『閉じる世界』
静寂『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
静寂だった。
星見の王が座る玉座の間は、
音そのものが薄い。
呼吸。
衣擦れ。
灯火の揺れ。
全部が遠い。
まるで。
空間そのものが、
現実から半歩ズレているみたいだった。
巨大な観測窓の向こうには、
星海が広がっている。
無数の世界。
無数の光。
その中央で。
王だけが、
静かにこちらを見ていた。
銀色の瞳。
底が見えない。
フィルニアが、
露骨に顔をしかめる。
「圧すげぇな……」
タマも、
自然と肩へ力が入っていた。
この男。
強いとか、
そういう感覚じゃない。
もっと別。
“世界側の存在”に近い。
ミーコが、
静かに聞く。
「閉じるって、
どういう意味?」
星見の王は、
しばらく答えなかった。
やがて。
観測窓の向こうを見ながら、
低い声で言う。
「星には寿命がある」
「世界も同じだ」
その瞬間。
巨大な星図が、
空中へ浮かび上がる。
無数の光点。
だが。
いくつかは、
既に黒ずんでいた。
王が、
指先で一つを示す。
すると。
その世界が映像化される。
海。
山。
街。
笑っている人々。
普通の世界だった。
だが。
空が揺らぐ。
景色がぼやける。
人々が、
突然立ち止まる。
次の瞬間。
街そのものが、
砂みたいに崩れ始めた。
誰も叫ばない。
崩れている事すら、
理解出来ていない。
そして。
世界が消えた。
音も無く。
フィルニアが、
珍しく笑わなかった。
「……なんだよ今の」
「観測終了だ」
王の声は静かだった。
「侵食は、
破壊だ」
「だが、
観測外領域は違う」
「存在定義そのものを消す」
ユキが、
小さく震える。
「存在……定義?」
セレスが、
静かに補足する。
「例えば、
“人”という概念が消えれば」
「人族そのものが、
最初から存在しなかった事になります」
タマが、
顔を引きつらせる。
「いや、
意味わかんねぇ……」
「理解出来なくていい」
王が言った。
「本来、
世界内生命が触れてはいけない領域だ」
その時。
ミーコが、
銀眼を見つめる。
「あなた、
見えてるの?」
王は頷いた。
「常に」
その瞬間。
彼の銀眼へ、
無数の星が映り込む。
そして。
一瞬だけ。
ミーコは見てしまった。
星海の外側。
巨大な暗闇。
そこに。
無数の銀眼が浮かんでいる。
ぞわりと、
全身へ寒気が走る。
ミーコの猫耳が、
ぴたりと伏せられた。
王が、
静かに目を閉じる。
映像が消えた。
「見すぎるな」
「精神が持たん」
ミツコが、
静かに聞く。
「王さんは、
ずっと見続けとるん?」
王は、
少しだけ笑った。
疲れた笑みだった。
「もう千年以上になる」
全員が黙る。
千年。
どれだけの終わりを、
見続けてきたのか。
その時。
トシオが、
ぽつりと言った。
「休めんのか」
セレスが、
わずかに目を伏せる。
王は、
静かに窓の外を見る。
「休めば、
観測が止まる」
「観測が止まれば、
アストラも終わる」
その声には。
諦めが混ざっていた。
⸻
玉座の間を出た後。
セレスは、
塔上層へ案内した。
そこは、
観測区画だった。
巨大な水晶球。
浮遊する星図。
無数の記録端末。
星晶族達が、
静かに作業している。
誰も大声を出さない。
緊張が、
空気へ染み付いていた。
ユキが、
小さく聞く。
「みんな、
寝てないの?」
セレスは、
少し困ったように笑う。
「最近は、
ほとんど」
「観測不能領域の拡大が、
急激なんです」
その時。
一人の観測士が、
慌てて駆け寄って来る。
「第一観測官!」
「第七層星域、
反応減衰しています!」
セレスの表情が変わる。
即座に、
巨大水晶球へ手を触れる。
星図が展開。
その一角だけ、
光が不安定だった。
点滅している。
消えそうだ。
ミーコが、
静かに呟く。
「近い……」
セレスは、
唇を噛む。
「もう中心域まで来てる……」
タマが、
水晶球を見ながら聞く。
「助けられねぇの?」
沈黙。
観測士達の手が止まる。
やがて。
セレスが、
静かに首を振った。
「行けません」
「観測外領域へ入った瞬間、
存在情報が削られます」
「帰還例はありません」
フィルニアが、
腕を組む。
「じゃあ見てるだけか」
責めた声ではない。
だが。
セレスは、
苦しそうだった。
「……はい」
その時だった。
水晶球の中で。
一つの光点が、
ふっと消える。
静寂。
誰も喋らない。
観測士達が、
黙って頭を下げた。
まるで。
葬式だった。
ユキが、
ミツコの袖を掴く。
「……嫌だ」
ミツコは、
静かに頭を撫でた。
「怖いねぇ」
その時。
トシオが、
窓の外を見ていた。
星海。
その奥。
何かが動いている。
巨大だった。
輪郭すら分からない。
だが。
近付いている。
低く言う。
「来とるな」
ミーコも、
すぐ気付いた。
「……速い」
その瞬間。
塔全体へ、
警鐘が鳴り響く。
ガァァァン!!
