『星降る境界駅』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
ゼルハを出発して、
三日後。
景色は、
大きく変わっていた。
岩山は遠ざかり。
代わりに、
背の低い草原が続いている。
空気は澄んでいるのに。
空だけが妙だった。
昼なのに、
薄く星が見える。
青空の奥に。
夜が滲んでいた。
フィルニアが、
顔をしかめる。
「気持ち悪ぃ空だな」
タマも、
空を見上げた。
「昼と夜、
混ざってるみたいだ」
その横で。
ユキだけが、
ずっと黙っていた。
ミーコが、
静かに聞く。
「まだ聞こえる?」
ユキは、
小さく頷く。
「……遠くで、
走ってる」
「何が?」
少し迷ってから。
ユキは答えた。
「列車」
⸻
夕方。
それは突然現れた。
草原の真ん中。
何も無い場所に。
巨大な駅舎だけが建っていた。
石造り。
古びた時計塔。
長いホーム。
だが。
線路が無い。
フィルニアが止まる。
「……なんだここ」
ミツコも、
不思議そうに周囲を見る。
「誰もおらんねぇ」
静かだった。
風も無い。
鳥も鳴かない。
まるで。
音そのものが、
消えているみたいだった。
駅名板だけが、
ぽつんと立っている。
『境界駅 リュミエラ』
その時だった。
カン――……
遠くで、
鐘の音が鳴った。
ユキが、
ぴくりと耳を動かす。
「来る」
次の瞬間。
空間へ、
銀色の線が走った。
一直線。
夜空を裂くみたいに。
そして。
何も無い空中へ、
透明な線路が浮かび上がる。
全員が息を呑んだ。
線路は、
空へ続いていた。
どこまでも。
星空の中へ。
やがて。
ゴォォォォ……
低い音が近付いてくる。
蒸気。
振動。
そして。
黒鉄の列車が現れた。
空中線路を、
滑るように走ってくる。
古い列車だった。
窓は暗い。
灯りも無い。
なのに。
中に、
“何か”が座っている気配だけがある。
列車が、
静かにホームへ止まった。
同時に。
駅舎の扉が開く。
現れたのは。
長身の女性だった。
銀髪。
黒い駅員服。
片眼鏡。
だが。
足が無い。
下半身が、
薄い霧みたいに揺らいでいた。
フィルニアが、
即座に槍へ手をかける。
女性は、
静かに一礼した。
「ようこそ、
境界駅へ」
声は穏やかだった。
だが。
感情が薄い。
どこか、
夢の中みたいな声だった。
タマが、
低く聞く。
「……何なんだここ」
女性は、
淡々と答える。
「ここは、
境界です」
「迷った魂が、
最後に辿り着く停車場」
空気が変わる。
ミーコが、
静かに目を細めた。
「生きてる者は?」
女性は、
ゆっくりこちらを見る。
「本来、
来ません」
沈黙。
フィルニアが、
露骨に嫌そうな顔になる。
「帰ろうぜ」
だが。
その時だった。
ユキが、
ホーム奥を見て止まる。
「……ばーちゃん?」
全員が振り向く。
白いベンチ。
そこに。
一人の老婆が座っていた。
柔らかく笑っている。
ミツコが、
目を見開く。
ユキが、
震えながら前へ出た。
「……違う」
似ているだけ。
なのに。
どうしても、
目を逸らせない。
その時。
列車の窓へ、
人影が映った。
人。
獣人。
竜人。
子供。
老人。
皆、
静かに座っている。
だが。
顔が曖昧だった。
輪郭が溶けている。
まるで。
記憶そのものみたいに。
女性駅員が、
静かに言う。
「次の発車で、
駅は閉じます」
「乗車されるなら、
お急ぎください」
フィルニアが叫ぶ。
「乗る訳ねぇだろ!?」
だが。
女性駅員は、
ユキを見ていた。
「貴女は、
呼ばれています」
空気が冷える。
ユキが、
小さく後退った。
その瞬間。
駅の灯りが、
一斉に点滅した。
ガチン。
重い音。
時計塔の針が止まる。
女性駅員の表情が、
初めて崩れた。
「……おかしい」
次の瞬間。
列車の奥で。
何かが立ち上がった。
黒い影。
いや。
“穴”だった。
人型の穴。
窓の内側から、
こちらを見ている。
ミーコの猫耳が伏せられる。
「侵食……!」
黒影が、
ゆっくり窓へ手を付く。
ベチャ……
黒い液体が広がった。
その瞬間。
車内の乗客達が、
一斉に顔を上げる。
空洞だった。
顔の中が、
真っ黒だった。
フィルニアが、
紅槍を抜く。
「やっぱ来るよなぁ!!」
次の瞬間。
列車の扉が、
内側から吹き飛んだ。
ドォォォォォン!!!
黒液が溢れる。
大量の手。
大量の顔。
絶叫。
ホームへ、
黒い波が押し寄せた。
タマが飛び込む。
双剣。
超高速連撃。
ギギギギギッ!!
迫る黒腕を切断。
だが。
再生が速い。
影が増殖していく。
フィルニアが笑った。
「よし!!
暴れられる!!」
「嬉しそうに言うな!!」
紅槍が燃える。
炎旋。
ドォォォォン!!!
ホーム半分が、
爆炎に包まれた。
だが。
黒液は止まらない。
空中線路の奥から、
次々這い出してくる。
その時だった。
女性駅員が、
静かに呟く。
「……境界が壊されています」
ミーコが振り返る。
「どういう意味」
女性は、
崩れ始めた空を見上げた。
空中線路が、
黒く侵食されている。
「本来、
ここへ“あれ”は来れません」
「ここは、
生と死の狭間だから」
つまり。
侵食は今。
世界の境界そのものを、
喰い始めている。
その瞬間。
列車の屋根が裂けた。
巨大な腕が、
空からホームへ叩き落ちる。
轟音。
駅舎が砕けた。
タマが顔を引きつらせる。
「いや、
デカすぎんだろ……!!」
フィルニアは、
逆に笑っていた。
「面白ぇ!!」
跳躍。
紅槍全力。
ドゴォォォォォン!!!
巨大な腕を、
真正面から吹き飛ばす。
だが。
空間そのものが裂けた。
空中線路の奥。
暗闇。
そこに。
巨大な眼が開く。
銀色だった。
冷たい銀眼。
感情が無い。
ただ。
こちらを観測している。
ユキが、
小さく震える。
「……見てる」
その瞬間。
列車内の影達が、
一斉に叫んだ。
『かえれ』
『かえれ』
『かえれ』
ホームが軋む。
駅そのものが、
崩れ始める。
女性駅員が、
初めて焦った顔になる。
「境界が落ちます!」
トシオが、
銀眼を見上げる。
静かだった。
怒りも。
恐怖も無い。
ただ。
じっと見ている。
その時。
ミツコが、
小さく呟く。
「寂しい目やねぇ」
全員が止まる。
銀眼が、
わずかに揺れた。
ミツコは、
空を見上げていた。
「ずっと、
一人なん?」
その瞬間。
空間が軋む。
銀眼の周囲へ、
黒いヒビが走った。
ミーコが、
目を見開く。
「……感情がある」
侵食じゃない。
もっと古い何かだ。
その時だった。
黒液が、
再びホームへ殺到する。
トシオが前へ出る。
踏み込み。
空中ホームが軋む。
次の瞬間。
拳。
ドゴォォォォォン!!!
黒波が、
真正面から吹き飛んだ。
さらに。
もう一歩。
空気が震える。
「通さん」
低い声。
その瞬間。
銀眼が、
初めて瞬きをした。




