『樹海の出口』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
朝。
シルヴァレイン樹都は、
久しぶりに晴れていた。
巨大葉に溜まっていた雨粒が、
朝陽を受けて輝いている。
ユキは、
宿外廊下で空を見ていた。
深い青。
樹海の隙間から、
光が差し込んでいる。
数日続いた雨のせいか、
今日は空気まで軽かった。
後ろで、
扉が開く。
タマだった。
まだ少し眠そうだ。
「早ぇな」
ユキが、
少し笑う。
「タマこそ」
タマは、
頭を掻きながら外を見る。
「晴れると全然違うな」
本当にそうだった。
雨の樹海は静かだった。
だが。
晴れた樹海は、
生命そのものだった。
鳥の声。
葉擦れ。
遠くの獣声。
全部動いている。
⸻
朝食中。
リーフパンと果実湯を食べながら、
フィルニアが聞いた。
「で?
次どうすんだ?」
ミーコが、
静かに答える。
「そろそろ出る」
その一言で、
食卓が少し静かになる。
長く滞在した。
スノウリアほどではない。
でも。
この樹海でも、
色んな事があった。
ユキは、
少しだけ窓を見る。
森精族の祈り。
還樹祭。
星花。
静かな死生観。
胸へ残るものが多かった。
⸻
宿を出る前。
リノアが、
見送りに来ていた。
今日は、
少し元気そうだった。
「もう行くの?」
ユキが、
小さく頷く。
「うん」
リノアは、
少し寂しそうに笑った。
そして。
小さな袋を差し出す。
中には、
白い星花の押し花が入っていた。
「お守り」
ユキが、
そっと受け取る。
「……ありがとう」
リノアは、
少し照れ臭そうに笑った。
「また来てね」
ユキも、
静かに頷いた。
⸻
樹都中央駅。
巨大樹上ホームでは、
既に列車準備が始まっていた。
森精族の駅員達が、
静かに動いている。
騒がしさは無い。
でも。
流れは止まらない。
エルシアも、
見送りに来ていた。
フィルニアが、
少し笑う。
「今度はもっと奥行きてぇな」
エルシアが、
穏やかに答える。
「深層樹海は危険ですよ」
「余計行きたくなるな!」
「お前はそういう奴だと思ってた」
タマが、
小さく呟いた。
⸻
発車直前。
ユキは、
最後に樹都を見上げた。
巨大樹。
吊橋。
白花。
漂う精霊光。
静かな国だった。
でも。
弱い訳じゃない。
生と死を、
ちゃんと受け止めてる国だった。
その時。
小精霊が、
またユキの肩へ止まる。
淡い緑光。
ユキが、
少し笑った。
「またね」
精霊は、
風と一緒に樹海へ消えて行った。
⸻
列車が動き出す。
巨大樹都が、
少しずつ遠ざかっていく。
フィルニアは、
窓際で外を見ていた。
「次どこだ?」
タマも、
荷物を整理しながら聞く。
「海側?」
「山?」
ミーコは、
静かに答える。
「西方中継地帯」
フィルニアが、
首を傾げる。
「どこだそれ」
「各国交易路が集まる場所」
タマが、
少し顔を上げた。
「つまり?」
「色んな国の人間が居る」
フィルニアが、
ニヤッと笑う。
「面白そうじゃねぇか」
⸻
列車は、
巨大樹海を抜け始めていた。
窓の外。
緑が少しずつ減っていく。
代わりに。
岩地帯と、
巨大街道が見え始めた。
荷馬車。
大型輸送列車。
飛行艇。
交通量が一気に増える。
タマが、
外を見ながら呟く。
「また空気変わったな」
ミーコも、
静かに頷く。
「ここから先は、
国家境界が曖昧になる」
ユキが、
少し首を傾げる。
「曖昧?」
「交易優先区域だから」
「色んな種族が混ざる」
⸻
夕方。
列車は、
巨大渓谷橋へ差し掛かっていた。
下は、
遥か谷底。
巨大河川が流れている。
しかも。
橋の途中に、
街があった。
岩壁へ張り付くような都市。
大量の飛行艇。
煙。
鐘音。
フィルニアが、
窓へ張り付く。
「うお!!」
「なんだあの街!!」
タマも、
少し目を見開く。
「すげぇな……」
ミーコが、
静かに言った。
「中継都市ガルディア」
「西方最大交易拠点」
⸻
列車が近付くにつれ、
街の異様さが分かって来た。
種族数が多い。
獣人。
竜人。
森精族。
鳥人族。
海霊族。
全部居る。
しかも。
服装も文化もバラバラ。
樹海とも、
オルグディアとも、
全然違う。
もっと雑多だった。
もっと生々しい。
トシオが、
窓の外を見る。
「港町に近ぇな」
ミツコが、
少し笑う。
「賑やかそうやねぇ」
⸻
列車アナウンスが響く。
『まもなく、
中継都市ガルディアへ到着致します』
『西方交易連結区域、
最大商業都市です』
フィルニアが、
完全に楽しそうだった。
「絶対面白いぞここ!!」
タマが、
少し苦笑する。
「問題も多そうだけどな」
その時。
ミーコの視線が、
少しだけ鋭くなる。
窓の外。
駅上層。
そこに、
黒衣の集団が立っていた。
顔は見えない。
だが。
全員、
同じ紋章を付けている。
ミーコが、
わずかに目を細める。
タマが気付く。
「……どうした?」
ミーコは、
少しだけ黙った。
やがて。
静かに言う。
「レイシス紋章」
空気が、
少し張る。
ユキも、
窓の外を見る。
だが。
列車が駅へ滑り込む直前。
黒衣集団は、
人混みへ消えていた。
フィルニアが、
眉をひそめる。
「知り合いか?」
ミーコは、
すぐ答えなかった。
その横顔は、
少しだけ硬かった。
列車ブレーキ音が響く。
巨大交易都市ガルディア。
七種族が交わる、
境界の街。
そして。
止まっていた何かが、
また動き始めようとしていた。




