『白帆の休日』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
海港都市ルメリアへ来てから、
数日が過ぎていた。
朝。
宿の窓から、
潮風が吹き込んでくる。
遠くでは、
船の汽笛が鳴っていた。
フィルニアは、
布団へ埋まりながら唸っている。
「んぁぁぁ……」
タマが呆れた。
「お前、
昨日まで朝一で飛び起きてたじゃん」
「食い過ぎた……」
「自業自得だろ」
昨日の祭りで、
フィルニアは完全に食べ過ぎていた。
巨大海鮮鍋。
焼き魚。
貝料理。
串焼き。
デザート。
最後には、
市場の大食い大会へまで参加していた。
結果。
二位だった。
「なんで二位なんだよ」
「一位のおっさん化け物だった……」
「お前も十分化け物だよ」
ミーコが、
少し苦笑する。
ユキは、
窓から海を見ていた。
「今日も船いっぱい」
港には、
無数の帆船が停泊している。
白い帆。
大きなマスト。
海人族の漁船。
交易船。
軍用船。
様々だ。
その時だった。
トントン。
宿の扉が叩かれる。
ミツコが開けると。
そこには、
昨日の市場の魚屋親父が立っていた。
「おう!!
暇か!?」
「朝から勢いすごいねぇ」
親父は、
豪快に笑う。
「今日、
漁出るんだよ!!」
フィルニアが、
即座に飛び起きた。
「船乗るのか!?」
「おう!!」
「行く!!」
「回復早っ!?」
タマが叫ぶ。
⸻
その後。
一行は、
ルメリア港へ来ていた。
巨大港湾都市だけあり、
朝から大勢の人で溢れている。
海人族達が、
忙しそうに動き回る。
魚籠。
網。
樽。
怒鳴り声。
潮風。
完全に“海の街”だった。
フィルニアは、
もうテンションが限界突破している。
「船でけぇぇぇ!!」
「落ちるなよ?」
「落ちねぇ!!」
その瞬間。
ガンッ!!
マストへ頭ぶつけた。
「いっっっっ!?」
タマが頭を抱える。
「なんで毎回芸術的にやらかすんだよ……」
魚屋親父が、
腹を抱えて笑っていた。
「はっはっは!!
嬢ちゃん面白ぇな!!」
トシオは、
静かに船を見ていた。
木造の大型漁船。
頑丈そうだ。
トシオが、
船体を軽く叩く。
コンコン。
「ええ船じゃのぉ」
船長らしき海人族の男が、
少し驚いた顔をした。
「わかるのか?」
「長く海出とる船の音じゃ」
男が、
少し目を見開く。
「……兄さん、
海やってたのか?」
トシオは、
のんびり笑った。
「まぁのぉ」
それだけで。
妙に説得力があった。
⸻
やがて。
船が出港する。
ゴォォォォ……
白帆が広がる。
風を受け。
船がゆっくり海へ出た。
ユキが、
少し目を輝かせる。
「……すごい」
ミーコも、
静かに海を見ていた。
水平線。
青い海。
空。
どこまでも広い。
帝都では見られなかった景色だった。
フィルニアは、
船首で叫んでいる。
「海だぁぁぁぁ!!」
「今更!?」
タマがツッコむ。
その時だった。
ぐらっ。
フィルニアの身体が揺れる。
「あれ」
数秒後。
「……おぇ」
沈黙。
タマが吹き出した。
「船酔いしてんじゃねぇか!!」
「う、うるせぇ……」
フィルニアが、
真っ青になっていた。
魚屋親父が、
腹抱えて笑う。
「竜人って船弱ぇのか!?」
「知らねぇよぉぉぉ……」
完全にダウンしていた。
⸻
その頃。
トシオは、
船員達と一緒に網を引いていた。
「せーのっ!!」
ドォン!!
網が持ち上がる。
大量の魚。
船員達が、
歓声を上げた。
「大漁だ!!」
「今日はツイてるぞ!!」
その中で。
トシオだけ、
一人おかしかった。
「ん」
ズバァァァン!!
一人で網を引き上げている。
船員達が固まる。
「……は?」
「いや待て待て待て」
「それ四人がかりのやつだぞ!?」
トシオは、
普通に魚を見ていた。
「おぉ。
でかいのぉ」
その時。
巨大魚が暴れた。
ドゴォン!!
船員が吹き飛びそうになる。
だが。
トシオが、
片手で止めた。
ギシッ。
巨大魚が固まる。
トシオは、
普通に撫でた。
「元気じゃのぉ」
「会話してる!?」
タマが叫ぶ。
魚屋親父が、
遠い目になっていた。
「兄さん何者だよほんと……」
⸻
昼頃。
船は、
沖合で停泊していた。
船員達が、
昼飯の準備を始める。
海の上で食う飯は、
格別らしい。
だが。
フィルニアだけ、
甲板で死んでいた。
「し、死ぬ……」
「お前朝から何回死にかけてんだ」
タマが呆れる。
その時。
ミツコが、
静かに鍋を出した。
船員達が、
ぽかんとする。
「……持ってきてたのか?」
「念のためねぇ」
鍋。
調味料。
野菜。
そして。
さっき獲れた魚。
船員達がざわつく。
「まさかここで作る気か?」
ミツコは、
柔らかく笑った。
「せっかく新鮮やもん」
そこからだった。
海上料理大会みたいになったのは。
魚を捌く者。
火を起こす者。
野菜を刻む者。
気付けば、
船員達まで参加していた。
フィルニアは、
死にながら食べようとしている。
「食うな寝とけ!!」
「飯は食う……」
「執念がすごい!!」
やがて。
魚介スープが完成する。
潮の香り。
魚の旨味。
海風。
船員達が、
恐る恐る飲む。
そして。
全員固まった。
「……うまっ」
「なんだこれ」
「身体に染みる……」
ミツコが、
少し照れ笑いする。
「よかったぁ」
その時。
船長が、
ぽつりと呟いた。
「なんか、
家の飯思い出すな」
空気が少し静かになる。
海へ出る者達は、
家を空ける事が多い。
だからこそ。
温かい飯が、
妙に沁みる。
トシオは、
のんびり笑った。
「飯は大事じゃ」
船員達が、
自然に笑う。
その時だった。
ミーコが、
静かに海を見る。
水色の瞳が、
少し細くなる。
「……綺麗」
海面が、
太陽光で輝いていた。
ユキも、
小さく頷く。
「うん」
フィルニアは、
まだ死んでいた。
「おぇぇぇ……」
「感動台無しなんだよ!!」
タマが叫ぶ。
船上に、
笑い声が広がる。
⸻
夕方。
船は港へ戻る。
ルメリアの街が、
夕陽で赤く染まっていた。
港では、
子供達が走り回っている。
市場の怒鳴り声。
笑い声。
潮風。
その景色を見ながら。
トシオは、
静かに目を細めた。
「ええ街じゃのぉ」
ミツコも、
優しく笑う。
「うん」
その時。
遥か沖合で。
ほんの一瞬だけ。
黒い波紋が、
静かに海面を揺らした。
だが。
誰もまだ、
それに気付かない。
今はまだ。
この街には。
笑い声の方が、
ずっと大きく響いていた。




