『星雨の停車駅』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
星海横断列車は、
静かに境界を走っていた。
窓の外には、
無限の星海。
けれど。
今夜は少し違う。
光が流れていた。
細い星の粒が、
空の下から上へ昇っていく。
雨みたいに。
ゆっくり。
静かに。
ユキが、
窓へぺたりと張り付く。
「わぁ……」
青白い光が、
瞳へ映っていた。
ミーコも、
静かに外を見ている。
フィルニアは、
ソファへ寝転がったまま片目を開けた。
「また変な場所っぽいな」
タマが、
コーヒーを飲みながら呟く。
「列車乗ってから、
普通の場所の方が少ねぇ」
ミツコが、
小さく笑った。
「確かにねぇ」
その時。
車内アナウンスが響く。
『まもなく、
星雨観測駅エルミナ到着』
『停車予定時間、
十二時間』
トシオが、
窓の外を見る。
「観測駅?」
「星見る場所かな?」
ユキが、
少し楽しそうに尻尾を揺らした。
⸻
到着した駅は、
今までで一番小さかった。
ホーム一本。
待合室ひとつ。
街らしい街も見えない。
周囲には、
白い草原が広がっていた。
風が吹く度、
草が淡く光る。
しかも。
空から、
星みたいな粒が降っていた。
触れると、
ふわっと溶ける。
冷たくはない。
ユキが、
両手で受け止める。
「きれい……」
ホームに居る人達は少ない。
皆、
静かに空を見ていた。
誰も騒がない。
大声も無い。
まるで。
この景色を壊さないように、
呼吸しているみたいだった。
その時。
ホーム奥から、
ゆっくり一人の老人が歩いて来た。
白髪の鹿獣人。
長い外套。
片目には、
古い観測レンズを付けている。
だが。
背筋は真っ直ぐだった。
彼は、
トシオ達を見ると穏やかに笑った。
「旅人か」
トシオが頷く。
「まぁな」
「ようこそ、
エルミナへ」
老人――駅守は、
静かな声で続ける。
「今夜は星雨が強い」
「良い景色が見られる」
⸻
エルミナには、
宿が一軒しか無かった。
小さな木造宿。
暖炉。
薬草茶。
柔らかい灯り。
ラグナ・ベルの賑やかさとは、
真逆の空気だった。
けれど。
不思議と落ち着く。
ユキは、
窓際席へ座っていた。
外では、
まだ星雨が降っている。
ミツコが、
温かいミルクを差し出した。
「冷えるからねぇ」
「ありがと!」
フィルニアは、
既に焼き菓子を食べていた。
タマが呆れる。
「お前ほんと、
どこでも食ってんな」
「旅に食は重要だ」
「言い方だけ立派だな」
その時。
宿の奥から、
小さな女の子が出て来た。
羊獣人だった。
ふわふわの白髪。
眠たそうな垂れ目。
年齢は、
ユキより少し下くらい。
彼女は、
おずおず近付いて来る。
「……旅人さん?」
ユキが、
にこっと笑う。
「うん!」
少女は、
少し安心した顔になった。
「私はノエル」
「宿のお手伝いしてるの」
ミーコは、
静かに彼女を見る。
この街の人達は、
皆どこか穏やかだった。
急がない。
焦らない。
静かな時間の中で、
暮らしている。
⸻
夜。
ノエルの案内で、
一行は丘へ向かった。
白い草原。
風。
星雨。
そこから見える景色に、
全員少し言葉を失った。
空と地面の境界が曖昧だった。
星が降り。
草が光り。
世界全部が、
夜空へ溶け込んでいる。
ユキが、
ぽつりと呟く。
「夢みたい……」
ノエルが、
小さく笑う。
「私、
この景色好きなの」
フィルニアも、
空を見上げたまま言う。
「……悪くねぇ」
タマが、
少し笑った。
「珍しく静かだな」
「こういう場所で騒ぐほどガキじゃねぇよ」
「普段暴れてる奴のセリフじゃねぇ」
ミツコが、
草の上へ座る。
「静かやねぇ」
トシオも、
ゆっくり腰を下ろした。
風が吹く。
白い草が揺れる。
星雨が、
淡く流れていく。
トシオが、
空を見ながら呟いた。
「波の無い海みたいやな」
ミーコは、
少しだけ目を細める。
確かに似ていた。
静かで。
広くて。
終わりが見えない。
⸻
ノエルは、
星雨について話してくれた。
毎日起きる現象ではない事。
強い夜は、
月に数回しか無い事。
だから。
色んな人が、
この駅へ来るらしい。
旅人。
画家。
詩人。
学者。
皆、
星雨を見に来る。
「でもね」
ノエルが、
空を見ながら言う。
「ここ来る人、
みんな静かになるの」
ユキが首を傾げる。
「どうして?」
「……わかんない」
ノエルは、
少し笑った。
「でも、
ずっと見ちゃうんだ」
その気持ちは、
なんとなく分かった。
ミーコも。
タマも。
フィルニアも。
皆、
空を見ていた。
何か特別な事が起きるわけじゃない。
でも。
ただ眺めていたくなる。
そんな夜だった。
⸻
深夜。
宿へ戻る途中。
駅守が、
ホームでランタンを持って立っていた。
トシオが、
隣へ並ぶ。
「毎晩見とるんか」
駅守は頷く。
「もう四十年ほどな」
「飽きん?」
「飽きんよ」
老人は、
静かに笑う。
「同じ空は、
二度と無いからな」
ミツコが、
少し目を細めた。
駅守は、
星雨を見上げながら続ける。
「旅も同じだ」
「過ぎた時間は戻らん」
「だから、
ちゃんと見ておくんだ」
その言葉に。
ミーコは、
少しだけ空を見る。
ラグナ・ベル。
アストラ。
風の谷。
全部。
もう、
同じ時間では戻れない。
でも。
ちゃんと残っている。
旅の中へ。
⸻
翌朝。
星雨は止んでいた。
白い草原だけが、
静かに揺れている。
ノエルが、
ホームまで見送りに来ていた。
「また来てね」
ユキが、
嬉しそうに頷く。
「うん!」
フィルニアは、
既に大量の焼き菓子を抱えていた。
タマが、
呆れ顔になる。
「どこで買ったんだよそれ」
「朝」
「答えになってねぇ」
列車の扉が開く。
汽笛が鳴る。
ボォォォ――――……
乗り込む直前。
ミーコは、
一度だけ振り返った。
小さな駅。
白い草原。
静かな空。
何も起きなかった場所。
でも。
だからこそ、
忘れない気がした。
星海横断列車は、
再び走り出す。
まだ見ぬ景色へ向かって。




