『星都アストラ』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
星海横断列車が、
ゆっくり減速していく。
ガタン……
ガタン……
窓の外へ、
巨大な都市が広がっていた。
星都アストラ。
空へ浮かぶ、
観測都市。
無数の水晶塔が、
夜空の星を反射している。
空中回廊。
幾重にも重なる橋。
蒼白い灯火。
都市中央には、
一本の巨大塔がそびえていた。
まるで。
天を縫い止める杭みたいだった。
フィルニアが、
窓の外を見ながら呟く。
「……なんだこの街」
珍しく、
軽口が出なかった。
タマも、
思わず息を漏らす。
「城とかそういう規模じゃねぇな」
ユキは、
窓へ顔を寄せていた。
「空に浮いてる……」
ミーコだけが、
中央塔を見ている。
塔の先端。
そこだけ、
妙に暗かった。
光が届いていない。
いや。
“星に見放されている”
みたいな違和感だった。
列車が、
透明なホームへ滑り込む。
駅そのものも異様だった。
床には、
巨大な星図。
青白い結晶灯。
壁面へ刻まれた、
古代文字。
静かすぎる。
都市の規模に対して、
音が少なかった。
扉が開く。
冷たい風が流れ込む。
少し甘い香り。
花だった。
ホーム脇へ並ぶ鉢植えには、
夜光花が咲いている。
青白く、
淡く発光していた。
ユキが、
小さく目を輝かせる。
「綺麗……」
その時。
ホーム奥から、
数人の人物が歩いて来た。
全員、
白い長衣。
胸元へ、
青結晶の装飾を付けている。
先頭に居たのは、
銀髪の女性だった。
細身。
長い耳。
額の両脇から、
淡い水晶角が伸びている。
人族ではない。
星晶族。
星結晶と共生する、
アストラ特有の種族だった。
左右で色の違う瞳。
片方は蒼。
片方は金。
その瞳が、
静かにこちらを見る。
彼女は、
優雅に一礼した。
「ようこそ、
星都アストラへ」
声は穏やかだった。
だが。
どこか疲れている。
長い間、
眠っていないみたいな目をしていた。
フィルニアが、
じろじろ見る。
「お前、
この街で偉い奴か?」
周囲の空気が止まる。
後ろの管理局員達が、
露骨に固まった。
だが。
銀髪の女性は、
ふっと笑う。
「一応、
管理者の一人です」
タマが、
小声で呟く。
「お前ほんと遠慮ねぇな……」
「聞いただけだろ」
ミツコが、
苦笑する。
女性は、
改めて名乗った。
「私はセレス」
「アストラ中央観測局、
第一観測官です」
その瞬間。
ミーコの猫耳が、
わずかに動く。
観測。
その言葉に、
反応していた。
ミーコが聞く。
「何を観測してるの」
セレスは、
少しだけ空を見上げた。
「世界です」
短い答え。
だが。
重かった。
次の瞬間。
ホーム上空へ、
巨大な光板が浮かび上がる。
無数の光点。
星図だった。
だが。
ただの星ではない。
それぞれが、
ゆっくり脈打っている。
ユキが、
目を丸くする。
「生きてるみたい……」
セレスは頷く。
「世界そのものです」
「ここでは、
複数世界の動きを記録しています」
フィルニアが、
露骨に嫌そうな顔になる。
「また規模デカい話始まったな……」
タマも頭を掻いた。
「つまり、
この街って全部見てんの?」
「全部ではありません」
セレスの表情が、
少し曇る。
「見えなくなった世界もあります」
その瞬間。
空中の光点が、
いくつか消えた。
ふっと。
何の前触れもなく。
ユキが息を呑む。
「消えた……」
「侵食です」
駅の空気が冷える。
セレスは、
感情を押し殺した声で続ける。
「最初は辺境世界だけでした」
「ですが今は、
中心領域へ近付いています」
ミーコが、
静かに目を細める。
「銀眼は?」
その瞬間。
セレスの瞳が止まる。
周囲の管理局員達も、
