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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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30/139

『海風の街』

『じじばばにゃんこと異世界奇譚』


第一部『レヴァナスタシア』






南方街道を渡る風は、

少し湿っていた。


潮の香り。


遠くから、

波の音まで聞こえてくる。


空は高く。


青かった。


帝都ヴァルグランを旅立ってから、

数日。


トシオ達は、

南方最大の海港都市――

ルメリアへ向かっていた。


街道脇には、

背の低い草花が揺れている。


海鳥が飛び。


遠くでは、

巨大な帆船の白帆まで見え始めていた。


「おぉぉぉぉ……」


フィルニアが、

荷車の上から身を乗り出す。


「海だ!!」


白銀髪が風へなびく。


赤い角。


赤い瞳。


黒と赤を基調にした軽装竜装束。


マントを翻しながら、

完全に子供みたいにはしゃいでいた。


タマが呆れる。


「まだ見えてないだろ」


「匂いで分かる!!」


「犬か!!」


「竜だ!!」


「そこ張り合う所!?」


その横で。


トシオは、

のんびり空を見上げていた。


潮風に、

黒髪が揺れる。


大柄。


筋肉質。


まるで海そのものみたいな、

重厚な存在感。


だが。


表情だけは穏やかだった。


「懐かしいのぉ」


ミツコが、

ふわりと笑う。


「ほんとやねぇ」


和装姿のミツコは、

小さな籠を抱えている。


相変わらず、

旅の途中でも料理道具だけは多かった。


ユキが、

不思議そうに首を傾げる。


「海って、

そんなに違う?」


ミーコが、

静かに耳を揺らした。


白銀髪。


水色のオッドアイ。


猫耳と尻尾。


獣人姿の彼女は、

潮風を感じながら目を細める。


「匂いが違う」


タマも頷く。


「空気重いな」


「湿っとるからのぉ」


トシオが笑う。


その時だった。


風に乗って。


どこか遠くから、

歌声が聞こえてきた。


『りゅうが にくをいれ〜♪』


『もりびと やさいをいれ〜♪』


『うみびと しおをいれ〜♪』


小さな子供達の声。


街道脇。


停車している商隊の荷馬車。


数人の子供達が、

荷台へ座りながら歌っていた。


ユキが、

静かに耳を動かす。


「……始まりの歌」


タマも、

少し驚いた顔をする。


「こんな所でも歌ってんだ」


フィルニアは、

普通に口ずさんでいた。


『おなじなべを かこみなさい〜♪』


ミツコが、

不思議そうに笑う。


「かわええ歌やねぇ」


トシオも頷く。


「子守歌みたいじゃの」


その瞬間。


商隊の老人が、

目を丸くした。


「……旅人さん、

その歌を知らんのか?」


白髭の老人だった。


日に焼けた肌。


大きな魚樽を積んだ荷車。


海商人らしい。


ミーコが、

静かに老人を見る。


「知らなくても不思議じゃない」


老人は、

少しだけ考え込み。


そして笑った。


「まぁ、

異国の方ならそうか!」


フィルニアが、

偉そうに胸を張る。


「この歌は有名だぞ!」


「お前、

歌詞半分くらい肉しか覚えてなかっただろ」


「細かい事気にすんな!!」


タマが頭を抱えた。


老人は、

豪快に笑う。


「はっはっは!!

賑やかでええ旅だ!」


その時。


老人の視線が、

ふとトシオへ止まる。


じっと。


何かを見るように。


「……あんたさん、

妙に落ち着く空気しとるな」


トシオは、

ぽりぽり頭を掻いた。


「そうかのぉ?」


「昔、

婆様が言っとった」


老人は、

遠い目をする。


「“始まりの民は、

海風と一緒に来る”とな」


沈黙。


ミーコが、

わずかに目を細める。


タマも、

少しだけ表情を引き締めた。


だが。


トシオ本人は、

いつも通りだった。


「海風は気持ちええからのぉ」


「そこなんだ……」


タマが脱力する。


老人が吹き出した。


「はっはっは!!

