『朝焼け市場と潮風パン』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
翌朝。
ラグナ・ベルは、
まだ薄青い朝霧の中だった。
水路の水面が、
ゆっくり朝焼けを映している。
昨夜あれだけ賑やかだった街も、
今は少し静かだ。
その代わり。
遠くから、
威勢のいい声が聞こえてくる。
「朝獲れー!!」
「焼きたてパンだよー!!」
「虹果実安いよー!!」
市場だった。
宿の屋上。
フィルニアが、
朝日を浴びながら立ち上がる。
「よし」
「朝メシだ」
タマが、
即座に突っ込む。
「市場だろ目的」
「飯あるだろ?」
「否定出来ねぇ……」
ユキは、
まだ少し眠そうだった。
耳がへにゃっとしている。
ミツコが、
髪を整えてやりながら笑う。
「朝弱いねぇ」
「んぅ……」
ミーコは、
静かに水路を見ていた。
朝のラグナ・ベル。
夜とは、
また違う顔をしている。
夜は祭りの街。
朝は、
生活の街だった。
⸻
市場は、
想像以上に凄かった。
水路一帯が、
完全に埋まっている。
小舟。
屋台。
荷車。
魚を積んだ船。
花を積んだ船。
果実を山盛りにした船。
全部が動いている。
しかも。
人が多い。
朝なのに、
街全体が元気だった。
ルーナが、
橋の上から全力で手を振る。
「こっちこっちー!!」
元気すぎる。
フィルニアも、
負けじと振り返す。
「飯どこだ!!」
「お前ブレねぇな!?」
タマが呆れる。
ルーナは、
ケラケラ笑いながら走り出した。
「今日は朝市限定いっぱいあるんだよ!」
「限定」
フィルニアが止まる。
目の色変わった。
「行くぞ」
「現金だなほんと」
⸻
最初に辿り着いたのは、
焼き立てパンの屋台だった。
香りが凄い。
バター。
小麦。
ほんのり甘い果実の香り。
店主の犬獣人のおじさんが、
笑顔でパンを並べている。
「今焼けたぞー!」
フィルニアが、
一瞬で買った。
早い。
タマが、
呆れながらも受け取る。
「熱っ」
「うまっ!?」
外はサクサク。
中はふわふわ。
しかも。
中に、
虹蜜果実のクリームが入っていた。
ユキが、
完全に幸せそうな顔になる。
「おいしい……」
ミツコも、
優しく笑った。
「ええ香りやねぇ」
その時。
トシオが、
何も言わず追加を買っていた。
大量に。
フィルニアが、
目を輝かせる。
「気が利く!」
「お前用や」
「最高だな!!」
⸻
その後も。
朝市巡りは続いた。
虹魚串。
潮風スープ。
星貝焼き。
どれも、
妙に美味しい。
しかも。
ラグナ・ベルの人達は、
距離が近い。
「旅人さんかい?」
「昨日の祭り見た?」
「また来なよ!」
普通に話しかけてくる。
ユキは、
途中から完全に慣れていた。
猫獣人の子供達と、
一緒に果実ジュース飲んでいる。
ミーコは、
少し離れて見ていた。
だが。
嫌ではなかった。
騒がしい。
でも。
温かい。
その時。
市場中央で、
突然歓声が上がる。
「始まるぞー!!」
ルーナが、
目を輝かせた。
「あ、来た!」
橋の向こうから、
巨大な船が現れる。
木造船。
だが。
荷物がおかしい。
全部パンだった。
山盛り。
フィルニアが、
完全に前のめりになる。
「なんだあれ」
ルーナが、
誇らしげに笑う。
「潮風パン船!」
「朝市名物!」
船上では、
大量のパンが焼かれていた。
しかも。
焼きながら売っている。
意味分からない。
タマが、
苦笑する。
「この街、
食い物への情熱凄ぇな」
フィルニアは、
既に並んでいた。
早い。
⸻
昼前。
市場裏の広場。
一行は、
少し休憩していた。
潮風が気持ちいい。
噴水の周囲では、
楽団が演奏している。
子供達が踊り。
水路には、
小舟が流れていく。
ユキは、
橋の欄干へ頬杖をついていた。
「なんか、
ずっとここ居れそう」
ルーナが、
笑う。
「実際、
移住する人多いよ!」
フィルニアが、
真顔で聞く。
「飯うまいからか?」
「そこだけじゃないよ!?」
ミツコが、
小さく笑った。
「でも、
大事やよねぇ」
「うん!」
ルーナは、
元気よく頷いた。
「この街、
楽しく生きるの大事にしてるから!」
その言葉に。
ミーコが、
少し反応する。
楽しく生きる。
シンプルだった。
でも。
最近、
忘れかけていた気がした。
終わる世界。
侵食。
銀眼。
そんな話ばかり続いていたから。
その時。
トシオが、
静かに水路を見ながら呟く。
「笑っとる街はええな」
ミツコが、
優しく頷いた。
⸻
午後。
ルーナは、
今度は裏路地へ案内していた。
観光客が少ない場所。
洗濯物。
小さな花壇。
猫達が昼寝している。
生活の匂いがする道だった。
その途中。
小さな工房があった。
ガラス工房。
虹色のガラス細工が、
店いっぱいに並んでいる。
ユキが、
完全に釘付けになった。
「きれい……」
職人のおばあさんが、
優しく笑う。
「見るかい?」
工房の奥では、
ガラス細工を作っていた。
熱したガラスが、
ゆっくり色を変えていく。
青。
金。
赤。
まるで、
小さな虹だった。
ミツコが、
静かに見入っている。
「職人さんやねぇ」
トシオも、
腕を組んで見ていた。
職人のおじいさんが、
笑う。
「兄さん、
力仕事向いてそうだな」
「まぁ漁師みたいなもんや」
「なるほど!」
話が早い。
フィルニアは、
何故か吹きガラスをやりたがった。
結果。
爆発した。
ボン!!
「熱ッ!?」
「だから言っただろ!!」
タマが大爆笑している。
工房中が笑い声に包まれた。
⸻
夕方。
市場は、
少しずつ片付けが始まっていた。
朝の喧騒とは違う。
ゆっくりした空気。
売り切れた屋台。
疲れた笑顔。
それでも。
皆どこか楽しそうだった。
ルーナが、
橋の上で伸びをする。
「いやー、
今日も終わったー!」
フィルニアが、
大量の紙袋抱えている。
買いすぎだった。
タマが、
頭を抱える。
「絶対食い切れねぇだろそれ」
「保存食だ」
「どこ旅する気だよ」
ユキは、
小さなガラスランタンを抱えていた。
ミツコが買ってくれたらしい。
嬉しそうだった。
ミーコは、
夕焼けの水路を見ていた。
静かだった。
でも。
寂しくない。
ラグナ・ベルは、
最後まで明るい街だった。
その時。
遠くで、
列車の汽笛が鳴る。
ボォォォ――――……
星海横断列車。
次の旅が始まる音。
ルーナが、
少し寂しそうに笑う。
「もう行っちゃうの?」
フィルニアが、
即答する。
「また来る!」
「軽っ」
タマが突っ込む。
でも。
全員、
少し笑っていた。
橋の上。
夕焼けの水路街。
虹ランタンが、
ゆっくり灯り始める。
旅は続く。
でも。
ラグナ・ベルで過ごした時間は、
ちゃんと残っていた。




