表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/174

『風の還る場所』

『じじばばにゃんこと異世界奇譚』


第一部『レヴァナスタシア』






夜明け前だった。


ゼルハの谷は、

まだ暗い。


空に星はある。


だが。


風だけが無かった。


止まりきった風車。


垂れたままの旗布。


谷を巡る吊橋も、

ぴくりとも揺れていない。


静かすぎる。


まるで。


世界そのものが、

息を止めているみたいだった。


宿の屋根の上。


ミーコは、

一人で谷を見ていた。


水色のオッドアイが、

暗闇を静かに映している。


その隣へ。


タマが腰を下ろした。


「寝てねぇのか」


「タマも」


「まあな」


しばらく、

二人とも喋らない。


遠くで。


カラン……


小さな金属音だけが響く。


風車の部品だ。


風が無いせいで、

不安定に揺れている。


タマが、

ぽつりと呟いた。


「変なんだよな」


「何が?」


「侵食が弱い」


ミーコが見る。


タマは、

谷底を睨んでいた。


「今までの黒穴は、

もっと暴れてた」


「でも今回は違う」


「何かを待ってる感じがする」


ミーコは、

静かに頷く。


彼女も感じていた。


昨日から。


“敵意”が薄い。


代わりに。


妙な寂しさが、

谷全体へ漂っている。


その時だった。


リン――


鈴の音。


ミーコとタマが同時に立つ。


音は。


谷底から聞こえた。



朝。


トシオ達は、

ヴァイスの案内で、

谷底の旧風路へ向かっていた。


崩れた石段。


苔むした通路。


古い風車の残骸。


かつてここが、

風の通り道だった事だけは分かる。


ヴァイスが、

前を歩きながら言った。


「ゼルハの風は、

自然のもんじゃない」


「地下から吹き上がる

“風脈”が動かしてた」


フィルニアが、

眉を寄せる。


「風脈?」


「山の下を流れる、

巨大な空洞だ」


「風守り達は、

そこを管理してた」


タマが聞く。


「風守りって、

昨日の目ぇ無い連中か?」


ヴァイスは、

重く頷いた。


「……昔は、

谷の巫女だった」


その時。


ミツコが、

静かに口を開く。


「封じたんやねぇ」


ヴァイスの足が止まる。


しばらく黙り。


やがて。


苦しそうに答えた。


「そうだ」


二十年前。


地下で、

異変が起きた。


風脈の底から、

黒い霧が現れた。


触れた者が、

正気を失い始めた。


村人達は恐れた。


だから。


風路を封鎖した。


風守り達ごと。


沈黙。


フィルニアが、

珍しく何も言わない。


ユキだけが、

小さく俯いていた。


「……置いてったんだ」


ヴァイスは、

答えられなかった。



やがて。


最深部へ辿り着く。


巨大空洞だった。


天井が見えない。


地下なのに、

どこか海みたいな匂いがする。


中央には。


黒い湖。


水面が、

まるで油みたいに揺れていた。


そして。


湖の周囲に。


大量の風鈴が吊られている。


数百。


いや。


数千。


錆びた風鈴。


骨で作られた風鈴。


貝殻の風鈴。


全部。


止まっている。


風が無いから。


その時。


ユキが、

小さく震えた。


「いる……」


湖面が揺れる。


次の瞬間。


黒い水の中から。


人影が浮かび上がった。


白い衣。


長い髪。


目の無い巫女達。


一人。


また一人。


静かに湖から現れる。


敵意は無い。


ただ。


皆。


悲しそうだった。


ミツコが、

小さく目を細める。


「寒かったんやろねぇ……」


その瞬間。


最前列の巫女が、

ゆっくり口を開く。


『風を』


掠れた声。


『風を返してください』


すると。


空洞全体の風鈴が、

一斉に鳴った。


リンリンリンリン――


轟音みたいな鈴音。


タマが耳を塞ぐ。


「っ!!」


黒湖が、

大きく波打った。


そして。


湖の中央が盛り上がる。


ドクン――


脈動。


巨大。


山みたいな何かが、

水面下で動いていた。


フィルニアが、

紅槍を握る。


「……デカいぞ」


次の瞬間。


黒湖が割れた。


ドバァァァァァッ!!!


巨大な“首”が現れる。


竜だった。


だが。


普通の竜じゃない。


全身が、

黒紫の泥で覆われている。


顔には、

無数の目。


口の中から、

黒い霧が漏れていた。


ヴァイスが、

絶望した顔になる。


「風龍……」


ミーコが、

静かに竜を見る。


違う。


侵食されている。


だが。


完全じゃない。


竜の瞳だけは、

まだ蒼かった。


その瞬間。


風龍が咆哮する。


ゴォォォォォォォォッ!!!


超暴風。


地下空洞が揺れる。


吊られていた風鈴が、

狂ったみたいに鳴り始めた。


フィルニアが飛ぶ。


「来いよ!!」


紅槍。


炎。


一直線。


ドォォォォォン!!!


