竜の民
第一部『レヴァナスタシア』
「……戦争が始まってしまう」
ミーコ――
水色がかった銀髪の少女は、
震える声で呟いた。
空を覆う、
巨大要塞ヴァルグレイド。
その黒い影だけで、
空気が重くなる。
タマは耳を伏せた。
「なんでこんな場所に王国軍が……」
ユキも不安そうに空を見上げる。
「追手……?」
ミーコは答えなかった。
その表情だけで、
全部伝わってしまった。
トシオは腕を組む。
「とりあえず、
腹減ったのぉ」
「この空気で!?」
タマが叫ぶ。
ミツコは少し笑った。
「みんな落ち着いとらんもん」
その時だった。
ゴォォォッ!!
上空から、
爆風が吹き荒れる。
巨大な影。
空を横切ったのは、
黒い竜だった。
いや。
一匹じゃない。
三匹。
巨大な翼が、
太陽を隠す。
タマが反射的に前へ出る。
ミーコの顔が険しくなる。
「竜人族……!」
竜は、
少し離れた草原へ降下した。
轟音。
地面が揺れる。
そして。
砂煙の中から現れたのは、
鎧姿の戦士たちだった。
漆黒の角。
竜の尾。
金色の瞳。
人ではない。
その中心にいたのは、
長身の女戦士だった。
燃えるような赤髪。
大剣。
鋭い目。
彼女は、
ミーコを見るなり目を細める。
「……やはりか」
空気が張り詰めた。
タマが低く唸る。
ユキはミツコの後ろへ下がった。
ミーコは一歩前へ出る。
「ヴォルグラード帝国軍……」
女戦士は静かに頷く。
「竜人族第三戦団長。
カリヴァ=ドラグニル」
その名だけで、
ミーコの顔色が変わった。
かなり偉いらしい。
しかし。
トシオだけは、
ぽりぽり頭を掻いていた。
「長い名前じゃのぉ」
沈黙。
竜人兵たちがザワつく。
カリヴァの眉がぴくりと動いた。
「……貴様、
状況を理解しているのか?」
「してないのぉ」
トシオは即答した。
「起きたら若返っとった」
タマが頭を抱える。
「じーちゃん!!」
その時。
竜人兵の一人が、
ミーコへ槍を向けた。
「レイシス王族を確認!
確保します!」
空気が凍る。
だが次の瞬間。
カリヴァが、
その兵士の前へ腕を出した。
「待て」
低い声。
そして。
彼女はゆっくり、
片膝をついた。
竜人兵たちが息を呑む。
「……まさか、
ご存命だったとは」
風が草を揺らす。
赤髪の戦団長は、
静かに頭を垂れた。
「アクアリア=ヴァル=レイシス王女殿下」
静寂。
トシオが眉を上げる。
ユキが不安そうにミーコを見る。
タマは悔しそうに唇を噛んだ。
ミーコ――
いや。
アクアリアは、
小さく俯く。
その名は、
王族としての名。
責務の名。
争いの名。
レイシスを背負う者の名だった。
けれど。
「ミーコ?」
ミツコの声。
アクアリアの肩が、
ぴくりと揺れる。
「おばあちゃん……」
その瞬間だけ。
王女ではなく、
小さな子猫だった頃の顔に戻った。
だが。
「レイシス王国は現在、
内戦状態にあります」
カリヴァの声が響く。
空気が重くなる。
「王女殿下は既に死亡したと、
全土へ布告されている」
ミーコの顔から、
血の気が引いた。
「……そんな」
「今戻れば、
貴女は再び命を狙われるでしょう」
沈黙。
風だけが吹く。
そして。
竜人兵の一人が、
再び槍を構えた。
「ですが危険です!
今ここで保護を──」
その瞬間。
ガギィン!!
槍が止まる。
トシオの手だった。
素手。
竜人兵が凍りつく。
「……なんだ貴様」
槍が動かない。
まるで岩に挟まれたみたいに。
トシオは困ったように笑う。
「若いのぉ」
ミシィ。
槍が握力だけで砕けた。
竜人兵たちの顔色が変わる。
カリヴァですら、
初めて目を見開いた。
トシオは、
砕けた槍を地面へ落とす。
「うちの家族に、
物騒なもん向けんじゃねぇ」
その瞬間。
草原の空気が、
海の嵐みたいに重く沈んだ。




