


 黒雲が裂ける。


 風が止む。


 静寂。


 誰も喋れなかった。


 上空。


 トシオだけが普通に落下してくる。


「じーちゃぁぁぁぁん!!?」


 ミーコが叫ぶ。


 トシオは普通に《グランドカーゴ》甲板へ着地した。


 ド ン


 ちょっと床が割れた。


「おぉ、硬いのぉ」


「硬いのぉじゃねぇぇぇぇぇ!!」


 タマが叫ぶ。


 フィルニアが腹抱えて笑っていた。


「はははははは!! 最高かよ!!」


 レオネが真顔で呟く。


「竜王陛下案件では……?」


 アークはまだ固まっていた。


「……災害を素手で粉砕したぞ」


 シェルファも静かにトシオを見ていた。


 そして。


 ゆっくり呟く。


「……風脈が、戻っている」


 窓の外。


 黒雲は消え始めていた。


 荒れていた風も静まっていく。


 雲海へ、夕陽が差し込む。


 赤く染まる空。


 静かな風。


 まるで。


 最初から嵐なんて無かったみたいだった。


 その時。


 ミツコがトシオへ近付く。


「お疲れさん」


「腹減った」


「ふふ」


 ミツコが笑う。


 タマが即座に反応した。


「俺も!!」


「俺様もだ!!」


 フィルニアまで手を上げる。


 ミーコが頭を抱える。


「なんで戦闘後毎回それなのよ……」


 その声は、少しだけ安心したみたいだった。

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