緊張した。
セレスが、
ゆっくり聞き返す。
「……見たんですか」
トシオが、
低く答える。
「見られた」
沈黙。
セレスは、
しばらく何も言わなかった。
やがて。
静かな声で呟く。
「なら、
時間がありませんね」
フィルニアが、
眉を寄せる。
「何の?」
セレスは、
中央塔を見上げた。
「閉じる前に」
その意味を、
誰も聞き返せなかった。
⸻
星都アストラの街並みは、
異様なほど整っていた。
空中橋。
水晶建築。
光る噴水。
どこを見ても美しい。
なのに。
妙な静けさがある。
人は多い。
だが。
誰も騒がない。
笑い声すら少ない。
まるで。
街全体が、
“音を恐れている”みたいだった。
タマが、
橋の下を見て顔を引きつらせる。
「落ちたら絶対死ぬなこれ」
フィルニアは、
逆に楽しそうだった。
「飛べばいいだろ」
「お前基準やめろ」
ミツコは、
街灯を見上げていた。
青い灯火。
炎じゃない。
結晶の中で、
光だけが揺れている。
セレスが説明する。
「星灯石です」
「アストラの動力源でもあります」
ユキが、
嬉しそうに覗き込む。
「暖かい……」
その時だった。
広場中央。
巨大な水晶塔の前で、
人だかりが出来ていた。
ざわめき。
だが。
妙だった。
誰も大声を出していない。
押し殺した声だけが、
広場へ広がっている。
セレスの顔が、
少し険しくなる。
「……またですか」
全員が広場へ向かう。
そこには。
巨大な水晶板が立っていた。
表面へ、
無数の名前が映っている。
そして。
ゆっくり。
光が消えていた。
一つ。
また一つ。
名前が、
静かに消滅していく。
ユキが、
小さく聞く。
「これ……何?」
セレスは、
しばらく答えなかった。
やがて。
静かな声で言う。
「観測喪失者名簿です」
「消えた世界の、
最後の記録」
空気が止まる。
フィルニアも、
流石に黙った。
名前の数が、
多すぎる。
数百じゃない。
数万。
もっとだ。
その時。
一人の少年が、
水晶板へ駆け寄った。
狐獣人の少年だった。
必死な顔で、
名前を探している。
だが。
見つけた瞬間。
光が消えた。
少年は、
その場へ崩れ落ちる。
誰も慰めない。
慰め方を、
忘れてしまったみたいだった。
ミツコが、
静かに近付く。
しゃがみ込み。
そっと頭を撫でた。
少年の肩が震える。
ようやく。
小さな泣き声が漏れた。
セレスが、
目を伏せる。
「この街は、
終わりを観測する街です」
「だから皆、
泣き方を失いました」
風が吹く。
空中橋の灯りが、
静かに揺れた。
その瞬間。
ミーコが、
中央塔を見上げる。
最上階。
そこだけ、
星が避けている。
何か居る。
遠い。
だが。
視線だけ感じた。
冷たい。
感情の無い視線。
ミーコの猫耳が、
わずかに伏せられる。
セレスが気付く。
「感じますか」
ミーコは頷く。
「……誰?」
セレスは、
少し迷った。
そして。
静かに答える。
「星見の王です」
タマが、
嫌そうな顔になる。
「また面倒そうなの出てきたな……」
セレスは、
否定しなかった。
その代わり。
中央塔を見上げながら、
小さく呟く。
「あの方も、
もう長くありません」
その瞬間。
塔の最上階で、
銀色の光が瞬いた。
ほんの一瞬。
巨大な瞳みたいな光。
ミーコが、
反射的に目を細める。
そして。
空気が変わる。
街の人々が、
一斉に空を見上げた。
静寂。
次の瞬間。
都市全域へ、
鐘の音が響く。
ゴォォォォン――……
低く。
重い音。
セレスの顔色が変わる。
「……早い」
フィルニアが聞く。
「何がだ?」
セレスは、
空を見上げたまま答える。
「観測外領域が、
こちらへ近付いています」
その言葉の意味を。
まだ誰も、
理解していなかった。




