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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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86/139

灰雪の王都と、沈黙する巨兵





 グランディル山岳王国の夜は長い。


 吹雪は弱まっていた。


 だが空を覆う灰色の雲は消えず、山々の稜線には未だ不穏な黒い裂け目が残っている。


 崩壊した封印炉心。


 停止した侵食。


 それによって大規模暴走こそ食い止められたものの、山脈全域へ広がっていた歪みが完全に消えたわけではなかった。


 むしろ――。


 眠っていた古代遺構の一部が動き始めていた。


「……つまり?」


 タマが焚き火の前で首を傾げる。


「状況はまだ最悪寄りって事か?」


「簡単に言えばそうだ」


 巨人王が頷く。


 超巨大洞窟。


 そこは山岳内部に存在する避難都市だった。


 段々状に築かれた石造居住区。


 岩壁へ埋め込まれた青白い灯晶。


 巨大水路。


 そして遥か上空に広がる人工天井。


 まるで地下文明。


 ミーコ達は現在、巨人族の避難民と共にこの場所へ滞在していた。


 炉心暴走による被害は深刻だった。


 侵食された巨人達は各地で暴れ、多数の通路が崩壊。


 都市機能もかなり損傷している。


 だが最悪の事態――山脈全体の封印崩壊だけは防がれた。


 その理由の一つが、ミツコに救われた幼い巨人族だった。


 現在、その子供は医療区画で眠っている。


「名前は分かったの?」


 ユキが尋ねる。


 巨人王は静かに答えた。


「エルガ」


 短い名前。


「我が一族の王家血統だ」


 フィルニアが驚く。


「王族!?」


「本来は次代の封印継承者だった」


 その言葉に空気が重くなる。


 封印継承。


 つまり。


 代々誰かが犠牲になっていたという事だ。


 ミツコがそっと目を伏せた。


「まだ……子供なのに……」


 王は深く息を吐く。


「だからこそ、適合率が高かった」


 誰も言葉を返せなかった。


 重い沈黙。


 焚き火の音だけが響く。


 すると。


「……でもよ」


 タマが口を開く。


「なんでガキ一人にそんな役目押し付けてんだ?」


 巨人王は怒らなかった。


 むしろ少し寂しそうに笑った。


「我らも最初から望んだ訳ではない」


 低い声。


「だが、封印炉心は“魂”を必要とした」


 ミーコが眉を寄せる。


「魂?」


「星喰らいは外側から壊せぬ」


 王が続ける。


「故に内側から抑え込む楔が必要だった」


 つまり。


 生贄。


 しかも永続的な。


 フィルニアが舌打ちした。


「最悪なシステムだな」


「その通りだ」


 王は否定しない。


「だが数千年、これしか方法が無かった」


 再び沈黙。


 その時だった。


 ゴォォォン……。


 遠くで鐘が鳴る。


 だが前回と違う。


 音が濁っていた。


