『終着の鐘』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
踏み込み。
砕けたホームを、
トシオの巨体が一直線に駆け抜ける。
ドゴン――!!
一歩ごとに、
空中ホームが沈む。
崩落寸前の床板が跳ね上がり、
黒い破片が星空へ散った。
巨大口が開く。
無数の歯。
奥で脈打つ紫眼。
まるで。
世界そのものが、
こちらを喰おうとしているみたいだった。
だが。
トシオは止まらない。
右拳。
握り込み。
真正面。
迷い無し。
そして。
叩き込んだ。
ドゴォォォォォン!!!!!!
轟音。
紫眼の周囲が、
大きく歪む。
巨大口が、
初めて苦鳴みたいな震動を漏らした。
同時に。
零番線の列車が暴れる。
車体が波打ち、
窓の紫眼が一斉に開いた。
ギョロリ。
全部。
トシオを見ている。
フィルニアが笑った。
「効いてんじゃねぇか!!」
紅槍を回転。
爆炎。
ドォォォォォン!!!
線路ごと、
列車側面を吹き飛ばす。
だが。
黒鉄の車体が、
肉みたいに再生する。
ベチャ……
裂けた箇所から、
新しい眼球が生えた。
タマが舌打ちする。
「気持ち悪ぃな!!」
双剣を逆手へ持ち替える。
高速突撃。
ギギギギギギッ!!!
車輪部分を連続切断。
だが。
違和感。
タマの耳が動く。
「……空?」
次の瞬間。
列車の下に、
影が無い事へ気付く。
浮いていた。
線路へ接していない。
ミーコが叫ぶ。
「実体が薄い!」
「駅と繋がってる!」
つまり。
列車だけ壊しても意味が無い。
根は別にある。
その瞬間。
巨大口の奥から、
低い歌声が響いた。
女の声だった。
知らない言葉。
だが。
どこか懐かしい。
ミツコが、
ゆっくり顔を上げる。
「子守唄……?」
ユキが、
小さく震えた。
「眠らせようとしてる」
その時だった。
顔の無い乗客達が、
一斉に倒れ込む。
糸が切れたみたいに。
動かない。
黒も消えていく。
代わりに。
薄い光が、
身体から空へ昇り始めた。
女性駅員が、
目を見開く。
「……還ってる」
侵食が剥がれている。
巨大口が、
苦しむように蠢いた。
紫眼の周囲へ、
亀裂が広がる。
ミーコが気付く。
「歌だ」
「あの怪物、
歌で魂を縛ってたんだ」
だが。
今。
逆に解放が始まっている。
トシオが、
巨大口を見上げる。
低く言った。
「寂しかったんやろ」
瞬間。
巨大口が止まる。
フィルニアが振り返る。
「は?」
トシオは、
静かだった。
「ずっと、
誰かを待っとった顔や」
空気が変わる。
その時。
零番線の先。
暗闇の奥へ、
人影が現れた。
小柄な少女。
白いワンピース。
裸足。
長い銀髪。
その姿を見た瞬間。
女性駅員が、
息を呑んだ。
「駅長……」
少女は、
ゆっくり歩いて来る。
周囲の侵食が、
近付くだけで崩れていく。
まるで。
存在そのものが違った。
フィルニアが、
珍しく警戒を強める。
「……強ぇ」
少女は、
巨大口を見上げた。
悲しそうだった。
「まだ、
帰れなかったんだね」
その瞬間。
巨大口の奥から、
大量の腕が伸びる。
だが。
攻撃じゃない。
縋るみたいだった。
少女は、
静かに目を閉じる。
「もう終わろう」
歌声が響く。
今度は優しかった。
星空が揺れる。
空中線路が、
淡く光り始める。
すると。
列車の黒鉄が、
少しずつ崩れていった。
黒が剥がれる。
中から現れたのは。
普通の古い列車だった。
窓の眼も消える。
侵食が、
剥がされている。
タマが、
目を見開く。
「元に戻ってる……?」
その時。
巨大口の中央。
紫眼が、
ゆっくり閉じた。
同時に。
大量の記憶みたいな光景が、
空へ流れ始める。
笑う親子。
旅人。
駅員。
別れ。
再会。
出発。
到着。
境界駅は。
ずっと。
魂を送り届ける場所だった。
だが。
侵食によって、
“終われない駅”へ変わってしまった。
帰れない魂が増え。
寂しさが積もり。
やがて。
駅そのものが、
怪物へ変わっていった。
ミツコが、
静かに呟く。
「頑張りすぎたんやねぇ」
少女駅長が、
小さく笑う。
「……はい」
初めてだった。
彼女が感情を見せたのは。
その瞬間。
巨大口が、
ゆっくり崩れ始める。
黒い粒子になって。
星空へ溶けていく。
だが。
終わっていなかった。
零番線の奥。
暗闇のさらに向こう。
そこへ。
巨大な“眼”が開いた。
銀色だった。
全員が止まる。
空間より巨大。
夜空そのものに浮かぶ眼。
冷たい。
感情が無い。
ただ。
こちらを観測している。
ミーコの猫耳が伏せられる。
「……また」
フィルニアも、
流石に笑わなかった。
「デカすぎんだろ」
銀眼は、
境界駅を見ていた。
正確には。
消え始めた侵食を。
その瞬間。
空が軋む。
星空へ、
無数の亀裂が走った。
女性駅員が青ざめる。
「まずい……!」
「見つかった……!」
タマが叫ぶ。
「何に!?」
返答より先に。
銀眼の奥で、
巨大な影が動いた。
腕。
いや。
指だった。
空より大きい。
ゆっくり。
こちらへ伸びてくる。
空間が耐え切れず、
割れていく。
ミーコが、
低く言う。
「観測者……」
「侵食の本体じゃない」
「もっと外側にいる」
その時。
少女駅長が、
静かに前へ出た。
「皆さん、
列車へ」
フィルニアが振り返る。
「は?」
「早く」
彼女は、
空を見上げたまま言った。
「ここはもう、
閉じます」
次の瞬間。
境界駅全体が光る。
崩壊が始まった。
ホーム。
駅舎。
時計塔。
全部。
粒子になって消え始める。
女性駅員が、
帽子を押さえながら叫ぶ。
「急いでください!」
タマが、
ユキを抱えて走る。
フィルニアも飛ぶ。
ミーコが、
最後に空を見た。
銀眼。
その奥。
さらに暗い何か。
世界の外側みたいな、
巨大な闇。
ぞわりと、
背筋が冷える。
トシオが、
静かにミツコを見る。
ミツコは笑った。
「行こか」
頷き。
二人も列車へ飛び乗る。
その瞬間。
少女駅長が、
小さく一礼した。
「ありがとうございました」
汽笛。
ボォォォォォ――――……
今度の音は、
悲鳴じゃなかった。
静かだった。
長い旅を終えた音だった。
列車が動き出す。
透明な空中線路を、
星空へ向かって走る。
窓の外。
崩れていく境界駅。
巨大な銀眼。
砕ける夜空。
その中で。
少女駅長だけが、
最後まで立っていた。
微笑みながら。
そして。
境界駅リュミエラは、
静かに消えた。
⸻
しばらくして。
列車内。
誰も喋らなかった。
窓の外には、
星空だけが流れている。
やがて。
ユキが、
小さく呟く。
「……終わった?」
ミーコは、
静かに首を振った。
「違う」
そして。
窓の外を見る。
遠い星空の奥。
一瞬だけ。
銀眼が見えた。
ずっと。
こちらを見ていた。




