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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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72/139

『星花の墓標』

『じじばばにゃんこと異世界奇譚』


第一部『レヴァナスタシア』






朝。


シルヴァレインの空は、

薄く白んでいた。


巨大樹の葉が、

朝露を揺らしている。


ユキは、

宿外廊下で一人、

樹海を見ていた。


静かだった。


風の音。


鳥の声。


精霊光。


全部優しい。


その時。


小さな鈴音が聞こえた。


チリン――


ユキが振り向く。


そこに居たのは、

森精族の少女だった。


年齢は、

十くらい。


淡い若葉色の髪。


大きな籠を抱えている。


少女は、

少し緊張した様子で言った。


「旅の人?」


ユキが、

小さく頷く。


「うん」


少女は、

少し迷ってから聞いた。


「……お花、

運ぶの手伝ってくれる?」



朝食後。


ユキは、

少女について行く事になった。


名前は、

リノア。


樹都の外れで、

祖母と暮らしているらしい。


籠の中には、

白い花が大量に入っていた。


星みたいな形。


淡く光っている。


ユキが、

そっと覗く。


「綺麗……」


リノアが、

少し嬉しそうに笑った。


「星花っていうの」


「夜に光くんだよ」



樹都外周。


巨大吊橋を渡る。


さらに奥。


人通りが減っていく。


フィルニア達は、

別行動だった。


市場。


空中庭園。


樹上狩猟見学。


完全に観光モードである。


タマだけは、

少し心配そうだった。


「暗くなる前には戻れよ」


ユキが、

小さく頷く。



森の奥は、

さらに静かだった。


精霊光も少ない。


代わりに。


白い花が、

あちこち咲いている。


ユキが、

周囲を見回す。


「いっぱい……」


リノアは、

少しだけ寂しそうに笑った。


「ここ、

お墓だから」


ユキが、

足を止める。


そこには。


無数の木碑が並んでいた。


石じゃない。


樹だった。


細い木へ、

名前が刻まれている。


風が吹く度、

葉が揺れる。


まるで。


眠っているみたいだった。



リノアは、

その奥へ進む。


そして。


一本の木の前で止まった。


小さな木碑。


まだ新しい。


少女が、

そっと星花を置く。


ユキは、

静かに隣へ座った。


しばらく。


リノアは、

何も喋らなかった。


やがて。


小さな声で言う。


「お兄ちゃんなんだ」


ユキが、

木碑を見る。


刻まれている名前。


『ルクス』


リノアは、

少し俯いた。


「樹海調査で、

帰って来なかったの」


風が吹く。


白花が揺れる。


ユキは、

静かに話を聞いていた。



「森精族はね」


リノアが、

ぽつりと続ける。


「死んだら、

樹へ還るって言うの」


「だから、

怖くないって、

みんな言う」


少女は、

少し笑おうとした。


でも。


上手く笑えなかった。


「でも、

やっぱり寂しいよ」


ユキの胸が、

少し苦しくなる。


リノアは、

まだ子供だった。


強がってるだけだ。



その時。


風が吹いた。


白花が、

ふわりと舞う。


そして。


一本の枝へ、

小さな光が止まった。


精霊だった。


淡い緑色。


ユキが、

そっと見る。


すると。


精霊は、

木碑の周囲をゆっくり回る。


リノアが、

小さく息を呑んだ。


「……来てくれた」


ユキが、

静かに聞く。


「精霊?」


リノアが、

頷く。


「大切な人のお墓には、

時々来るの」


「ちゃんと還れたよって、

教えてくれるんだって」


少女は、

精霊を見ながら、

少しだけ泣きそうに笑った。



昼過ぎ。


ユキ達は、

墓守小屋へ案内された。


小さな木造小屋。


古い暖炉。


薬草の匂い。


そこには、

リノアの祖母が居た。


かなり高齢の森精族。


だが。


優しい目をしていた。


老人は、

ユキを見るなり、

少し驚いた顔になる。


「……精霊に好かれておるね」


ユキが、

困ったように笑う。


「よく言われる」


老人は、

静かに茶を淹れた。


星花茶。


淡く光っている。


不思議と、

落ち着く味だった。



窓の外では、

白花が揺れている。


老人が、

ゆっくり話し始めた。


「昔は、

もっと帰って来れん者が多かった」


「門が閉じ始めてから、

樹海も変わった」


ユキは、

静かに聞いていた。


老人は、

遠くを見る。


「昔の森は、

もっと歌っておった」


「今は、

静かになってしまった」


その言葉が、

妙に胸へ残った。



夕方。


帰る時間になった。


リノアは、

墓前で立ち止まる。


そして。


小さく言った。


「また来るね」


風が吹く。


白花が揺れる。


その時。


ユキの肩へ、

また小精霊が止まった。


すると。


周囲の白花が、

一斉に淡く光り始めた。


リノアが、

目を丸くする。


「わ……」


森全体が、

星空みたいだった。


白い花光。


静かな風。


そして。


木碑の葉が、

優しく鳴っている。


まるで。


誰かが、

笑ったみたいだった。


リノアの目から、

涙が零れる。


でも。


今度は、

少しだけ柔らかい涙だった。


「……お兄ちゃん」


ユキは、

そっと隣へ立つ。


何も言わない。


ただ。


一緒に、

光る花を見ていた。



夜。


宿へ戻る頃には、

樹都へ灯りが点いていた。


フィルニアが、

即座に駆け寄る。


「遅ぇぞ!」


タマも、

少し安心した顔になる。


「無事か?」


ユキが、

小さく頷く。


「うん」


だが。


少しだけ、

目が赤かった。


ミツコが、

すぐ気付く。


「……泣いたん?」


ユキは、

少し迷ってから答えた。


「寂しいのって、

消えないんだなって思って」


その言葉で。


トシオとミツコが、

少しだけ目を細めた。


二人は知っている。


“残る寂しさ”を。



その夜。


ユキは、

宿外廊下で、

一人樹海を見ていた。


そこへ。


ミーコが来る。


しばらく。


二人は何も喋らなかった。


風だけが吹いている。


やがて。


ユキが、

小さく呟く。


「ミーコ」


「うん」


「もし、

私達が現世へ行かなかったら、

どうなってたんだろ」


ミーコは、

少しだけ空を見る。


答えなかった。


いや。


答えられなかった。


その代わり。


静かに言った。


「でも、

じーちゃんとばーちゃんに会えた」


ユキの瞳が、

少し揺れる。


ミーコは、

続けた。


「だから、

今の私は嫌いじゃない」


ユキは、

しばらく黙っていた。


やがて。


小さく笑った。


「……うん」


樹海の夜風が、

静かに流れていく。


遠くで。


白い星花が、

淡く揺れていた。

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