『星喰らい』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
星都アストラから、
光が消えていた。
青白い街灯。
水晶塔。
空中回廊。
全部。
闇へ沈んでいる。
空に浮かぶのは、
無数の銀眼だけ。
巨大だった。
都市より大きい。
星海そのものへ、
眼が開いているみたいだった。
誰も動けない。
本能が理解している。
見てはいけない存在。
触れてはいけない領域。
だが。
その沈黙を破ったのは、
フィルニアだった。
「……気に入らねぇな」
紅槍を肩へ担ぐ。
口角が上がる。
「空見上げて固まる趣味ねぇんだわ」
タマが、
呆れ半分で笑った。
「いつも通り過ぎるだろお前……」
その時だった。
空が裂ける。
ズ ガ ァ ン!!!
星海が割れた。
銀眼の奥から、
巨大な“腕”が出現する。
黒い。
だが。
輪郭が安定していない。
煙みたいに揺れ続けている。
その指先が、
ゆっくり都市へ伸びた。
瞬間。
触れた空中橋が消える。
壊れたんじゃない。
存在そのものが消失した。
橋を歩いていた星晶族達も、
音も無く消える。
悲鳴すら残らない。
ユキが、
小さく息を呑む。
「……いない」
ミーコのオッドアイが、
銀眼を睨む。
「削ってる」
「世界ごと」
その瞬間。
星見の王が、
静かに前へ出た。
黒法衣が揺れる。
銀眼が開く。
次の瞬間。
都市全域へ、
巨大な光陣が展開した。
無数の星紋。
幾重もの結界。
王が、
低く呟く。
「アストラ全域封鎖」
ドォォォォォン!!!
結界が、
巨大腕を弾き返す。
衝撃で、
都市全体が揺れた。
フィルニアが、
ニヤリと笑う。
「やるじゃねぇか王様」
だが。
王の顔色は悪かった。
銀眼から、
血が流れている。
セレスが、
焦った声を上げる。
「王!」
「まだだ」
王は、
空を見上げたまま言う。
「本体は、
まだ降りていない」
その瞬間。
銀眼達が、
一斉に開く。
ギョロリ。
全部。
都市を見ている。
同時に。
星海全体が蠢いた。
巨大な黒い影が、
ゆっくり姿を現す。
誰も、
全体像を把握出来ない。
大きすぎる。
ただ。
“眼”だけが分かる。
無数。
空全体へ浮かんでいる。
フィルニアが、
紅槍を握り直した。
「はっ」
「デカいだけなら、
龍の方が上だったな」
次の瞬間。
跳躍。
空中回廊が砕ける。
ドゴォォォン!!!
紅槍が、
星海を裂きながら突き出された。
爆炎。
超高熱。
一直線。
銀眼の一つへ直撃する。
だが。
効かない。
爆炎が、
眼へ吸い込まれた。
フィルニアの笑みが消える。
「……は?」
その瞬間。
銀眼が瞬く。
次の瞬間。
フィルニアの左腕が、
突然消えた。
音も無く。
肩から先が、
存在ごと削れていた。
全員が止まる。
フィルニア本人ですら、
一瞬理解出来なかった。
だが。
次の瞬間。
血が噴き出す。
タマが叫ぶ。
「フィル!!」
だが。
フィルニアは笑った。
痛みで顔を歪めながら。
「上等……!」
その時。
ミツコが、
静かに前へ出る。
両手を重ねる。
柔らかな光。
命紡ぎ。
白い光が、
フィルニアの傷口を包み込む。
すると。
消えた腕が、
ゆっくり再生し始めた。
星晶族達が、
息を呑む。
セレスも、
目を見開いている。
「存在消失を……戻した……?」
ミツコは、
汗を流しながら笑う。
「完全には、
消えとらんかったからねぇ」
だが。
負担が大きい。
顔色が悪い。
トシオが、
静かに前へ出た。
「無茶すんな」
ミツコは頷く。
その瞬間。
巨大影が動く。
空そのものが、
落ちて来たみたいだった。
都市全域へ、
黒い波が広がる。
触れた建物が消える。
水晶塔。
橋。
街灯。
全部。
音も無く消失していく。
星晶族達が逃げ惑う。
だが。
遅い。
観測外領域が、
都市を呑み込み始めていた。
ミーコが叫ぶ。
「核探して!」
「こいつ、
世界そのものじゃない!」
タマが、
双剣を抜く。
「どこだ!?」
その時。
星見の王が、
銀眼を見開く。
空間が震える。
そして。
巨大影の中心。
そこだけ、
僅かに脈動していた。
王が、
血を吐きながら叫ぶ。
「右眼!」
次の瞬間。
トシオが動く。
踏み込み。
空中回廊が沈む。
ドゴン!!!
超重量級の肉体が、
真正面から空へ跳んだ。
速い。
巨体とは思えない。
黒作務衣が、
夜空を裂く。
巨大影の中心。
銀眼へ一直線。
同時に。
タマが左右へ散る。
フィルニアが、
爆炎を噴き上げる。
ミーコが、
短剣を構えた。
三方向。
同時突撃。
銀眼が、
ゆっくり開く。
その瞬間。
タマの身体が、
半透明になった。
「チッ……!」
存在削り。
だが。
タマは止まらない。
双剣を、
銀眼へ突き立てる。
ギィィィィィン!!!
金属じゃない。
空間を裂く音。
フィルニアの紅槍が、
真正面から爆発した。
ドォォォォォォン!!!
銀眼が、
初めて歪む。
その瞬間。
トシオの拳が到達した。
真正面。
迷い無し。
叩き込む。
ゴ ァ ァ ァ ッ!!!!!!
空が割れた。
都市全体が揺れる。
銀眼へ、
巨大な亀裂が走る。
すると。
観測外領域全体が、
初めて悲鳴を上げた。
声じゃない。
世界そのものが、
軋む音。
ミーコが叫ぶ。
「今!」
星見の王が、
最後の力を解放する。
銀眼が、
極限まで開く。
無数の星図が展開。
巨大結界が、
観測外領域を固定した。
その瞬間。
ミツコの命紡ぎが、
都市全域へ広がる。
消えかけた橋。
崩れた建物。
消失しかけた星晶族。
全部へ、
白い光が繋がっていく。
観測外領域が、
初めて後退した。
嫌がるように。
逃げるみたいに。
フィルニアが笑う。
「逃がすかよォ!!」
紅槍投擲。
爆炎の槍が、
銀眼を貫いた。
次の瞬間。
空の銀眼達が、
一斉に砕け散る。
星海へ、
銀の破片が降り注いだ。
巨大影が、
ゆっくり崩れていく。
空間の裂け目へ、
引き摺られるように。
そして。
最後に。
巨大な銀眼だけが、
静かにこちらを見た。
感情は無い。
ただ。
“覚えた”。
そんな気配だけ残して。
観測外領域は、
星海の奥へ消えていった。
静寂。
誰も動けない。
やがて。
星都アストラへ、
少しずつ灯りが戻る。
青い星灯石。
揺れる水晶灯。
消えたはずの街へ、
再び光が灯っていく。
ユキが、
ぽつりと呟く。
「……勝った?」
だが。
星見の王だけは、
静かに空を見ていた。
そして。
低く呟く。
「違う」
銀眼から、
血が流れる。
「今回は、
見逃されたんだ」
その言葉だけが。
静まり返った星都アストラへ、
重く残った。




