『星海横断列車』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
境界駅リュミエラが消えた後も。
列車は、
静かに走り続けていた。
黒鉄の車輪が、
透明な線路を滑っていく。
窓の外に広がるのは、
空ではない。
星だった。
遥か下にも。
遥か上にも。
無数の星々が流れている。
まるで。
夜空の海を、
列車ごと漂っているみたいだった。
フィルニアが、
窓へ顔を近付ける。
「何回見ても、
意味わかんねぇ景色だな……」
タマも、
珍しく静かだった。
頬杖をつきながら、
外を眺めている。
「落ちたら、
どこ行くんだろな」
「死ぬんじゃない?」
「夢の無ぇ事言うなよ」
ミツコが、
小さく笑った。
車内は古かった。
木製の椅子。
真鍮の照明。
古い時計。
境界駅で見た侵食の痕跡は、
もう残っていない。
まるで。
最初から、
普通の列車だったみたいに。
ユキだけが、
ずっと窓を見ていた。
ミーコが、
静かに隣へ座る。
「気になる?」
ユキは、
少し迷ってから頷いた。
「……あの駅長さん」
少女駅長。
最後まで、
崩れる駅へ残っていた少女。
ユキが、
小さく呟く。
「ずっと、
一人だったのかな」
その時。
車内アナウンスが流れた。
『次ノ停車駅マデ、
長時間トナリマス』
ノイズ混じりの女声。
だが。
今度は、
不気味さが無い。
穏やかな声だった。
フィルニアが、
椅子へ深く座る。
「長時間って、
どんくらいだ?」
その瞬間。
車掌らしき影が、
通路を横切った。
黒い制服。
帽子。
顔は見えない。
だが。
今回は、
普通だった。
静かに会釈すると、
そのまま別車両へ消えていく。
タマが、
ぽつりと言う。
「……戻ったんだな」
境界駅で見た、
あの異形の気配はもう無い。
列車は、
本来の姿へ戻った。
ミツコが、
そっと窓を見る。
「ちゃんと、
終われたんやねぇ」
その時だった。
ガタン――
小さく揺れる。
全員が止まる。
だが。
線路は真っ直ぐだ。
障害物も無い。
なのに。
妙な感覚だけが残る。
トシオが、
低く呟く。
「……何か通ったな」
ミーコが、
窓の外を見る。
星の海。
その奥。
何か巨大な影が、
一瞬だけ動いた。
魚みたいだった。
いや。
鯨。
星空を泳ぐ、
巨大な鯨。
ユキが、
目を見開く。
「わぁ……」
次の瞬間。
列車の横を、
巨大な光が通り過ぎる。
青白い。
透き通った身体。
星を纏った、
空鯨だった。
フィルニアが、
思わず立ち上がる。
「デッッッカ!?」
鯨は、
列車と並ぶように泳いでいる。
尾びれが揺れるたび。
星屑みたいな光が散った。
タマが、
窓へ張り付く。
「なんだこれ……」
ミツコも、
柔らかく目を細める。
「綺麗やねぇ」
さらに。
もう一頭。
その後ろから、
小さな子鯨も現れる。
親子だった。
星海を泳ぎながら、
列車の周囲を回っている。
ユキが、
小さく笑った。
久しぶりだった。
怯えていない顔。
ミーコも、
静かにそれを見る。
その時。
車掌が、
再び通路へ現れた。
今度は、
ティーセットを持っている。
無言のまま。
全員へ紅茶を置いていった。
フィルニアが、
怪訝そうな顔をする。
「飲めんのかこれ」
タマが、
先に匂いを嗅ぐ。
「……普通に紅茶だな」
ミツコが一口飲む。
「あら、
美味しい」
その瞬間。
フィルニアも飲んだ。
「うまっ」
「警戒心ゼロかお前」
「だって美味ぇし」
トシオが、
静かに紅茶を口へ運ぶ。
少しだけ。
懐かしそうな顔をした。
ミツコが気付く。
「思い出した?」
トシオは、
窓の外を見ながら頷く。
「昔、
港町で飲んだ味に似とる」
若い頃。
遠い港。
荒れた海。
仲間達と囲んだ、
夜の酒場。
ほんの少しだけ。
昔を思い出していた。
その時だった。
列車の速度が、
ゆっくり落ち始める。
ガタン……
ガタン……
フィルニアが、
窓の外を見る。
「……駅?」
星空の中へ。
小さな灯りが見えた。
最初は、
一つだけ。
だが。
近付くにつれ、
数が増えていく。
家。
橋。
塔。
街だった。
星空の海へ浮かぶ、
巨大な街。
水晶みたいな建物が、
青く光っている。
無数の橋が、
宙へ伸びていた。
中央には。
天へ届くほど巨大な塔。
ミーコが、
静かに目を細める。
「……古代都市」
女性駅員が居たなら、
知っていたかもしれない。
だが。
今は誰も居ない。
車内アナウンスだけが、
静かに響く。
『間モナク、
星都アストラ着』
タマが、
思わず笑う。
「いや、
次の目的地出るの早くね?」
フィルニアも、
槍を担ぎ直した。
「面白そうな街じゃねぇか」
だが。
ミーコだけは、
塔を見ていた。
一番高い場所。
塔の先端。
そこに。
何かが居る。
遠すぎて見えない。
だが。
視線だけ感じた。
こちらを見ている。
ミーコの猫耳が、
わずかに伏せられる。
その時。
トシオが、
静かに立ち上がった。
「着くぞ」
列車が、
ゆっくりホームへ入っていく。
星海横断列車は。
新たな街、
『星都アストラ』へ辿り着こうとしていた。