風龍の顔面へ直撃。


爆炎。


だが。


硬い。


黒泥が、

衝撃を吸収している。


次の瞬間。


巨大な尾が振られた。


速い。


フィルニアが吹き飛ぶ。


岩壁へ激突。


轟音。


タマが飛び込む。


双剣。


超高速連撃。


ギギギギギッ!!


黒泥を切り裂く。


だが。


再生。


斬った側から、

新しい眼が浮かぶ。


「クソっ、

キリがねぇ!」


その時。


ユキが、

湖を見ながら呟いた。


「……苦しいって」


全員が止まる。


風龍の咆哮が変わった。


怒りじゃない。


悲鳴だった。


ミーコが、

静かに目を細める。


「風脈ごと、

侵食されてる」


つまり。


竜を倒すだけじゃ、

終わらない。


風そのものが、

黒泥へ絡め取られている。


その時だった。


ミツコが、

ゆっくり湖へ近付いた。


トシオが見る。


ミツコは、

穏やかな顔をしていた。


「ずっと、

閉じ込められてたんやねぇ」


命紡ぎ。


淡い金光が、

湖面へ広がる。


すると。


暴れていた黒泥が止まった。


風龍の蒼眼が、

ゆっくりミツコを見る。


その瞬間。


黒泥の中から。


大量の“手”が伸びた。


ミツコへ向かう。


だが。


トシオが前へ出る。


踏み込み。


岩盤が沈む。


次の瞬間。


拳。


ドゴォォォォォン!!!


衝撃波。


迫っていた黒泥の腕が、

まとめて吹き飛ぶ。


トシオは、

風龍を見上げる。


「帰りたいんか」


風龍が、

小さく震えた。


蒼眼が揺れる。


その時。


湖の底で、

何かが光った。


ミーコが気付く。


「……鎖」


黒泥の底。


巨大な封印鎖が、

風龍へ巻き付いている。


ヴァイスが、

息を呑む。


「まさか……」


昔。


村人達は、

風龍ごと封じたのだ。


風脈の守護者を。


侵食ごと。


タマが舌打ちする。


「最低だな……」


だが。


責められない。


二十年前の人間達も、

生き残るのに必死だった。


その時。


風龍の身体から、

さらに黒泥が溢れ始める。


空洞が揺れる。


崩落が始まった。


ヴァイスが叫ぶ。


「急げ!!

全部崩れるぞ!!」


フィルニアが立ち上がる。


口元の血を拭いながら笑った。


「だったら、

ぶっ壊して終わりだ!!」


紅槍が燃える。


紅炎が、

地下空洞を赤く染めた。


タマとミーコも動く。


左右へ展開。


双剣と短剣が、

封印鎖を狙う。


ギギギギギッ!!


火花。


衝撃。


黒泥が妨害する。


だが。


止まらない。


ユキが、

震える声で叫ぶ。


「今なら開く!!」


風龍の蒼眼が、

完全に蒼へ戻り始めていた。


トシオが、

ゆっくり拳を握る。


筋肉が軋む。


空気が重くなる。


次の瞬間。


踏み込み。


地下空洞が震えた。


一直線。


黒泥の嵐を、

真正面から突き破る。


風龍が咆哮する。


巨大な黒波が放たれる。


だが。


フィルニアが前へ出た。


「邪魔させるかァ!!」


紅槍全力。


炎の渦。


ドォォォォォォォォン!!!


黒波を焼き裂く。


その瞬間。


タマとミーコが、

最後の鎖へ飛び込んだ。


斬撃。


銀閃。


パキィィン!!!


封印鎖が砕ける。


静寂。


次の瞬間。


風が生まれた。


最初は小さい。


だが。


すぐに。


巨大な奔流になる。


ゴォォォォォォォォッ!!!


風脈解放。


地下空洞を、

暴風が駆け抜ける。


風鈴が、

一斉に鳴り始めた。


リンリンリンリン――


風龍が、

空を見上げる。


黒泥が、

少しずつ剥がれていく。


その時。


トシオが飛んだ。


最後の踏み込み。


大地が軋む。


超重量級の肉体が、

一直線に空を裂く。


そして。


拳。


ゴッッッッッ――――――!!!!


直撃。


風龍を覆っていた、

最後の黒泥が砕け散った。


蒼い風が爆発する。


地下空洞を、

巨大な風柱が突き抜けた。


黒泥が消える。


風鈴が歌う。


そして。


風龍は、

静かに咆哮した。


今度の声は。


怒りでも。


悲鳴でもない。


長い眠りから覚めた、

生き物の声だった。



朝。


ゼルハの風車が、

力強く回っていた。


谷を風が駆け抜ける。


吊橋が揺れる。


旗布がはためく。


村人達が、

空を見上げていた。


ヴァイスが、

静かに頭を下げる。


「……終わった」


ミツコが、

優しく笑う。


「帰ってこれたんやねぇ」


その時。


谷を抜ける風の中で。


無数の鈴音が響いた。


リン――


白い巫女達が、

風の中を歩いている。


皆。


穏やかな顔だった。


そして。


最後に。


巨大な蒼龍が、

空を横切る。


朝日を浴びながら。


どこまでも高く。


自由に。


風の還る場所へ向かうみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