雲海の魔眼
《グランドカーゴ》内部。
壁をぶち抜かれた通路へ、冷たい風が吹き込んでいた。
侵食飛竜は消えた。
だが。
誰一人、安心していない。
窓の外。
黒雲の奥。
そこに。
巨大な赤い目が浮かんでいた。
「……なんだアレ」
タマの声が掠れる。
フィルニアも流石に笑っていなかった。
「デカすぎるだろ……」
シェルファが険しい顔で前へ出る。
「総員警戒態勢」
「艦を第三防護陣形へ移行」
『了解!!』
艦内が一気に慌ただしくなる。
乗組員達が走る。
風魔導炉の出力が上がったのか、床が微かに振動していた。
セレスが静かに呟く。
「……視線を感じますね」
「見られてるな」
グランヴェルも剣を握る。
その時だった。
黒雲が蠢く。
ズ ズ ズ ズ……
巨大な何かが動いていた。
長い。
いや。
デカい。
雲の中に収まり切っていない。
ユキが青ざめる。
「蛇……?」
違う。
翼がある。
さらに。
全身が黒い霧みたいなものへ侵食されていた。
アークが息を呑む。
「古代飛竜級……!?」
シェルファの表情が険しくなる。
「こんな高度へ出現するはずが……」
その時だった。
巨大な魔眼が開く。
ギ ロ リ
空気が凍る。
瞬間。
乗組員数人が膝をついた。
「ぐっ……!?」
「頭が……!」
ミーコが顔をしかめる。
「なにこれ……」
嫌な圧迫感。
頭へ直接響いてくる。
侵食瘴気。
しかも今までより遥かに濃い。
だが。
ミツコが前へ出た瞬間。
空気が変わった。
柔らかい。
温かい。
あの感覚。
買い物籠から取り出した小刀――結命が淡く光っていた。
スゥ……
優しい光が広がる。
乗組員達の顔色が戻っていく。
「楽になった……?」
「瘴気が消えてる……!」
シェルファが目を見開いた。
あれほど濃い侵食を抑え込む。
普通ではない。
一方で。
トシオはずっと黒雲を見ていた。
「……怒っとるな」
誰へ向けた言葉なのか分からない。
その時だった。
黒雲が裂ける。
ド ォ ォ ォ ォ ン!!
巨大飛竜が飛び出した。
「来るぞ!!」
アークが叫ぶ。
直後。
古代飛竜級が《グランドカーゴ》へ突撃してきた。
デカい。
今までの侵食飛竜とは比較にならない。
しかも。
黒霧を撒き散らしている。
「迎撃!!」
風魔導砲が一斉発射された。
ド ド ド ド ド ォ ン!!
爆発。
だが。
止まらない。
黒霧が砲撃を呑み込んでいた。
「嘘だろ!?」
タマが叫ぶ。
次の瞬間。
古代飛竜級が咆哮した。
ゴ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ッ!!!
衝撃波。
通路ガラスが一斉に砕ける。
艦が大きく揺れた。
「きゃっ!?」
ユキがよろける。
ミーコが抱き寄せる。
「ユキ!!」
その時だった。
古代飛竜級が艦側面へ爪を振り下ろした。
ガ ァ ァ ァ ァ ン!!!
金属が裂ける。
装甲が歪む。
「側面突破されます!!」
兵士が叫ぶ。
シェルファが歯を食いしばった。
「高度を下げるな!」
「雲海下へ落ちれば終わりです!!」
だが。
古代飛竜級は止まらない。
さらに黒霧を膨れ上がらせる。
その瞬間。
トシオが前へ出た。
「じーちゃん?」
ミーコが振り向く。
トシオは静かだった。
怒鳴らない。
構えない。
ただ。
一歩踏み出す。
ゴ ッ
その瞬間。
床が沈んだ。
「……は?」
アークが固まる。
トシオの周囲だけ空気が変わっていた。
重い。
深い。
まるで。
海の底。
次の瞬間。
古代飛竜級が再び咆哮する。
黒霧が膨れ上がる。
だが。
トシオが腕を振った。
ただそれだけ。
なのに。
ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!
轟音。
空気が爆ぜた。
衝撃波。
いや。
見えない激流みたいな圧力が、真正面から叩き込まれる。
古代飛竜級の巨体が止まった。
「止まっ――」
アークが言葉を失う。
次の瞬間。
黒霧ごと吹き飛ぶ。
雲海が割れた。
一直線に。
まるで巨大な海流が空を裂いたみたいだった。
古代飛竜級が悲鳴を上げる。
巨体が流される。
だが。
まだ落ちない。
侵食が再生している。
「まだ動くのか……!」
グランヴェルが目を見開く。
その時だった。
トシオが静かに呟く。
「流れが悪い」
右足を踏み込む。
腰を落とす。
まるで。
巨大な網を引く漁師みたいな動きだった。
次の瞬間。
ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!
拳。
ではない。
空間そのものが潰れた。
大気が唸る。
衝撃波が螺旋を描きながら飛ぶ。
古代飛竜級の胸部へ直撃。
ド ォ ォ ォ ォ ン!!!
黒霧が爆散した。
巨体が回転する。
さらに。
雲海を突き抜けながら遥か下まで吹き飛ぶ。
静寂。
誰も喋れなかった。
タマが口をぱくぱくしている。
「……今の殴ってないよな?」
「空気で吹き飛ばしたぞ……?」
フィルニアまで引いていた。
レオネが真顔で呟く。
「もはや拳圧の領域ではありません」
その時だった。
トシオが空を見上げる。
黒雲。
その奥。
まだ“何か”がいる。
「……まだ終わっとらん」
低い声。
直後だった。
ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ……
雲海全体が渦を巻き始める。
シェルファの顔色が変わった。
「嘘でしょう……」
アークが呆然と呟く。
「風脈そのものが……暴走してる?」




