『始まりの書庫』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
朝。
オルグディアの空は、
少し霞んでいた。
だが。
スノウリアの灰空とは違う。
都市全体へ流れる、
青白い魔導光のせいだった。
巨大送電塔から伸びた光が、
空中回廊の間を走っている。
ユキは、
宿の窓から外を見ていた。
「……街が光ってる」
ミツコが、
隣へ来る。
「夜も明るかったもんねぇ」
実際。
この都市は、
深夜でも暗くならない。
魔導灯が、
街中を照らしている。
タマが、
欠伸しながら起きて来た。
「眩しくて寝坊した」
フィルニアが、
即答する。
「普通逆だろ」
「知らん」
⸻
朝食後。
一行は、
再び中央大図書院へ向かっていた。
朝なのに、
街は既に騒がしい。
学生達が走る。
魔導機械が動く。
浮遊運搬機が、
頭上を飛び交う。
しかも。
路地では普通に、
魔導実験まで行われていた。
ボン!!
小爆発。
煙。
フィルニアが、
即座に振り返る。
「なんだ今の!」
通行人が、
普通に答える。
「学生実験ですね」
「街中で!?」
「よくあります」
「怖ぇよこの国!!」
⸻
中央大図書院へ入ると。
相変わらず、
空気が独特だった。
静か。
なのに。
本棚そのものが動いている。
しかも今日は、
空中を飛ぶ小型魔導端末まで増えていた。
ユキが、
見上げる。
「今日いっぱい飛んでる……」
リシェルが、
後ろから現れる。
「蔵書整理日なので」
「本も動きます」
その瞬間。
巨大書棚が、
横を通過した。
フィルニアが、
ちょっと避ける。
「本当に動くなコレ」
⸻
今日は、
さらに奥の区画へ入るらしい。
通常研究員でも、
滅多に入れない場所。
リシェルが、
封印扉へ手を当てる。
青白い術式が展開。
複数魔法陣が、
連動起動した。
タマが、
嫌そうな顔をする。
「絶対ヤバい場所じゃん」
「かなり」
「否定しねぇ」
重い音。
扉が開く。
その瞬間。
空気が変わった。
冷たい。
古い。
しかも。
妙に静かだった。
⸻
内部は、
普通の書庫じゃなかった。
巨大円形空間。
天井が見えない。
何層もの回廊が、
螺旋状に続いている。
さらに。
中央には、
巨大な球体装置が浮いていた。
青白く発光している。
ユキが、
目を丸くする。
「なにこれ……」
リシェルが、
静かに答えた。
「記憶保管核です」
「古代書物の劣化を防ぐ為、
内容を魔導記録化しています」
フィルニアが、
真顔になる。
「つまり?」
「本の脳です」
「分からん!!」
タマが、
笑いを堪えていた。
⸻
リシェルは、
奥の書架から、
数冊の古書を取り出した。
かなり古い。
装丁も普通じゃない。
金属と石で出来ている。
ミーコが、
わずかに目を細める。
「……古代文字」
リシェルが、
少し驚く。
「読めるんですか?」
「少しだけ」
実際。
ミーコは、
他の皆より読めていた。
王族教育の影響だった。
ユキも、
隣から覗き込む。
「なんて書いてるの?」
ミーコは、
ゆっくり読む。
『境界は、
世界を隔てる膜である』
空気が、
少し変わった。
タマが、
眉をひそめる。
「境界って、
本当に壁みたいなもんなのか?」
リシェルが、
静かに頷く。
「現在有力なのは、
世界外殻説です」
フィルニアが、
嫌そうな顔をする。
「急に難しくなるな」
⸻
リシェルは、
さらに別の本を開いた。
そこには。
巨大な輪の図が描かれていた。
世界。
門。
そして。
黒く塗り潰された部分。
ユキが、
小さく呟く。
「……閉じてる」
「はい」
リシェルは、
静かに言った。
「各地の“門”は、
年々閉鎖されています」
「現在、
遠方航路の大半が消失」
「外周国家とも、
連絡断絶が増えています」
ミツコが、
少し心配そうに聞く。
「それって、
かなり危ないんちゃう?」
「危険です」
リシェルは、
即答した。
「このまま進行した場合、
大陸間移動そのものが不可能になる可能性があります」
空気が、
重くなる。
ユキが、
少し不安そうにミーコを見る。
⸻
その時。
フィルニアが、
別方向を見ていた。
巨大本棚。
そこへ。
『禁閲覧指定』
と書かれている。
フィルニアの目が光る。
タマが、
即止めた。
「やめろ」
「まだ何もしてねぇ」
「顔が完全にやる顔なんだよ」
フィルニアが、
普通に手を伸ばす。
その瞬間。
警報が鳴った。
ピィィィィィン!!!
真っ赤な術式展開。
本棚全体が光る。
フィルニアが、
真顔になる。
「うお」
リシェルが、
無表情で言った。
「今、
危険指定封印へ触れました」
「死ぬかと思った」
「まだ初期警告です」
「初期でそれ!?」
タマが、
腹抱えて笑っていた。
⸻
昼頃。
一行は、
図書院上層休憩区画へ移動した。
そこだけ、
かなり景色が良かった。
巨大都市全景。
浮遊回廊。
白塔群。
空中庭園。
全部見える。
ユキは、
窓際で完全に見入っていた。
「すごい……」
ミツコが、
少し笑う。
「好きやねぇ」
「うん……」
その横で。
トシオは、
普通に超重量鉄椅子へ座った。
ミシッ。
椅子が悲鳴を上げる。
タマが、
真顔になる。
「また壊すなよ」
「まだ壊れてねぇ」
ミシミシ……
「時間の問題だろ」
⸻
その時。
リシェルが、
静かに一冊の本を置いた。
かなり古い。
しかも。
表紙へ、
奇妙な紋章が刻まれている。
ミーコの瞳が、
わずかに揺れた。
レイシス王紋。
完全一致だった。
ユキも、
少し驚く。
「ミーコの……」
リシェルが、
静かに頷く。
「これは、
封印前の王族記録です」
空気が変わる。
タマも、
表情を消した。
ミーコが、
ゆっくり本へ触れる。
その瞬間。
青白い光が、
本から広がった。
ユキが、
小さく息を呑む。
ページが、
勝手に開いていく。
そこに描かれていたのは。
巨大な白門だった。
空へ伸びる門。
その周囲へ、
無数の紋章が浮いている。
ミーコが、
静かに呟く。
「……始まりの門」
リシェルの瞳が、
わずかに細まる。
「やはり知っていましたか」
ミーコは、
ページを見つめたまま答えた。
「夢で見た事がある」
その言葉で。
空気が、
また少し変わった。




