『零番線』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
境界駅リュミエラ。
空へ浮かぶホームへ、
冷たい星風が流れていた。
黒鉄の列車は、
静かに停車したまま。
蒸気だけが、
白く空へ溶けていく。
誰も喋らなかった。
さっきまでの戦闘で崩れたホームを、
全員が黙って見ている。
壊れた時計塔。
裂けた空中線路。
黒い染みが残る床。
だが。
侵食だけが、
消えていなかった。
ホームの端。
床の隙間。
柱の影。
あちこちで、
黒い何かが脈打っている。
フィルニアが、
露骨に嫌そうな顔をした。
「まだ生きてんのかよ……」
タマも舌打ちする。
「気配が減ってねぇ」
女性駅員が、
静かに答えた。
「境界へ入り込んだ侵食は、
完全には消えません」
「どこかに“根”が残ります」
ミーコが、
駅の奥を見る。
「根なら、
まだ近い」
その時だった。
カン――……
鐘の音。
今度は、
すぐ近くだった。
全員が振り向く。
ホームの一番奥。
暗闇の中へ、
古い改札が立っていた。
最初は無かった。
誰も気付かなかった。
まるで。
今、
現れたみたいに。
木製の古い改札。
煤けた看板。
そこへ。
薄く文字が浮かんでいる。
『零番線』
ユキが、
小さく息を呑んだ。
「……あそこ」
女性駅員の顔色が変わる。
「そんな……」
タマが聞く。
「知ってんのか?」
駅員は、
改札を見つめたまま答えた。
「存在しない場所です」
「本来、
開いてはいけない」
その瞬間。
零番線の奥で、
灯りが点いた。
赤だった。
暗闇の中へ、
ぽつんと浮かぶ赤灯。
それが。
ゆっくり増えていく。
一つ。
二つ。
三つ。
全部、
列車の窓だった。
だが。
音が無い。
普通の列車なら、
振動が来る。
金属音が鳴る。
なのに。
何も聞こえない。
静かすぎた。
そして。
暗闇から、
列車が現れる。
黒い。
異様に細長い列車だった。
窓が多い。
多すぎる。
無数の窓。
無数の赤灯。
その全部で。
“誰か”が揺れていた。
フィルニアが、
槍を構える。
「気色悪ぃな……」
列車は、
零番線へ静かに停車した。
その瞬間。
ホームに異変が起きた。
誰も居なかったベンチへ。
人影が現れ始めた。
老人。
獣人。
旅人。
子供。
商人。
次々。
何も無かった場所へ、
突然座っている。
だが。
全員。
顔が無い。
真っ黒だった。
ミツコが、
小さく眉を寄せる。
「急に増えたねぇ……」
その時。
列車の扉が開いた。
ギィ……
中は暗い。
底が見えない。
そして。
顔の無い乗客達が、
一斉に立ち上がった。
全員。
零番線へ歩き始める。
女性駅員が、
初めて声を荒げた。
「駄目です!!」
だが。
止まらない。
夢遊病みたいに、
ふらふら歩いていく。
ミーコが、
静かに呟く。
「呼ばれてる」
次の瞬間。
列車の窓へ、
大量の眼が開いた。
紫色。
無数。
窓一面に、
びっしり並んでいる。
タマが、
顔を引きつらせた。
「うわ……」
その瞬間。
窓から、
黒い腕が飛び出す。
ベチャッ!!
顔の無い乗客達を、
掴み始めた。
フィルニアが飛ぶ。
紅槍。
炎閃。
ドォォォォォン!!!
黒腕ごと、
窓を吹き飛ばす。
爆炎。
だが。
列車が脈打った。
ぐちゃり……
黒鉄の車体が、
生き物みたいに蠢く。
タマが突っ込む。
双剣連撃。
ギギギギギッ!!
窓ごと切断。
紫眼が潰れる。
だが。
次の瞬間。
切断面から、
新しい眼が開いた。
ユキが震える。
「まだ増える……!」
その時だった。
列車の先頭車両。
運転席の扉が、
ゆっくり開いた。
中から、
車掌が現れる。
黒い制服。
長身。
古びた帽子。
だが。
顔が無かった。
首から上が、
星空になっている。
フィルニアが、
珍しく笑わなかった。
「……なんだよあれ」
車掌は、
静かにこちらを見る。
いや。
“見ている気配”だけがある。
その瞬間。
駅全体が揺れた。
ゴゴゴ……
ホームの床が脈打つ。
線路が、
生き物みたいに動き始めた。
トシオが、
足元を見る。
「違うな」
低い声。
ミツコが聞く。
「何が?」
トシオは、
静かに答えた。
「駅が揺れとるんやない」
次の瞬間。
草原の遥か下から、
轟音が響く。
ドゴォォォォォン!!!
ホームの外側。
空間そのものを割りながら、
巨大な口が現れた。
全員が止まる。
列車より巨大。
無数の歯。
そして。
中央に、
巨大な紫眼。
零番線の線路は。
その巨大口へ、
繋がっていた。
タマが、
顔を引きつらせる。
「おい待てよ……」
女性駅員が、
絶望した顔になる。
「侵食が、
境界そのものを喰ってる……」
つまり。
駅自体が、
怪物へ飲み込まれ始めていた。
その瞬間。
巨大口が開く。
轟音。
空間が裂ける。
ホーム全体が、
ゆっくり傾いた。
顔の無い乗客達が、
次々闇へ落ちていく。
だが。
誰も叫ばない。
静かに沈んでいく。
ユキが、
震えながら前へ出た。
「助けなきゃ……!」
その時。
車掌が、
ゆっくり腕を上げる。
すると。
列車の窓が、
一斉に開いた。
無数の黒腕。
大量。
終わりが見えない。
ホーム全体へ、
津波みたいに押し寄せる。
フィルニアが笑った。
「やっと派手になったな!!」
紅槍が燃え上がる。
タマが双剣を構える。
ミーコの猫耳が伏せられた。
その横で。
トシオだけが、
静かに巨大口を見ていた。
踏み込み。
空中ホームが沈む。
次の瞬間。
超重量級の肉体が、
真正面から駆け出した。




