灰雪の王都と、沈黙する巨兵
グランディル山岳王国の夜は長い。
吹雪は弱まっていた。
だが空を覆う灰色の雲は消えず、山々の稜線には未だ不穏な黒い裂け目が残っている。
崩壊した封印炉心。
停止した侵食。
それによって大規模暴走こそ食い止められたものの、山脈全域へ広がっていた歪みが完全に消えたわけではなかった。
むしろ――。
眠っていた古代遺構の一部が動き始めていた。
「……つまり?」
タマが焚き火の前で首を傾げる。
「状況はまだ最悪寄りって事か?」
「簡単に言えばそうだ」
巨人王が頷く。
超巨大洞窟。
そこは山岳内部に存在する避難都市だった。
段々状に築かれた石造居住区。
岩壁へ埋め込まれた青白い灯晶。
巨大水路。
そして遥か上空に広がる人工天井。
まるで地下文明。
ミーコ達は現在、巨人族の避難民と共にこの場所へ滞在していた。
炉心暴走による被害は深刻だった。
侵食された巨人達は各地で暴れ、多数の通路が崩壊。
都市機能もかなり損傷している。
だが最悪の事態――山脈全体の封印崩壊だけは防がれた。
その理由の一つが、ミツコに救われた幼い巨人族だった。
現在、その子供は医療区画で眠っている。
「名前は分かったの?」
ユキが尋ねる。
巨人王は静かに答えた。
「エルガ」
短い名前。
「我が一族の王家血統だ」
フィルニアが驚く。
「王族!?」
「本来は次代の封印継承者だった」
その言葉に空気が重くなる。
封印継承。
つまり。
代々誰かが犠牲になっていたという事だ。
ミツコがそっと目を伏せた。
「まだ……子供なのに……」
王は深く息を吐く。
「だからこそ、適合率が高かった」
誰も言葉を返せなかった。
重い沈黙。
焚き火の音だけが響く。
すると。
「……でもよ」
タマが口を開く。
「なんでガキ一人にそんな役目押し付けてんだ?」
巨人王は怒らなかった。
むしろ少し寂しそうに笑った。
「我らも最初から望んだ訳ではない」
低い声。
「だが、封印炉心は“魂”を必要とした」
ミーコが眉を寄せる。
「魂?」
「星喰らいは外側から壊せぬ」
王が続ける。
「故に内側から抑え込む楔が必要だった」
つまり。
生贄。
しかも永続的な。
フィルニアが舌打ちした。
「最悪なシステムだな」
「その通りだ」
王は否定しない。
「だが数千年、これしか方法が無かった」
再び沈黙。
その時だった。
ゴォォォン……。
遠くで鐘が鳴る。
だが前回と違う。
音が濁っていた。
嫌な響き。
巨人王の表情が変わる。
「……来たか」
「何が?」
トシオが立ち上がる。
次の瞬間。
避難都市全体が揺れた。
悲鳴。
轟音。
天井から砂塵が落ちる。
「うわっ!?」
タマが飛び起きる。
直後。
外周側通路から巨人兵士が飛び込んで来た。
「王よ!!」
息を切らしている。
「第三防壁が突破されました!!」
「敵は」
「……“守護兵”です」
空気が凍る。
巨人王の目が険しくなった。
「まだ動く個体が残っていたか……」
ミーコが尋ねる。
「守護兵って?」
王は短く答えた。
「古代戦争兵器だ」
◇◇◇
一行はすぐ外周区画へ向かった。
避難都市の通路は混乱状態だった。
巨人族達が避難している。
怒号。
警鐘。
崩落音。
空気が張り詰めていた。
やがて防壁地帯へ到着した時――。
全員が絶句した。
「……デカすぎだろ……」
タマの声が掠れる。
そこに居たのは、“兵器”だった。
全高二十メートル級。
黒鉄装甲。
四本腕。
胸部へ埋め込まれた巨大炉心。
顔は無い。
ただ赤い単眼だけが不気味に光っている。
しかも一体ではない。
三体。
その周囲には大量の瓦礫。
既に防壁が半壊していた。
「……古代巨兵」
巨人王が低く呟く。
「対星喰らい用迎撃兵器……」
フィルニアが顔を引き攣らせる。
「いや待て待て待て。対なんだって?」
「星喰らい」
「そんなもんと戦うサイズの兵器!?」
すると古代巨兵の単眼が一斉に点灯した。
ギュィィィィン……。
嫌な駆動音。
次の瞬間。
胸部炉心が発光する。
「伏せろ!!」
巨人王が叫ぶ。
直後。
極太光線が放たれた。
轟音。
通路そのものが消し飛ぶ。
「はぁぁぁぁ!?」
タマが本気で叫んだ。
熱風が吹き荒れる。
岩壁が溶けていた。
「火力おかしいだろ!!」
「まだ出力低下状態だ!」
「嘘だろ!?」
古代巨兵が前進する。
一歩で地面が沈む。
その時。
避難途中の子供巨人が転倒した。
進行方向真正面。
「まずい!」
ミーコが飛び出す。
だが間に合わない。
古代巨兵の巨大腕が振り下ろされる。
そして。
その前へ、トシオが立った。
片腕で。
受け止める。
ドゴォォォォォン!!
