『花硝子の街メルクレア』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
『花硝子の街メルクレア』
星海横断列車は、
ゆっくり雲海を走っていた。
窓の外には、
白い雲。
その遥か下で、
時々光が瞬く。
まるで。
空の上を旅しているみたいだった。
車内では、
珍しく静かな時間が流れている。
ユキは、
ラグナ・ベルで買ったガラスランタンを、
膝の上へ乗せていた。
淡い青色。
揺れる度、
小さな光が反射する。
ミツコが、
それを見ながら微笑む。
「気に入っとるねぇ」
「うん!」
ユキは、
嬉しそうに頷いた。
その隣で。
フィルニアが、
座席へ寝転がっている。
完全にだらけていた。
タマが、
本を閉じながら呟く。
「お前ほんと、
列車慣れしたな」
「移動中は寝るに限る」
「おっさんみたいな事言うな」
ミーコは、
窓の外を眺めていた。
雲の切れ間。
その奥に、
何か巨大な影が見える。
都市だった。
ガラスみたいに光っている。
その時。
車内アナウンスが響く。
『まもなく、
空中温室都市メルクレア到着』
『植物保護区域へ入ります』
フィルニアが、
片目を開ける。
「温室?」
タマが、
少し考える。
「植物系の街か」
ユキが、
ぱっと顔を上げた。
「お花いっぱいかな!」
⸻
到着した瞬間。
甘い風が吹いた。
花の香りだった。
駅そのものが、
巨大な温室になっている。
透明な天井。
蔦の絡まる柱。
空中へ伸びる緑の回廊。
しかも。
街全体が、
空に浮いていた。
無数のガラスドームが、
雲海の上へ広がっている。
水路が流れ。
木々が揺れ。
巨大花が咲いている。
ユキが、
完全に目を輝かせていた。
「すごぉぉ……!」
ミツコも、
静かに周囲を見回す。
「綺麗やねぇ……」
トシオは、
空気を吸い込んでいた。
「草の匂いするな」
フィルニアが、
真顔で言う。
「腹減る匂いだ」
「お前だけだよ」
タマが即座に突っ込む。
その時。
ホーム横の巨大花が、
突然開いた。
パカッ。
フィルニアが止まる。
「食われる?」
「違います!」
明るい声が響く。
次の瞬間。
花の中から、
少女が飛び出して来た。
勢い余って転んだ。
ドサァ!!
「いっっった……!」
全員止まる。
少女は、
緑髪のリス獣人だった。
短髪。
作業ゴーグル。
葉っぱだらけの作業服。
年齢は、
十代後半くらい。
彼女は、
痛そうに腰を押さえながら立ち上がる。
「初めまして!」
「私はリッカ!」
「空中庭師やってます!」
フィルニアが、
真顔で聞く。
「今そこから生えてきた?」
「違うよ!?」
⸻
リッカは、
そのまま街を案内してくれた。
メルクレアは、
“植物と共に暮らす都市”。
建物の半分が、
植物で出来ている。
壁が蔦。
照明が発光花。
水路浄化も植物。
果ては、
空調まで植物だった。
ユキが、
完全に興味津々で聞く。
「全部お花なの?」
「木も苔も虫も使うよ!」
リッカは、
得意げに笑った。
「この街、
植物無しじゃ回らないんだ!」
その時。
フィルニアが、
巨大果実を持ち上げていた。
「重っ」
人の頭サイズの桃だった。
タマが、
少し引く。
「なんだそのサイズ」
リッカが、
普通に答える。
「空養果実!」
「ネーミング雑だな!?」
フィルニアは、
既に齧っていた。
「甘っ」
「食うの早ぇよ」
⸻
昼頃。
一行は、
中央温室庭園へ来ていた。
そこは、
巨大な花畑だった。
色が凄い。
青。
赤。
金。
白。
しかも。
空中へ浮かぶ花まである。
