星喰らいの炉心
山は、生きていた。
轟音。
崩落。
吹雪。
巨大な亀裂が空を走る度、グランディル山岳王国そのものが軋んでいる。
空気が重い。
肺へ入るだけで身体が鈍るような圧迫感。
侵食。
“閉じる者”の気配が、山脈全域へ広がっていた。
その中を、ミーコ達は巨人王の後を追って進んでいた。
巨大通路。
壁面に並ぶ古代の灯火。
数千年は経っているはずなのに、青白い炎が未だ消えていない。
通路幅だけで普通の街道並み。
天井は遥か上方。
まるで山の内部を丸ごと削り取った地下世界だった。
「……すげぇ……」
タマが思わず見上げる。
壁には巨大な彫刻が並んでいた。
戦う巨人達。
空を覆う黒い何か。
そして――。
星。
大量の星が描かれている。
ミーコが眉を寄せた。
「これ……」
「古き時代の記録だ」
前を歩く巨人王が低く言う。
「我らがまだ、“天”と戦っていた頃のな」
フィルニアが怪訝そうな顔をした。
「天と戦うってなんだよ」
「空の上から来た災厄だ」
王は振り返らない。
「星を喰らい、文明を滅ぼし、世界を閉ざすもの」
ミーコ達の空気が変わる。
閉じる者。
その言葉に繋がる。
「……じゃあ、“閉じる者”って」
ユキが呟く。
巨人王は静かに答えた。
「奴らは単体ではない」
一同が足を止める。
「え?」
「“閉じる者”とは概念ではない」
王の声が重く響く。
「遥か外宇宙より飛来した侵食群体。その中でも特に強大な核存在を、我らはそう呼んだ」
空気が凍った。
タマが顔を引き攣らせる。
「……群体?」
「一匹じゃねぇのかよ……」
「一体だけで世界を滅ぼせる」
王が言う。
「だが、奴らは増える」
沈黙。
山の奥から、低い振動音が響いてくる。
ドクン。
ドクン。
まるで巨大な心臓。
ミツコが胸元を押さえた。
「……近付いてる……」
すると王がゆっくり彼女を見る。
「命紡ぎの力か」
「え?」
「その力は本来、世界樹の巫女にのみ宿るはずだった」
ミツコは困ったように笑った。
「私はそんな立派なものじゃないですよ」
「いや」
王が静かに否定する。
「お前は既に、“世界に選ばれている”」
トシオが少し眉を寄せた。
「……どういう意味だ」
王は答えない。
ただ前を見据えたまま歩き続ける。
やがて一行は巨大空洞へ辿り着いた。
そして。
全員が息を呑んだ。
「……なんだ……これ……」
フィルニアの声が震える。
空洞中央。
そこには、山ほど巨大な“炉”が存在していた。
超巨大円柱。
無数の鎖。
古代文字。
そして中心部には――。
黒い太陽のような球体。
それが脈動している。
ドクン。
ドクン。
心臓のように。
「……生きてる……」
ユキが青ざめる。
球体の周囲には、数百本もの極太鎖が巻き付いていた。
しかし。
その半数以上が既に砕けている。
しかも。
黒い侵食が広がっていた。
「封印炉心……」
巨人王が呟く。
「グランディルが数千年守り続けた、“星喰らい”の核だ」
ミーコの背筋に寒気が走る。
球体を見た瞬間、本能が警鐘を鳴らしていた。
見てはいけない。
近付いてはいけない。
アレは危険だと。
だが。
次の瞬間。
ミツコがふらりと前へ出た。
「ばーちゃん?」
ミーコが驚く。
ミツコは黒い球体を見つめていた。
そして。
「……この子……」
静かに呟く。
「ずっと一人で泣いてる……」
一同が凍り付いた。
王の目が大きく見開かれる。
「……見えるのか」
「はい……」
ミツコの瞳には涙が浮かんでいた。
「怖いんだと思います……」
ドクン。
黒い球体が強く脈動した。
すると突然。
空間が歪む。
黒霧が噴き出した。
「下がれ!!」
巨人王が叫ぶ。
次の瞬間。
球体から“腕”が伸びた。
巨大。
異形。
人間の腕に似ている。
だが指の数が多い。
関節もおかしい。
黒い液体を垂らしながら空間を掴む。
ゾワリ、と全員の肌が粟立った。
「気持ち悪っ……!」
フィルニアが即座に炎を放つ。
紅蓮の槍が黒腕へ直撃。
しかし。
炎が吸われた。
「はぁ!?」
「魔力を食ってる!」
ミーコが叫ぶ。
黒腕がフィルニアへ伸びる。
速い。
巨体なのに異様な速度。
「フィルニア!」
タマが飛び込む。
白銀の爪で迎撃。
だが。
ガギィィィィィン!!
「硬ぇ!?」
爪が弾かれた。
逆に衝撃で吹き飛ぶ。
その時。
トシオが前へ出た。
無言。
踏み込み。
拳。
ゴ ッ ッ ッ ッ ッ !!!!!
黒腕が真横へ吹き飛んだ。
空間が歪む。
岩壁が崩壊。
だが――。
黒腕は再生した。
「……面倒な相手だな」
トシオが低く言う。
すると。
黒球体の表面に“顔”が浮かび上がった。
巨大な目。
裂けた口。
無数の歯。
それが笑った。
ゾクリ、と空気が冷える。
「ミィ……ツ……ケ……タ……」
ノイズ混じりの声。
耳障りな音。
空間が軋む。
ユキが耳を押さえた。
「うっ……!」
「聞くな!!」
巨人王が剣を叩き付ける。
轟音。
衝撃波で声を掻き消した。
「奴は精神へ侵食する!」
王の顔にも汗が浮かんでいる。
つまり。
王ですら危険。
そのレベル。
すると黒球体が再び脈動した。
次の瞬間。
周囲空間から大量の“目”が出現する。
壁。
床。
天井。
全部。
びっしり。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
タマが本気で悲鳴を上げた。
目玉が一斉に開く。
そして。
笑う。
ケタケタケタケタ。
子供みたいな笑い声。
なのに恐ろしい。
ミーコが歯を食いしばる。
「精神汚染……!」
「ミーコちゃん!」
ミツコが抱き寄せる。
その瞬間だった。
ミツコの身体から淡い光が溢れた。
優しい。
温かい。
春の日差しみたいな光。
すると。
空間の目玉達が一斉に苦しみ始めた。
ギャアアアアア!!