衝撃波。
周囲の岩盤が砕ける。
「……は?」
フィルニアが固まる。
トシオは歯を食いしばりながら巨腕を支えていた。
だが流石に重い。
床が陥没する。
「ガキ連れて下がれ!!」
怒声。
ミーコが即座に子供を抱えて退避した。
その直後。
トシオの筋肉が膨張する。
「……ッ!」
踏み込み。
腰の回転。
そして――。
ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!
巨兵が吹き飛んだ。
「投げたぁ!?」
タマが叫ぶ。
二十メートル級が宙を舞う。
壁へ激突。
通路崩壊。
しかし。
古代巨兵はすぐ再起動した。
「自己修復!?」
ユキが青ざめる。
しかも他二体も接近して来る。
状況は最悪。
その時だった。
ミツコがふと壁面を見つめた。
「……?」
古代文字。
その中の一部が光っている。
まるで何かを訴えているように。
ミツコは無意識に近付いた。
指先で触れる。
瞬間。
視界が変わった。
◇◇◇
燃えていた。
山が。
空が。
都市が。
巨大な黒い怪物群が空を覆っている。
その中を、無数の古代巨兵が迎撃していた。
巨人族。
竜人族。
獣人族。
七種族が共に戦っている。
だが押されていた。
黒い侵食が広がっていく。
そして。
一人の女性が居た。
白い衣。
銀色の髪。
優しい瞳。
彼女は巨大な炉心の前で泣いていた。
『……ごめんなさい』
掠れた声。
『封じるには、これしか……』
その瞬間。
無数の子供達が炉心へ飲み込まれていく。
悲鳴。
泣き声。
絶望。
ミツコの胸が締め付けられた。
『やめて……』
思わず呟く。
すると。
女性がこちらを見た。
時代を超えて。
真っ直ぐ。
『……あなたは』
驚いた顔。
『命紡ぎの継承者……?』
次の瞬間。
視界が戻った。
◇◇◇
「ばーちゃん!?」
ユキの声。
気付けば古代巨兵が目前まで迫っていた。
ミツコは息を荒げる。
「今の……」
だが考える暇は無い。
古代巨兵が拳を振り下ろす。
その時。
ミツコの口から、無意識に言葉が零れた。
「……停止コード……?」
自分でも意味が分からない。
なのに自然と出て来る。
古代語。
失われた言葉。
「エル=ラディア……ミル=フォル……」
瞬間。
古代巨兵の動きが止まった。
全員が固まる。
「……え?」
単眼が点滅する。
ギギギ……。
やがて。
三体全てが膝をついた。
完全停止。
「止まった……?」
フィルニアが呆然とする。
巨人王も驚愕していた。
「馬鹿な……」
すると。
停止した古代巨兵の胸部が開いた。
内部。
そこには――。
人が居た。
「……っ!?」
ミーコが息を呑む。
小柄な人影。
眠っている。
しかも子供。
黒い管が全身へ繋がれていた。
タマが青ざめる。
「……またかよ……」
巨兵の動力源。
それは。
生きた子供達だった。
ミツコの顔が強張る。
胸が痛む。
古代文明。
巨兵。
封印。
全部。
犠牲の上に成り立っていた。
すると。
巨人王が苦しそうに目を伏せた。
「……我らは間違えた」
重い声。
「守るためと言いながら、多くを犠牲にした」
その時だった。
突然。
都市全体の灯火が赤く変わる。
警報。
轟音。
次の瞬間。
山脈中央部から巨大な黒柱が噴き上がった。
ゴォォォォォォォォ!!
空洞天井を貫くほどの黒い奔流。
空気が震える。
「……なんだあれ」
タマが呟く。
巨人王の顔から血の気が消えた。
「まさか……」
「王様?」
「封印炉心とは別に、“主核”がある」
一同の空気が凍る。
「……主核?」
王は震える声で言った。
「星喰らいの本体だ」
沈黙。
誰もすぐ理解出来なかった。
だが。
山の奥から響いた“音”で全員理解する。
ズ……ン……。
ズズズズズ……。
何かが動いている。
超巨大。
山脈そのものが揺れていた。
次の瞬間。
遠方の岩壁が内側から爆発した。
轟音。
土砂崩れ。
そして。
暗闇の向こうで、“目”が開いた。
巨大。
赤黒い。
山より大きい瞳。
「……は……?」
フィルニアの声が掠れる。
それは山脈内部に埋まっていた。
いや。
山そのものが“ソレ”を封じ込めていた。
瞳がゆっくり動く。
こちらを見る。
その瞬間。
全員の脳へ直接、声が流れ込んだ。
『ミツケタ』
頭痛。
吐き気。
空間歪曲。
ミーコが膝をつく。
「ぐっ……!」
タマも顔を歪めた。
「なんだよこれ……!」
だが。
ミツコだけは違った。
彼女には聞こえていた。
憎悪ではなく。
苦痛が。
『タスケテ』
微かな声。
泣いている。
巨大存在の奥で、誰かが助けを求めている。
ミツコが目を見開く。
「……まだ、中に誰かいる……!」
巨人王が凍り付いた。
「……あり得ぬ」
「でも聞こえるんです!」
その瞬間。
トシオが前へ出た。
静かに。
だが圧倒的な威圧感を纏って。
蒼い雷光が腕を走る。
海鳴りのような重低音。
空気が震える。
「……なら」
トシオが巨大な瞳を睨む。
「ぶん殴ってでも助け出す」
その言葉と同時に。
山脈の最深部で。
星喰らいの本体が、完全覚醒を始めていた。