風に揺れながら、
ゆっくり漂っていた。
ユキが、
完全に見入っている。
「空飛んでる……」
リッカが笑う。
「浮遊花!」
「この街、
全部そのまんまだな」
タマが呆れる。
ミツコは、
花へそっと触れていた。
「柔らかいねぇ」
その横で。
トシオが、
巨大剪定鋏を見ていた。
興味津々。
庭師のおじさんが、
笑いながら聞く。
「兄ちゃん、
力仕事得意そうだな」
「まぁな」
「ちょっと手伝ってかない?」
数分後。
トシオが、
巨大樹の枝を持ち上げていた。
庭師達がざわつく。
「持ち上げた!?」
「人力で!?」
タマが、
遠くで笑っていた。
「馴染みすぎだろ……」
⸻
その頃。
ユキは、
薬花工房へ夢中になっていた。
花から香油を作る店。
透明瓶が、
棚いっぱい並んでいる。
甘い香り。
爽やかな香り。
森みたいな香り。
色んな匂いが混ざっていた。
店番のおばあさんが、
優しく笑う。
「嬢ちゃん、
嗅いでみるかい?」
「いいの!?」
ユキは、
一つ一つ試していた。
その姿を見ながら。
ミーコは、
少し離れて街を眺めている。
平和だった。
戦いも。
侵食も。
銀眼も。
ここには無い。
ただ。
花を育てて。
実を収穫して。
穏やかに暮らしている。
そんな街だった。
⸻
午後。
リッカは、
巨大温室最上層へ案内してくれた。
そこには、
一本の大樹があった。
巨大だった。
幹が、
家みたいに太い。
枝葉が、
空いっぱいへ広がっている。
温室天井を突き抜けるほど大きい。
ユキが、
ぽかんとしている。
「おっきぃ……」
フィルニアが、
思わず言いかける。
「で――」
タマが、
即座に止めた。
「そのセリフ禁止」
「まだ言ってねぇだろ!?」
リッカが、
笑いながら木を見上げる。
「この木、
メルクレアの中心なんだ」
「街が浮いてるのも、
この根の力」
ミツコが、
そっと幹へ触れた。
「生きとる力感じるねぇ」
風が吹く。
葉が揺れる。
柔らかな木漏れ日が、
皆へ降り注いだ。
トシオは、
静かに空を見上げる。
「落ち着くな」
ミーコも、
少しだけ目を細めた。
⸻
夕方。
メルクレア中央市場。
収穫祭が始まっていた。
花灯り。
果実酒。
音楽。
空中演奏会。
街全体が、
柔らかい光で包まれている。
しかも。
皆楽しそうだった。
子供達は走り回り。
庭師達は笑い。
楽団が演奏している。
ラグナ・ベルの賑やかさとは違う。
もっと穏やかな祭りだった。
ユキは、
花冠を付けてもらっていた。
嬉しそう。
ミツコも、
小さな花飾りを髪へ付けている。
トシオは、
屋台のおじさん達と普通に混ざっていた。
完全に馴染んでいる。
フィルニアは、
収穫祭限定串焼きを食べていた。
六本目。
タマが、
呆れ顔で言う。
「食い過ぎだろ」
「祭りだからな」
「便利な言葉だなおい」
リッカは、
腹抱えて笑っていた。
⸻
夜。
巨大温室群が、
淡く光っていた。
発光花。
蛍草。
植物灯。
街全体が、
星みたいに輝いている。
ユキは、
宿の窓からそれを見ていた。
「また来たいなぁ……」
ミツコが、
優しく笑う。
「うん」
「ええ街やねぇ」
フィルニアは、
既に寝ていた。
しかも。
巨大果実抱えてる。
タマが、
ため息を吐く。
「なんで持って寝るんだよ」
「取ったら起きるぞ」
「動物か」
ミーコは、
静かに夜景を見ていた。
空へ浮かぶ温室都市。
柔らかい灯り。
花の香り。
この旅は、
不思議な場所ばかりだ。
でも。
悪くない。
星海横断列車は、
また次の景色へ向かう。
ゆっくりと。




