『還樹祭』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
シルヴァレインへ来て、
五日目。
朝の樹都は、
霧に包まれていた。
巨大樹の枝葉を、
白い靄がゆっくり流れていく。
遠くから、
木鐘の音が聞こえていた。
低く。
柔らかい音。
ユキは、
宿外廊下でその音を聞いていた。
森の国は静かだ。
風と葉擦れが、
街そのものの呼吸になっている。
その時。
後ろで、
扉が開いた。
トシオだった。
まだ少し眠そうだ。
「早ぇな」
ユキが、
小さく笑う。
「じーちゃんこそ」
トシオは、
外を見た。
霧の向こうで、
巨大樹が揺れている。
「海とは違うな」
ぽつりと呟く。
ユキは、
その言葉を少し考えた。
トシオは、
海を見て生きて来た人だ。
この森を見て、
何を思っているのか。
少し気になった。
⸻
朝食後。
宿主から、
今日が“還樹祭”本番だと聞かされた。
昨夜見た灯籠流しは、
前夜祭だったらしい。
今日は、
樹都全体で祈りを捧げる日。
森精族にとって、
かなり大切な行事だった。
フィルニアは、
珍しく静かに話を聞いていた。
「死んだ奴を送る祭りか」
宿主が、
穏やかに頷く。
「ええ」
「別れではなく、
還る日です」
タマは、
少しだけ視線を落とした。
“還る”。
その言葉が、
妙に胸へ残った。
⸻
昼前。
一行は、
中央神樹広場へ向かった。
今日は、
いつもの市場通りも静かだった。
派手な売り声が無い。
代わりに。
白花と木灯籠が、
通りのあちこちへ飾られている。
風が吹く度、
小さな鈴が鳴った。
ユキは、
その音を聞きながら歩いていた。
昨日のリノアを思い出す。
兄を亡くした少女。
泣くのを我慢していた顔。
森精族は、
死を受け入れている。
でも。
受け入れる事と、
寂しくない事は違う。
ユキは、
なんとなくそれを考えていた。
⸻
中央広場には、
既に大勢集まっていた。
森精族達は、
皆白い布を身に付けている。
派手さは無い。
けれど。
どこか神聖だった。
神樹の周囲では、
祈り歌も始まっている。
低く静かな旋律。
樹海の風と混ざり、
広場全体へ広がっていた。
フィルニアは、
空を見上げる。
「……この国、
音が柔らけぇな」
タマも、
少し頷く。
騒がしくない。
でも。
静か過ぎる訳でもない。
不思議な空気だった。
⸻
その時。
広場奥で、
小さな列が動き始めた。
白花を抱えた人達。
老人。
親子。
若い夫婦。
皆、
静かに神樹へ向かって歩いている。
ユキは、
その列を見ていた。
そこへ。
昨日会ったリノアが居た。
今日も、
星花を抱えている。
目が合う。
リノアは、
少しだけ笑った。
ユキも、
小さく手を振る。
⸻
神樹根元には、
巨大な空洞があった。
そこへ、
白花が捧げられていく。
森精族達は、
花を置き、
静かに祈って去る。
誰も長く居座らない。
泣き叫ぶ人も居ない。
ただ。
それぞれの想いだけが、
静かに残っていく。
ミツコが、
小さく呟いた。
「……優しい送り方やねぇ」
その声に、
トシオが少し目を細める。
二人とも、
“見送った側”だ。
だからこそ。
この国の祈り方が、
少し分かる気がした。
⸻
午後。
神樹上層で、
祈祷演奏が始まった。
風琴。
葉弦。
水鳴石。
森精族特有の楽器らしい。
音色は、
どこか懐かしかった。
ユキは、
神樹根元へ座って聞いていた。
すると。
小さな光が、
また近くへ来た。
精霊だった。
だが今日は、
一匹じゃない。
次々集まって来る。
淡い緑。
青。
金。
光達は、
神樹周囲をゆっくり漂っていた。
周囲の森精族達も、
その光景へ視線を向ける。
ざわつきは無い。
ただ。
驚いている。
神樹精霊が、
ここまで集まるのは珍しいらしい。
ユキ自身は、
どうしていいか分からず、
少し困っていた。
そこへ。
年老いた森精族が、
静かに言った。
「樹海が歓迎しておる」
ユキは、
首を傾げる。
老人は、
穏やかに笑った。
「優しい魂へ、
森はよく寄る」
その言葉を聞いて。
ユキは、
少しだけ俯いた。
優しい。
自分がそんな風に言われる事へ、
まだ慣れていなかった。
⸻
夕方。
祭は終盤へ入っていた。
空が、
ゆっくり赤く染まっていく。
その時。
神樹中央が、
淡く発光した。
周囲が静まる。
誰かが、
小さく祈りを唱えた。
すると。
神樹の枝葉全体へ、
光が広がっていく。
樹都そのものが、
金色へ染まった。
ユキが、
息を止める。
綺麗だった。
でも。
ただ綺麗なだけじゃない。
寂しさ。
願い。
祈り。
色んなものが、
この光へ混ざっている気がした。
その時。
隣で、
ミーコが静かに言った。
「現世のお墓参り、
思い出す」
ユキが、
少し驚く。
ミーコは、
神樹を見たまま続けた。
「ばーちゃん、
毎年ちゃんと行ってた」
ユキも、
少し思い出す。
夏。
暑い日。
小さな花。
線香の匂い。
ミツコの手。
トシオの背中。
あの時間も、
静かだった。
⸻
夜。
祭の最後。
大量の白花が、
空から降り始めた。
いや。
花じゃない。
神樹の葉だった。
白銀色の葉。
風へ乗って、
ゆっくり街へ舞っていく。
森精族達が、
静かに空を見上げる。
誰かが泣いていた。
誰かが笑っていた。
誰かが手を繋いでいた。
ユキは、
葉を一枚受け取る。
暖かかった。
生きているみたいに。
その時。
ふと、
ミツコが隣へ来た。
「綺麗やねぇ」
ユキが、
小さく頷く。
「……うん」
ミツコは、
白葉を見上げながら言った。
「悲しい日でも、
こうやって誰かと一緒に居れたら、
少しだけ救われるんよ」
ユキは、
その言葉を聞きながら、
白葉を胸へ抱えた。
そして。
少しだけ思った。
もし。
自分達が、
現世へ行かなかったら。
もし。
トシオとミツコへ出会わなかったら。
今の自分は、
ここで笑えていただろうか。
答えは分からない。
でも。
今だけは。
この暖かさを、
失いたくないと思った。




