『霧鐘の港』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
朝。
灯台の窓は、
完全に白く染まっていた。
霧だった。
もう。
海も。
空も。
航路灯すら見えない。
灯台そのものが、
白霧へ沈んでいるみたいだった。
カヤが、
上層観測窓を睨む。
「ここまで来たか……」
灯台守も、
表情が重い。
「早過ぎる」
ユキは、
窓から離れられなかった。
昨夜見た街。
あれが、
まだ外に居る。
そんな感覚が消えない。
ミツコが、
静かに肩へ手を置いた。
「大丈夫」
だが。
その言葉の直後。
鐘が鳴った。
ゴォォォォォン――――
灯台全体が震える。
近い。
今までで一番近い。
フィルニアが、
即座に立ち上がった。
「来るぞ」
⸻
白霧の中。
街が現れた。
完全な姿で。
北方港湾都市イルゼア。
巨大港。
氷海船着場。
石造街路。
観測塔。
全部、
霧の向こうに存在している。
しかも。
近い。
もう灯台のすぐ下だった。
ユキが、
息を呑む。
「ほんとに……街……」
だが。
おかしい。
静か過ぎる。
人影はある。
港夫。
船員。
子供。
歩いている。
だが。
音が無い。
足音も。
声も。
全部消えている。
鐘だけが響く。
ゴォォォォォン――――
その瞬間。
街中の人影が、
一斉にこちらを向いた。
ユキが、
小さく震える。
ぼやけている。
顔が曖昧。
氷と霧で出来た人間みたいだった。
タマが、
低く呟く。
「やべぇなこれ……」
⸻
灯台守が、
静かに口を開いた。
「イルゼアは、
百二十年前に消えた」
「だが、
霧は消した物を返す事がある」
フィルニアが、
眉をひそめる。
「返してねぇだろこれ」
その通りだった。
街はある。
だが。
生きている感じがしない。
“残ってしまった”
みたいな空気だった。
その時。
霧街側から、
港歌が聞こえ始める。
低い。
ゆっくり。
沈むような旋律。
ユキが、
耳を押さえた。
「頭へ入ってくる……」
ミーコの瞳が、
細くなる。
「歌じゃない」
「呼んでる」
⸻
その瞬間。
灯台外壁へ、
何かがぶつかった。
ドン!!
全員振り向く。
窓の外。
そこに。
人が張り付いていた。
氷を纏った船員。
顔が崩れている。
だが。
笑っていた。
ユキが、
息を呑む。
次の瞬間。
外壁全面へ、
大量の手が張り付く。
ドン!!
ドン!!
ドン!!
霧街の人影達だった。
無数。
灯台を見上げている。
そして。
全員同時に、
口を開く。
声は無い。
だが。
確かに分かった。
“開けろ”
フィルニアが、
拳を鳴らす。
「うわ気持ち悪っ」
タマも、
剣へ手を掛けた。
「来るぞ」
⸻
鐘。
爆音。
ゴォォォォォォォン――――!!!
その瞬間。
灯台下層の扉が吹き飛んだ。
氷霧が雪崩れ込む。
同時に。
霧人達が侵入する。
動きは遅い。
だが。
異様だった。
足音が無い。
氷を纏っている。
しかも。
斬っても、
崩れない。
フィルニアが、
真正面から踏み込んだ。
爆炎噴出。
竜拳炸裂。
ド ォ ォ ォ ン !!!!
霧人が、
氷壁ごと吹き飛ぶ。
だが。
崩れた霧が、
また人型へ戻っていく。
タマが、
舌打ちする。
「キリねぇ!!」
フィルニアが、
真顔でタマを見つめた。
「……」
タマが、
少し視線を逸らす。
「なんかゴメン」
その時。
灯台全体が揺れた。
ゴゴゴ……
外。
白霧の奥で、
巨大な何かが動いていた。
ユキが、
窓を見る。
そして。
息を止める。
港中央。
霧街の中心。
そこに。
巨大な鐘楼が立っていた。
今まで無かった。
霧の中から、
ゆっくり現れている。
巨大。
異様。
氷と霧で出来た鐘楼。
その内部で、
何かが脈打っていた。
ミーコが、
低く呟く。
「……あれが核」
⸻
次の瞬間。
鐘楼が鳴る。
ゴォォォォォォォォン――――!!!!
音圧。
衝撃。
灯台硝子が砕ける。
ユキが、
頭を押さえた。
「痛っ……!」
その瞬間。
霧人達が、
一斉に動き出す。
速い。
今までと違う。
爆発的加速。
フィルニアが、
即座に迎撃した。
炎尾旋回。
空中蹴撃。
ド ガ ァ ァ ァ ン !!!!
霧人が吹き飛ぶ。
だが。
次々来る。
階段。
壁。
天井。
全部から現れる。
タマが、
高速で斬り払う。
銀閃連撃。
ギ ギ ギ ギ ィ ン !!
氷霧切断。
だが。
霧そのものが、
また形を作っていく。
「うおマジかよ!!」
その時。
灯台外壁が、
巨大な音を立てた。
バ ゴ ォ ォ ォ ォ ン !!!!
白い巨腕が、
外壁を突き破る。
ユキが、
目を見開く。
「なに……!?」
霧巨人だった。
人型。
だが。
灯台よりデカい。
顔が無い。
全身が、
氷霧で出来ている。
そして。
鐘楼から、
無数の霧糸が伸びていた。
操られている。
ミーコが、
即座に叫ぶ。
「鐘楼を壊す!」
「じゃねぇと終わらない!」
⸻
次の瞬間。
トシオが動いた。
踏み込み。
灯台床が沈む。
轟音。
超重量級の肉体が、
真正面から外壁を突き破った。
白霧へ飛び出す。
霧巨人の腕が振り下ろされる。
だが。
遅い。
トシオの拳が、
真正面から叩き込まれた。
ゴ バ ァ ァ ァ ァ ン !!!!!!
霧腕粉砕。
白霧爆散。
衝撃で、
港全体が揺れる。
フィルニアが、
笑う。
「派手だなァ!!」
赤光噴出。
竜力解放。
次の瞬間。
フィルニアも、
白霧へ飛び出した。
空中加速。
炎尾。
霧巨人の頭部へ、
竜拳炸裂。
ド ォ ォ ォ ォ ン !!!!
氷霧崩壊。
だが。
再生。
鐘楼が鳴る度、
霧が戻る。
ミーコが、
鐘楼を睨む。
「……邪魔」
青白い光陣展開。
空間震動。
次の瞬間。
蒼光の爪が、
霧街を裂いた。
ギャァァァァァン!!!!
街路崩壊。
霧人消滅。
だが。
鐘楼だけが残る。
中心で、
脈打っている。
ユキが、
その光景を見ていた。
怖い。
でも。
分かった。
あれは、
“死んだ街の残骸”だ。
帰れなかった人達。
消えた港。
全部が、
鐘へ縛られている。
その時。
鐘楼最上部で、
巨大な目が開いた。
白い。
空洞の目。
霧そのものが、
こちらを見ていた。
鐘が鳴る。
今までで最大。
ゴォォォォォォォォォン――――!!!!
世界が揺れた。
同時に。
霧街全体が、
灯台へ押し寄せる。
無数の霧人。
巨腕。
氷波。
全部まとめて来た。
タマが、
顔を引き攣らせる。
「うおい待て待て待て!!」
トシオが、
笑った。
豪快に。
「面白ぇ!!」
次の瞬間。
超重量級の拳が、
白霧そのものへ叩き込まれた。
ド ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ン !!!!!!




