『裂けた空の下で』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
ガルディア中央渓谷。
空が割れていた。
黒亀裂は、
さらに拡大している。
空間そのものが、
軋んでいた。
ギギギ……
耳障りな音が、
街全体へ響いている。
避難民達は、
既に下層区域へ流れ始めていた。
橋管理員達が、
怒鳴りながら誘導している。
「上層から離れろ!!」
「渓谷橋閉鎖だ!!」
だが。
混乱は収まらない。
飛竜便は暴走気味。
荷車も詰まっている。
しかも。
侵食獣はまだ残っていた。
⸻
フィルニアが、
橋中央へ着地する。
周囲には、
破壊された屋台残骸。
黒霧。
崩落した欄干。
その向こうで。
新たな侵食獣が、
渓谷壁を這い上がっていた。
人型だった。
異様に細長い。
腕が長過ぎる。
しかも。
関節が逆向きだった。
タマが、
短剣を構える。
「キモっ……」
次の瞬間。
侵食体が消えた。
速い。
タマの目が、
即座に動く。
「上!!」
フィルニアが、
反射で腕を交差する。
直後。
バ ゴ ォ !!
黒腕叩き落とし。
橋石畳が砕ける。
フィルニアが、
歯を食いしばる。
「こいつ速ぇ!!」
⸻
侵食体は、
壁面へ張り付いていた。
首が、
不自然に曲がる。
そして。
笑った。
いや。
口裂けが開いた。
ギチギチギチ……
タマが、
嫌そうな顔をする。
「笑うな気持ち悪ぃ!!」
侵食体突撃。
残像レベル。
タマも動く。
低空加速。
正面衝突直前。
滑り込む。
黒腕回避。
そのまま。
腹部へ短剣連撃。
ザザザザッ!!
火花。
浅い。
だが。
侵食体の動きが、
一瞬止まる。
フィルニアが、
即座に飛び込んだ。
「おらぁぁ!!」
竜拳。
ド ォ ォ ン !!
侵食体吹き飛ぶ。
建物激突。
石壁崩壊。
⸻
だが。
死なない。
黒霧が、
崩れた身体を繋ぎ直していく。
ユキが、
顔を強張らせる。
「再生してる……!」
ミーコが、
即座に答える。
「核型じゃない!」
「中枢を壊さないと止まらない!!」
黒衣男達も、
術式展開を始める。
だが。
その瞬間。
空がまた鳴った。
ギィィィィ……
巨大裂け目が、
さらに開く。
そこから。
黒い雨が降り始めた。
⸻
最初に異変が起きたのは、
建物だった。
黒雨が触れた場所から、
侵食が始まる。
木材腐食。
鉄変色。
石が崩れる。
周囲がざわつく。
「雨に触るな!!」
「避難急げ!!」
ユキが、
水防壁を展開する。
淡青結界。
黒雨が弾かれる。
だが。
長く持たない。
侵食が強い。
ミツコが、
避難民の子供を抱き寄せる。
「こっち来ぃ!」
トシオは、
崩れた橋材を持ち上げていた。
数人の避難民を、
下から引き上げる。
片手だった。
橋管理員が、
完全に引いている。
「なんだあの人……」
⸻
その時。
裂け目内部で、
何かが動いた。
巨大影。
しかも。
今までと違う。
明確に、
“意志”がある。
ミーコの顔色が変わる。
「……マズい」
タマが、
視線を上げる。
「なんだ?」
ミーコは、
短く答えた。
「指揮個体」
次の瞬間。
裂け目から、
巨大な“槍”が降って来た。
黒い。
いや。
黒結晶。
回転しながら、
一直線に落下する。
目標。
中央主橋。
フィルニアが、
叫ぶ。
「避けろぉぉ!!」
ズガァァァァァン!!
直撃。
橋中央崩壊。
爆風。
石材飛散。
数十人が、
悲鳴を上げる。
橋が傾く。
⸻
タマの顔色が変わった。
「落ちる!!」
橋ごと、
渓谷へ崩れ始めていた。
フィルニアが、
即座に橋支柱へ飛ぶ。
両腕で支える。
筋肉膨張。
ギ ギ ギ ……
止まらない。
橋が重過ぎる。
フィルニアが、
歯を剥く。
「ぐっ……!!」
タマが、
即座に避難民誘導へ回る。
「走れ!!」
「止まるな!!」
ユキも、
防壁で瓦礫を弾いていた。
だが。
まだ人が居る。
しかも。
崩落速度が増していた。
⸻
その時。
トシオがスッと動いた。
そのまま。
傾く橋へ手を掛ける。
橋管理員が、
叫ぶ。
「無理だ!!
支えられる重量じゃ――」
次の瞬間。
ゴ ォ ン !!
橋が止まった。
完全停止。
周囲静止。
トシオが、
片腕で橋を支えていた。
ミシ……
石橋が悲鳴を上げる。
だが。
落ちない。
フィルニアが、
目を見開く。
「トシオ!?」
トシオが、
低く言う。
「早く逃がせ」
それだけだった。
⸻
タマが、
即座に動く。
避難民を押し出す。
「走れ!!
今なら間に合う!!」
フィルニアも、
橋支えへ加わる。
竜人筋力全開。
「ぬおぉぉぉ!!」
二人で、
橋崩落を抑え込む。
だが。
空から、
さらに黒槍が落ちて来た。
ミーコが、
水刃展開。
連続射出。
ズガガガガ!!
空中迎撃。
数本破壊。
だが。
全部は無理。
一本が、
直撃コースへ入る。
ユキが、
息を止めた。
その瞬間。
黒衣男達が、
同時詠唱した。
銀光結界展開。
巨大紋章陣が、
橋上へ広がる。
ドゴォォ!!
黒槍衝突。
結界亀裂。
男達が、
一斉に血を吐く。
「ぐっ……!」
限界だった。
⸻
そして。
裂け目の奥。
“目”が、
また開いた。
巨大過ぎる。
街全部を見下ろしている。
その視線だけで、
空気が重い。
フィルニアが、
初めて笑わなかった。
「……なんだよ、
アレ」
ミーコが、
睨み返す。
銀青の瞳が、
揺れる。
「まだ、
見られただけ」
タマが、
顔をしかめる。
「は?」
ミーコは、
裂け目を見たまま言った。
「本体じゃない」
その瞬間。
巨大な“声”が響いた。
空からでも、
地面からでもない。
頭へ直接響く声。
『――見つけた』
全員凍る。
ユキが、
震える。
黒雨が、
さらに激しくなっていく。
そして。
巨大な裂け目の奥から、
何かがゆっくり降り始めていた。