 嫌な響き。


 巨人王の表情が変わる。


「……来たか」


「何が?」


 トシオが立ち上がる。


 次の瞬間。


 避難都市全体が揺れた。


 悲鳴。


 轟音。


 天井から砂塵が落ちる。


「うわっ!?」


 タマが飛び起きる。


 直後。


 外周側通路から巨人兵士が飛び込んで来た。


「王よ!!」


 息を切らしている。


「第三防壁が突破されました!!」


「敵は」


「……“守護兵”です」


 空気が凍る。


 巨人王の目が険しくなった。


「まだ動く個体が残っていたか……」


 ミーコが尋ねる。


「守護兵って?」


 王は短く答えた。


「古代戦争兵器だ」


   ◇◇◇


 一行はすぐ外周区画へ向かった。


 避難都市の通路は混乱状態だった。


 巨人族達が避難している。


 怒号。


 警鐘。


 崩落音。


 空気が張り詰めていた。


 やがて防壁地帯へ到着した時――。


 全員が絶句した。


「……デカすぎだろ……」


 タマの声が掠れる。


 そこに居たのは、“兵器”だった。


 全高二十メートル級。


 黒鉄装甲。


 四本腕。


 胸部へ埋め込まれた巨大炉心。


 顔は無い。


 ただ赤い単眼だけが不気味に光っている。


 しかも一体ではない。


 三体。


 その周囲には大量の瓦礫。


 既に防壁が半壊していた。


「……古代巨兵」


 巨人王が低く呟く。


「対星喰らい用迎撃兵器……」


 フィルニアが顔を引き攣らせる。


「いや待て待て待て。対なんだって?」


「星喰らい」


「そんなもんと戦うサイズの兵器!?」


 すると古代巨兵の単眼が一斉に点灯した。


 ギュィィィィン……。


 嫌な駆動音。


 次の瞬間。


 胸部炉心が発光する。


「伏せろ!!」


 巨人王が叫ぶ。


 直後。


 極太光線が放たれた。


 轟音。


 通路そのものが消し飛ぶ。


「はぁぁぁぁ!?」


 タマが本気で叫んだ。


 熱風が吹き荒れる。


 岩壁が溶けていた。


「火力おかしいだろ!!」


「まだ出力低下状態だ!」


「嘘だろ!?」


 古代巨兵が前進する。


 一歩で地面が沈む。


 その時。


 避難途中の子供巨人が転倒した。


 進行方向真正面。


「まずい!」


 ミーコが飛び出す。


 だが間に合わない。


 古代巨兵の巨大腕が振り下ろされる。


 そして。


 その前へ、トシオが立った。


 片腕で。


 受け止める。


 ドゴォォォォォン!!


 衝撃波。


 周囲の岩盤が砕ける。


「……は?」


 フィルニアが固まる。


 トシオは歯を食いしばりながら巨腕を支えていた。


 だが流石に重い。


 床が陥没する。


「ガキ連れて下がれ!!」


 怒声。


 ミーコが即座に子供を抱えて退避した。


 その直後。


 トシオの筋肉が膨張する。


「……ッ!」


 踏み込み。


 腰の回転。


 そして――。


ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!


