『閉ざされた記録』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
夜。
オルグディアの街は、
今日も消灯しなかった。
浮遊回廊の青白い灯り。
魔導送電塔の発光。
空中輸送路を走る光。
巨大都市そのものが、
星みたいに輝いている。
宿窓から外を見ながら、
ユキが小さく呟いた。
「寝てる感じしない街だね」
ミツコが、
温かい茶を置く。
「働き者なんやろねぇ」
フィルニアが、
椅子へ転がりながら言う。
「絶対働き過ぎだろあいつら」
タマが、
苦笑した。
「お前が言うな」
⸻
翌朝。
リシェルから、
呼び出しが来た。
しかも。
“最深部閲覧許可”
付き。
フィルニアが、
嫌な顔をする。
「名前がもう怖ぇ」
「安心してください」
リシェルが、
平然と答える。
「危険物区域ではありません」
「“では”って付いたぞ」
タマが、
即座に突っ込んだ。
⸻
中央大図書院。
今日案内されたのは、
さらに奥。
一般研究員すら、
ほとんど入れない区域だった。
巨大封印扉。
多重術式。
認証鍵。
しかも。
途中から、
周囲の音が遠くなっていく。
外の街の振動。
機械音。
人の気配。
全部薄れていく。
ユキが、
少し声を潜める。
「静か……」
リシェルが、
小さく頷いた。
「この区画は、
古代保管層です」
⸻
最深部。
そこは。
図書館というより、
神殿みたいだった。
巨大白石空間。
天井には、
星空みたいな術式が広がっている。
中央には。
円形祭壇。
そして。
七本の石柱。
獣。
竜。
森。
鳥。
海。
魔導。
巨人。
それぞれの紋章が刻まれていた。
ミーコが、
静かに周囲を見る。
「……七種族」
リシェルが、
祭壇へ近付く。
「始まりの民は、
七種族成立以前から存在していたとされています」
タマが、
眉をひそめる。
「つまり、
今の種族より古いって事か?」
「そう考えられています」
フィルニアが、
石柱を見上げる。
「じゃあなんで消えたんだ?」
リシェルは、
少しだけ黙った。
「分かっていません」
「ただ――」
その視線が、
祭壇中央へ向く。
「門に関わった結果、
滅びたという説が最有力です」
⸻
祭壇中央には、
巨大な円盤が埋め込まれていた。
白銀色。
だが。
所々黒く変色している。
ユキが、
そっと近付く。
「これ……」
その瞬間。
円盤へ、
淡い光が走った。
リシェルが、
わずかに目を見開く。
「反応した……?」
ミーコも、
静かに円盤を見る。
青白い光。
水みたいな揺らぎ。
そして。
空間へ、
文字が浮かび始めた。
古代文字だった。
ユキは読めない。
だが。
ミーコだけは、
少しずつ意味を理解していた。
「境界は、
世界を繋ぐ道であり――」
その声が、
静かな空間へ響く。
「閉じた時、
世界は孤立する」
タマが、
小さく呟く。
「また閉じる話か……」
文字は、
まだ続いていた。
『七つの門が閉ざされる時、
世界は終焉へ向かう』
フィルニアが、
嫌そうな顔をする。
「物騒だな」
リシェルは、
浮かぶ文字を見つめていた。
その横顔は、
研究者そのものだった。
恐怖より先に、
理解しようとしている顔。
⸻
さらに。
円盤中央へ、
別の紋章が浮かぶ。
ミーコの護符と、
同じ紋章だった。
リシェルが、
静かに言う。
「王族認証……」
ユキが、
ミーコを見る。
「ミーコ?」
ミーコは、
少し迷うように、
円盤へ手を置いた。
その瞬間。
世界が白く染まった。
⸻
映像だった。
いや。
記録。
巨大都市群。
今より遥かに広い世界。
七種族が、
同じ空の下で生きている。
巨大門。
空中航路。
海上都市。
白塔。
全部繋がっていた。
ユキが、
思わず見入る。
「すご……」
だが。
次の瞬間。
空が黒く染まる。
巨大な“何か”が、
世界外側から現れていた。
姿が見えない。
ただ。
黒い。
そして。
門が閉じ始める。
一つ。
また一つ。
世界から、
光が消えていく。
ミーコが、
小さく息を止めた。
その時。
記録映像の中で、
誰かが振り返った。
白衣姿。
長い髪。
始まりの民。
その人物が、
こちらを見る。
いや。
ミーコを見る。
そして。
口が動いた。
『王の器を継ぐ者へ』
リシェルが、
完全に固まる。
「……記録干渉?」
始まりの民は、
続ける。
『門は閉じる』
『だが、
まだ終わってはいない』
『最後の門が残る限り』
映像が、
激しく乱れ始める。
黒い何かが、
都市を覆っていく。
巨大門が崩壊する。
七種族が、
分断されていく。
最後。
映像の人物は、
ミーコへ向かって言った。
『レイシスの継承者よ』
『世界を繋ぎ直せ』
白光。
そして。
映像が消えた。
⸻
静寂だった。
誰も、
すぐ喋れない。
ユキが、
ゆっくりミーコを見る。
ミーコは、
祭壇を見つめたまま動かなかった。
タマも、
珍しく無言だった。
フィルニアが、
頭を掻く。
「……なんか、
思ったよりデカい話になってきたな」
「元からデカいだろ」
タマが、
小さく返す。
⸻
リシェルは、
まだ記録盤を見ていた。
研究者として。
完全に常識外だった。
「始まりの民の、
自律型未来記録……」
「しかも、
王族認証式……」
ぶつぶつ言っている。
フィルニアが、
小声で聞く。
「大丈夫かあいつ」
「多分今めちゃくちゃ興奮してる」
タマが答えた。
⸻
その後。
一行は、
上層休憩区画へ戻っていた。
夕焼けだった。
巨大都市が、
橙色へ染まっている。
空中回廊を、
大量の光が流れていく。
ユキは、
窓際で外を見ていた。
「世界、
繋がってたんだね」
ミツコが、
静かに隣へ座る。
「昔は、
もっと自由に行き来出来たんやろねぇ」
ユキが、
小さく頷く。
「……戻れるのかな」
その言葉へ。
ミーコが、
静かに答えた。
「戻す」
ユキが、
少し驚いた顔になる。
ミーコは、
夕焼けを見ていた。
銀青の瞳が、
真っ直ぐ前を向いている。
「閉じたまま終わらせない」
その声は、
以前よりずっと強かった。
⸻
夜。
出発準備が始まっていた。
次の目的地が決まったからだ。
巨大樹海。
シルヴァレイン聖域方面。
森精族領。
ユキが、
少しだけ嬉しそうだった。
「森の国……」
フィルニアが、
笑う。
「今度は木だな!」
タマが、
呆れる。
「感想雑過ぎるだろ」
その横で。
トシオは、
宿の椅子をまた少し壊していた。
ミシッ。
店員が固まる。
トシオが、
静かに椅子を見る。
「……まだ座れそうだな」
「ダメだろ」
タマが即答した。
⸻
翌朝。
星海横断列車が、
再び動き出す。
巨大魔導都市オルグディア。
知識と記録の国。
世界の終わりを、
最も早く知ろうとしている街。
だが同時に。
まだ、
諦めていない国でもあった。
列車窓から、
白塔群が遠ざかっていく。
ユキが、
最後まで街を見ていた。
その時。
遠く。
図書院最上塔から、
小さな光が見えた。
リシェルだった。
静かに、
こちらを見送っている。
ミーコも、
小さく視線を返す。
やがて。
巨大都市は、
山脈の向こうへ消えていった。