異形の悲鳴。
黒霧が蒸発していく。
「……浄化?」
フィルニアが驚愕する。
巨人王が呆然とミツコを見る。
「あり得ぬ……」
その時。
黒球体が怒った。
轟音。
炉心全体が震動。
そして。
天井が割れた。
大量の黒い何かが降って来る。
人型。
だが細い。
腕が異様に長い。
顔が無い。
「また増えた!?」
ミーコが叫ぶ。
黒異形達が一斉に襲い掛かる。
「散開!!」
戦闘開始。
フィルニアが炎翼を展開。
空中旋回から爆炎を叩き込む。
ドガァァァァン!!
黒異形が吹き飛ぶ。
だが数が多い。
タマが高速突撃。
「邪魔だぁぁぁ!!」
連撃。
蹴り。
爪撃。
白銀の魔力が乱舞する。
ユキは結界で後衛防御。
ミーコは魔力弾による精密射撃。
トシオは――。
正面突破だった。
拳一発で異形が粉砕される。
だが。
再生。
再生。
再生。
「キリが無い!」
フィルニアが叫ぶ。
その時。
巨人王が炉心を見上げた。
「……封印が限界か」
王が静かに呟く。
すると。
王の身体から大量の光が溢れ始めた。
「王様?」
ミーコが振り返る。
王は静かに微笑んだ。
「我ら巨人族はな」
穏やかな声音。
「最後は、“山そのもの”となる」
一同の顔色が変わる。
「まさか……!」
「封印を繋ぎ止める」
王が剣を構える。
「今しかない」
「待て!」
トシオが叫ぶ。
だが王は止まらない。
巨大な身体が光へ変わり始めていた。
石化。
いや違う。
山と同化している。
「我が命で数百年は稼げる」
「そんなの……!」
ミーコが声を震わせる。
すると王は優しく笑った。
「王とは、民の最後の盾だ」
次の瞬間。
黒球体が巨大化した。
空洞全体を埋め尽くすほど膨張する。
無数の口。
無数の目。
無数の腕。
そして中心には――。
赤黒い“核”。
「……あれだ!!」
ミーコが叫ぶ。
「核を壊せば!」
しかし距離が遠い。
異形も多い。
突破は困難。
その時だった。
トシオが前へ出た。
静かに。
だが圧倒的な存在感。
「道を開けりゃいいんだな」
低い声。
ミーコがハッとする。
「じーちゃん……」
トシオが肩を鳴らす。
筋肉が膨張。
空気が唸る。
海鳴り。
嵐。
まるで暴風雨そのもの。
黒異形達が本能的に後退した。
「おい化け物」
トシオが黒球体を睨む。
「うちの家族泣かせたな」
その瞬間。
地面が沈んだ。
超加速。
一瞬で異形群の中央へ突っ込む。
拳。
蹴り。
肘。
全てが災害。
ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!
空洞が揺れる。
黒異形がまとめて消し飛ぶ。
それでも。
再生。
増殖。
止まらない。
すると。
ミツコが静かに前へ出た。
「……あなた」
トシオが振り返る。
ミツコは小さく笑った。
「一緒にやりましょう」
次の瞬間。
ミツコの掌がトシオの背へ触れる。
淡い光。
その瞬間だった。
トシオの周囲へ蒼い波紋が広がる。
海の香り。
轟音。
巨大水流が空間を走った。
「……なに……!?」
フィルニアが絶句する。
トシオ自身も驚いていた。
身体の奥。
何かが目覚める。
海。
嵐。
怒涛。
古代の記憶。
脳裏に巨大な蒼龍の影がよぎる。
次の瞬間。
トシオの拳へ蒼雷が宿った。
「……ッ!」
本能で理解する。
これは。
今までとは違う。
そして。
トシオは拳を振り抜いた。
ゴ ガ ァ ァ ァ ァ ァ ッ !!!!!!
蒼い奔流。
海嘯の如き衝撃。
黒球体を一直線に貫通。
空間が裂けた。
核へ直撃。
一瞬の静寂。
そして――。
黒球体が絶叫した。
ギィィィィィィィィィィィィ!!!!!
山脈全体が震える。
空の裂け目が揺らぐ。
黒霧が吹き飛ぶ。
核に巨大な亀裂。
すると。
その奥から。
小さな光が現れた。
子供だった。
幼い巨人族の子供。
泣いている。
「……え……?」
ミツコが息を呑む。
巨人王が静かに目を閉じた。
「やはり……取り込まれていたか……」
幼子が泣きながら手を伸ばす。
「……こわい……」
掠れた声。
「さむい……」
ミツコは迷わなかった。
崩壊する炉心へ走る。
「ばーちゃん!?」
ミーコが叫ぶ。
しかしミツコは止まらない。
炎。
黒霧。
崩落。
その中を進み。
そして。
泣いている子供を抱き締めた。
「もう大丈夫」
優しい声。
「一人じゃないからね」
その瞬間。
世界が静止した。
黒い侵食が止まる。
空間が光に包まれる。
そして。
星喰らいの炉心は、静かに崩壊を始めた。