 巨兵が吹き飛んだ。


「投げたぁ!?」


 タマが叫ぶ。


 二十メートル級が宙を舞う。


 壁へ激突。


 通路崩壊。


 しかし。


 古代巨兵はすぐ再起動した。


「自己修復!?」


 ユキが青ざめる。


 しかも他二体も接近して来る。


 状況は最悪。


 その時だった。


 ミツコがふと壁面を見つめた。


「……?」


 古代文字。


 その中の一部が光っている。


 まるで何かを訴えているように。


 ミツコは無意識に近付いた。


 指先で触れる。


 瞬間。


 視界が変わった。


   ◇◇◇


 燃えていた。


 山が。


 空が。


 都市が。


 巨大な黒い怪物群が空を覆っている。


 その中を、無数の古代巨兵が迎撃していた。


 巨人族。


 竜人族。


 獣人族。


 七種族が共に戦っている。


 だが押されていた。


 黒い侵食が広がっていく。


 そして。


 一人の女性が居た。


 白い衣。


 銀色の髪。


 優しい瞳。


 彼女は巨大な炉心の前で泣いていた。


『……ごめんなさい』


 掠れた声。


『封じるには、これしか……』


 その瞬間。


 無数の子供達が炉心へ飲み込まれていく。


 悲鳴。


 泣き声。


 絶望。


 ミツコの胸が締め付けられた。


『やめて……』


 思わず呟く。


 すると。


 女性がこちらを見た。


 時代を超えて。


 真っ直ぐ。


『……あなたは』


 驚いた顔。


『命紡ぎの継承者……?』


 次の瞬間。


 視界が戻った。


   ◇◇◇


「ばーちゃん!?」


 ユキの声。


 気付けば古代巨兵が目前まで迫っていた。


 ミツコは息を荒げる。


「今の……」


 だが考える暇は無い。


 古代巨兵が拳を振り下ろす。


 その時。


 ミツコの口から、無意識に言葉が零れた。


「……停止コード……?」


 自分でも意味が分からない。


 なのに自然と出て来る。


 古代語。


 失われた言葉。


「エル=ラディア……ミル=フォル……」


 瞬間。


 古代巨兵の動きが止まった。


 全員が固まる。


「……え?」


 単眼が点滅する。


 ギギギ……。


 やがて。


 三体全てが膝をついた。


 完全停止。


「止まった……?」


 フィルニアが呆然とする。


 巨人王も驚愕していた。


「馬鹿な……」


 すると。


 停止した古代巨兵の胸部が開いた。


 内部。


 そこには――。


 人が居た。


「……っ!?」


 ミーコが息を呑む。


 小柄な人影。


 眠っている。


 しかも子供。


 黒い管が全身へ繋がれていた。


 タマが青ざめる。


「……またかよ……」


 巨兵の動力源。


 それは。


 生きた子供達だった。


 ミツコの顔が強張る。


 胸が痛む。


 古代文明。


 巨兵。


 封印。


 全部。


 犠牲の上に成り立っていた。


 すると。


 巨人王が苦しそうに目を伏せた。


「……我らは間違えた」


 重い声。


「守るためと言いながら、多くを犠牲にした」


 その時だった。


 突然。


 都市全体の灯火が赤く変わる。


 警報。


 轟音。


 次の瞬間。


 山脈中央部から巨大な黒柱が噴き上がった。


 ゴォォォォォォォォ!!


 空洞天井を貫くほどの黒い奔流。


 空気が震える。


「……なんだあれ」


 タマが呟く。


 巨人王の顔から血の気が消えた。


「まさか……」


「王様?」


「封印炉心とは別に、“主核”がある」


 一同の空気が凍る。


「……主核?」


 王は震える声で言った。


「星喰らいの本体だ」


 沈黙。


 誰もすぐ理解出来なかった。


 だが。


 山の奥から響いた“音”で全員理解する。


 ズ……ン……。


 ズズズズズ……。


 何かが動いている。


 超巨大。


 山脈そのものが揺れていた。


 次の瞬間。


 遠方の岩壁が内側から爆発した。


 轟音。


 土砂崩れ。


 そして。


 暗闇の向こうで、“目”が開いた。


 巨大。


 赤黒い。


 山より大きい瞳。


「……は……?」


 フィルニアの声が掠れる。


 それは山脈内部に埋まっていた。


 いや。


 山そのものが“ソレ”を封じ込めていた。


 瞳がゆっくり動く。


 こちらを見る。


 その瞬間。


 全員の脳へ直接、声が流れ込んだ。


『ミツケタ』


 頭痛。


 吐き気。


 空間歪曲。


 ミーコが膝をつく。


「ぐっ……!」


 タマも顔を歪めた。


「なんだよこれ……!」


 だが。


 ミツコだけは違った。


 彼女には聞こえていた。


 憎悪ではなく。


 苦痛が。


『タスケテ』


 微かな声。


 泣いている。


 巨大存在の奥で、誰かが助けを求めている。


 ミツコが目を見開く。


「……まだ、中に誰かいる……!」


 巨人王が凍り付いた。


「……あり得ぬ」


「でも聞こえるんです!」


 その瞬間。


 トシオが前へ出た。


 静かに。


 だが圧倒的な威圧感を纏って。


 蒼い雷光が腕を走る。


 海鳴りのような重低音。


 空気が震える。


「……なら」


 トシオが巨大な瞳を睨む。


「ぶん殴ってでも助け出す」


 その言葉と同時に。


 山脈の最深部で。


 星喰らいの本体が、完全覚醒を始めていた。

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