今までの鐘と違う。
鋭い。
緊急音だった。
観測士達が、
一斉に動き出す。
セレスが、
即座に指示を飛ばす。
「全観測層封鎖!」
「外周結界起動!」
空気が変わる。
フィルニアが、
逆に笑った。
「なんか始まるな」
「バトル禁止」
タマが即座に突っ込む。
「誰に言ってんだよ」
その時。
塔の外側へ、
巨大な影が現れた。
星海より黒い。
空間が歪む。
そして。
無数の銀眼が、
ゆっくり開く。
都市全体が、
静まり返った。
誰も叫ばない。
叫べなかった。
本能で理解した。
“見られた”。
その瞬間。
街の灯火が、
一斉に消える。
星都アストラから、
光が消えた。
完全な暗闇。
その中で。
銀眼だけが、
空に浮かんでいる。
ユキが、
小さく震える。
「……あれ、
何」
星見の王が、
いつの間にか後ろへ立っていた。
静かに空を見上げながら、
低く呟く。
「観測者だ」
そして。
続ける。
「世界の終わりを、
確認しに来た」だった。
星見の王が座る玉座の間は、
音そのものが薄い。
呼吸。
衣擦れ。
灯火の揺れ。
全部が遠い。
まるで。
空間そのものが、
現実から半歩ズレているみたいだった。
巨大な観測窓の向こうには、
星海が広がっている。
無数の世界。
無数の光。
その中央で。
王だけが、
静かにこちらを見ていた。
銀色の瞳。
底が見えない。
フィルニアが、
露骨に顔をしかめる。
「圧すげぇな……」
タマも、
自然と肩へ力が入っていた。
この男。
強いとか、
そういう感覚じゃない。
もっと別。
“世界側の存在”に近い。
ミーコが、
静かに聞く。
「閉じるって、
どういう意味?」
星見の王は、
しばらく答えなかった。
やがて。
観測窓の向こうを見ながら、
低い声で言う。
「星には寿命がある」
「世界も同じだ」
その瞬間。
巨大な星図が、
空中へ浮かび上がる。
無数の光点。
だが。
いくつかは、
既に黒ずんでいた。
王が、
指先で一つを示す。
すると。
その世界が映像化される。
海。
山。
街。
笑っている人々。
普通の世界だった。
だが。
空が揺らぐ。
景色がぼやける。
人々が、
突然立ち止まる。
次の瞬間。
街そのものが、
砂みたいに崩れ始めた。
誰も叫ばない。
崩れている事すら、
理解出来ていない。
そして。
世界が消えた。
音も無く。
フィルニアが、
珍しく笑わなかった。
「……なんだよ今の」
「観測終了だ」
王の声は静かだった。
「侵食は、
破壊だ」
「だが、
観測外領域は違う」
「存在定義そのものを消す」
ユキが、
小さく震える。
「存在……定義?」
セレスが、
静かに補足する。
「例えば、
“人”という概念が消えれば」
「人族そのものが、
最初から存在しなかった事になります」
タマが、
顔を引きつらせる。
「いや、
意味わかんねぇ……」
「理解出来なくていい」
王が言った。
「本来、
世界内生命が触れてはいけない領域だ」
その時。
ミーコが、
銀眼を見つめる。
「あなた、
見えてるの?」
王は頷いた。
「常に」
その瞬間。
彼の銀眼へ、
無数の星が映り込む。
そして。
一瞬だけ。
ミーコは見てしまった。
星海の外側。
巨大な暗闇。
そこに。
無数の銀眼が浮かんでいる。
ぞわりと、
全身へ寒気が走る。
ミーコの猫耳が、
ぴたりと伏せられた。
王が、
静かに目を閉じる。
映像が消えた。
「見すぎるな」
