『星花の墓標』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
朝。
シルヴァレインの空は、
薄く白んでいた。
巨大樹の葉が、
朝露を揺らしている。
ユキは、
宿外廊下で一人、
樹海を見ていた。
静かだった。
風の音。
鳥の声。
精霊光。
全部優しい。
その時。
小さな鈴音が聞こえた。
チリン――
ユキが振り向く。
そこに居たのは、
森精族の少女だった。
年齢は、
十くらい。
淡い若葉色の髪。
大きな籠を抱えている。
少女は、
少し緊張した様子で言った。
「旅の人?」
ユキが、
小さく頷く。
「うん」
少女は、
少し迷ってから聞いた。
「……お花、
運ぶの手伝ってくれる?」
⸻
朝食後。
ユキは、
少女について行く事になった。
名前は、
リノア。
樹都の外れで、
祖母と暮らしているらしい。
籠の中には、
白い花が大量に入っていた。
星みたいな形。
淡く光っている。
ユキが、
そっと覗く。
「綺麗……」
リノアが、
少し嬉しそうに笑った。
「星花っていうの」
「夜に光くんだよ」
⸻
樹都外周。
巨大吊橋を渡る。
さらに奥。
人通りが減っていく。
フィルニア達は、
別行動だった。
市場。
空中庭園。
樹上狩猟見学。
完全に観光モードである。
タマだけは、
少し心配そうだった。
「暗くなる前には戻れよ」
ユキが、
小さく頷く。
⸻
森の奥は、
さらに静かだった。
精霊光も少ない。
代わりに。
白い花が、
あちこち咲いている。
ユキが、
周囲を見回す。
「いっぱい……」
リノアは、
少しだけ寂しそうに笑った。
「ここ、
お墓だから」
ユキが、
足を止める。
そこには。
無数の木碑が並んでいた。
石じゃない。
樹だった。
細い木へ、
名前が刻まれている。
風が吹く度、
葉が揺れる。
まるで。
眠っているみたいだった。
⸻
リノアは、
その奥へ進む。
そして。
一本の木の前で止まった。
小さな木碑。
まだ新しい。
少女が、
そっと星花を置く。
ユキは、
静かに隣へ座った。
しばらく。
リノアは、
何も喋らなかった。
やがて。
小さな声で言う。
「お兄ちゃんなんだ」
ユキが、
木碑を見る。
刻まれている名前。
『ルクス』
リノアは、
少し俯いた。
「樹海調査で、
帰って来なかったの」
風が吹く。
白花が揺れる。
ユキは、
静かに話を聞いていた。
⸻
「森精族はね」
リノアが、
ぽつりと続ける。
「死んだら、
樹へ還るって言うの」
「だから、
怖くないって、
みんな言う」
少女は、
少し笑おうとした。
でも。
上手く笑えなかった。
「でも、
やっぱり寂しいよ」
ユキの胸が、
少し苦しくなる。
リノアは、
まだ子供だった。
強がってるだけだ。
⸻
その時。
風が吹いた。
白花が、
ふわりと舞う。
そして。
一本の枝へ、
小さな光が止まった。
精霊だった。
淡い緑色。
ユキが、
そっと見る。
すると。
精霊は、
木碑の周囲をゆっくり回る。
リノアが、
小さく息を呑んだ。
「……来てくれた」
ユキが、
静かに聞く。
「精霊?」
リノアが、
頷く。
「大切な人のお墓には、
時々来るの」
「ちゃんと還れたよって、
教えてくれるんだって」
少女は、
精霊を見ながら、
少しだけ泣きそうに笑った。
⸻
昼過ぎ。
ユキ達は、
墓守小屋へ案内された。
小さな木造小屋。
古い暖炉。
薬草の匂い。
そこには、
リノアの祖母が居た。
かなり高齢の森精族。
だが。
優しい目をしていた。
老人は、
ユキを見るなり、
少し驚いた顔になる。
「……精霊に好かれておるね」
ユキが、
困ったように笑う。
「よく言われる」
老人は、
静かに茶を淹れた。
星花茶。
淡く光っている。
不思議と、
落ち着く味だった。
⸻
窓の外では、
白花が揺れている。
老人が、
ゆっくり話し始めた。
「昔は、
もっと帰って来れん者が多かった」
「門が閉じ始めてから、
樹海も変わった」
ユキは、
静かに聞いていた。
老人は、
遠くを見る。
「昔の森は、
もっと歌っておった」
「今は、
静かになってしまった」
その言葉が、
妙に胸へ残った。
⸻
夕方。
帰る時間になった。
リノアは、
墓前で立ち止まる。
そして。
小さく言った。
「また来るね」
風が吹く。
白花が揺れる。
その時。
ユキの肩へ、
また小精霊が止まった。
すると。
周囲の白花が、
一斉に淡く光り始めた。
リノアが、
目を丸くする。
「わ……」
森全体が、
星空みたいだった。
白い花光。
静かな風。
そして。
木碑の葉が、
優しく鳴っている。
まるで。
誰かが、
笑ったみたいだった。
リノアの目から、
涙が零れる。
でも。
今度は、
少しだけ柔らかい涙だった。
「……お兄ちゃん」
ユキは、
そっと隣へ立つ。
何も言わない。
ただ。
一緒に、
光る花を見ていた。
⸻
夜。
宿へ戻る頃には、
樹都へ灯りが点いていた。
フィルニアが、
即座に駆け寄る。
「遅ぇぞ!」
タマも、
少し安心した顔になる。
「無事か?」
ユキが、
小さく頷く。
「うん」
だが。
少しだけ、
目が赤かった。
ミツコが、
すぐ気付く。
「……泣いたん?」
ユキは、
少し迷ってから答えた。
「寂しいのって、
消えないんだなって思って」
その言葉で。
トシオとミツコが、
少しだけ目を細めた。
二人は知っている。
“残る寂しさ”を。
⸻
その夜。
ユキは、
宿外廊下で、
一人樹海を見ていた。
そこへ。
ミーコが来る。
しばらく。
二人は何も喋らなかった。
風だけが吹いている。
やがて。
ユキが、
小さく呟く。
「ミーコ」
「うん」
「もし、
私達が現世へ行かなかったら、
どうなってたんだろ」
ミーコは、
少しだけ空を見る。
答えなかった。
いや。
答えられなかった。
その代わり。
静かに言った。
「でも、
じーちゃんとばーちゃんに会えた」
ユキの瞳が、
少し揺れる。
ミーコは、
続けた。
「だから、
今の私は嫌いじゃない」
ユキは、
しばらく黙っていた。
やがて。
小さく笑った。
「……うん」
樹海の夜風が、
静かに流れていく。
遠くで。
白い星花が、
淡く揺れていた。