「精神が持たん」
ミツコが、
静かに聞く。
「王さんは、
ずっと見続けとるん?」
王は、
少しだけ笑った。
疲れた笑みだった。
「もう千年以上になる」
全員が黙る。
千年。
どれだけの終わりを、
見続けてきたのか。
その時。
トシオが、
ぽつりと言った。
「休めんのか」
セレスが、
わずかに目を伏せる。
王は、
静かに窓の外を見る。
「休めば、
観測が止まる」
「観測が止まれば、
アストラも終わる」
その声には。
諦めが混ざっていた。
⸻
玉座の間を出た後。
セレスは、
塔上層へ案内した。
そこは、
観測区画だった。
巨大な水晶球。
浮遊する星図。
無数の記録端末。
星晶族達が、
静かに作業している。
誰も大声を出さない。
緊張が、
空気へ染み付いていた。
ユキが、
小さく聞く。
「みんな、
寝てないの?」
セレスは、
少し困ったように笑う。
「最近は、
ほとんど」
「観測不能領域の拡大が、
急激なんです」
その時。
一人の観測士が、
慌てて駆け寄って来る。
「第一観測官!」
「第七層星域、
反応減衰しています!」
セレスの表情が変わる。
即座に、
巨大水晶球へ手を触れる。
星図が展開。
その一角だけ、
光が不安定だった。
点滅している。
消えそうだ。
ミーコが、
静かに呟く。
「近い……」
セレスは、
唇を噛む。
「もう中心域まで来てる……」
タマが、
水晶球を見ながら聞く。
「助けられねぇの?」
沈黙。
観測士達の手が止まる。
やがて。
セレスが、
静かに首を振った。
「行けません」
「観測外領域へ入った瞬間、
存在情報が削られます」
「帰還例はありません」
フィルニアが、
腕を組む。
「じゃあ見てるだけか」
責めた声ではない。
だが。
セレスは、
苦しそうだった。
「……はい」
その時だった。
水晶球の中で。
一つの光点が、
ふっと消える。
静寂。
誰も喋らない。
観測士達が、
黙って頭を下げた。
まるで。
葬式だった。
ユキが、
ミツコの袖を掴く。
「……嫌だ」
ミツコは、
静かに頭を撫でた。
「怖いねぇ」
その時。
トシオが、
窓の外を見ていた。
星海。
その奥。
何かが動いている。
巨大だった。
輪郭すら分からない。
だが。
近付いている。
低く言う。
「来とるな」
ミーコも、
すぐ気付いた。
「……速い」
その瞬間。
塔全体へ、
警鐘が鳴り響く。
ガァァァン!!
今までの鐘と違う。
鋭い。
緊急音だった。
観測士達が、
一斉に動き出す。
セレスが、
即座に指示を飛ばす。
「全観測層封鎖!」
「外周結界起動!」
空気が変わる。
フィルニアが、
逆に笑った。
「なんか始まるな」
「バトル禁止」
タマが即座に突っ込む。
「誰に言ってんだよ」
その時。
塔の外側へ、
巨大な影が現れた。
星海より黒い。
空間が歪む。
そして。
無数の銀眼が、
ゆっくり開く。
都市全体が、
静まり返った。
誰も叫ばない。
叫べなかった。
本能で理解した。
“見られた”。
その瞬間。
街の灯火が、
一斉に消える。
星都アストラから、
光が消えた。
完全な暗闇。
その中で。
銀眼だけが、
空に浮かんでいる。
ユキが、
小さく震える。
「……あれ、
何」
星見の王が、
いつの間にか後ろへ立っていた。
静かに空を見上げながら、
低く呟く。
「観測者だ」
そして。
続ける。
「世界の終わりを、
確認しに来た」