面白い御方だ!」


その後。


商隊と別れ。


さらに街道を進む。


すると。


視界が一気に開けた。


青い海。


巨大な港。


白い石造都市。


海上橋。


無数の帆船。


風車。


飛び交う海鳥。


潮風に揺れる旗。


ルメリア海港都市。


南方最大級の交易都市だった。


「でっっっっか!!」


フィルニアが叫ぶ。


「すげぇぇぇ!!」


門前には、

様々な種族が行き交っていた。


海人族。


獣人族。


人族。


風人族。


竜人。


色んな言葉。


色んな服装。


色んな匂い。


タマが、

辺りを見回す。


「帝都とは全然違うな」


「賑やかやねぇ」


ミツコが笑う。


その時。


フィルニアが、

突然ダッシュした。


「焼き魚ぁぁぁ!!」


「早い!!」


タマが絶叫する。


屋台街だった。


香ばしい匂い。


魚介スープ。


焼き貝。


串焼き。


巨大魚の解体。


フィルニアが、

完全に目を輝かせている。


「天国かここ!!」


「食堂街でテンション限界突破すんな」


ミーコが、

少し苦笑した。


すると。


広場中央から、

賑やかな音楽が聞こえてくる。


大勢の子供達。


輪になって歌っている。


『かなしいときも スープをのめ〜♪』


『ひとりぼっちは おなべへおいで〜♪』


広場中央には、

巨大な鍋。


魚介スープだった。


貝。


海老。


白身魚。


香草。


色んな種族の人々が、

食材を持ち寄っている。


ユキが、

静かに目を丸くする。


「……いっぱい」


近くにいた老婆が、

優しく笑った。


「今日は“始まりの日”だからねぇ」


フィルニアが、

鍋を覗き込む。


「始まりの日?」


老婆は、

鍋を混ぜながら頷いた。


「昔、

始まりの民が初めて

皆へスープを振る舞った日さ」


トシオとミツコが、

少し驚いた顔をする。


「へぇ」


「そういう話なんやねぇ」


老婆は、

不思議そうに二人を見た。


「知らないのかい?」


「最近こっち来たばっかりでのぉ」


トシオが笑う。


老婆は納得したように頷いた。


「なるほどねぇ」


そして。


木椀へ、

熱々のスープを注いだ。


湯気。


魚介の香り。


優しい塩味。


ミツコが、

目を細める。


「ええ匂いやねぇ」


フィルニアは、

即座に飲んだ。


「うまぁぁぁ!!」


「熱っっっ!!」


「猫舌かお前」


「竜舌だ!!」


「聞いたことねぇよ!!」


周囲から笑いが漏れる。


その時だった。


広場の端で。


小さな獣人の子供が、

転んだ。


持っていた皿が落ちる。


スープがこぼれた。


周囲の大人達が、

困った顔をする。


だが。


その瞬間。


ミツコが、

自然にしゃがみ込んでいた。


「大丈夫ぅ?」


優しい声。


子供が、

涙目で頷く。


ミツコは、

笑いながら椀を差し出した。


「はい、

半分こねぇ」


周囲が静かになる。


老婆が、

目を見開いていた。


子供が、

恐る恐るスープを受け取る。


そして。


小さく笑った。


その瞬間。


広場の空気が、

少しだけ変わった。


老婆が、

ぽつりと呟く。


「……まるで」


ミーコが、

静かに視線を向ける。


老婆は、

ミツコを見ながら。


どこか震える声で言った。


「伝承みたいだねぇ……」


沈黙。


だが。


ミツコ本人は、

きょとんとしていた。


「そうぉ?」


トシオが、

普通にスープを飲む。


「うまいのぉ」


「感想それなんだ……」


タマが呆れる。


その時だった。


海風が吹く。


遠い水平線。


ほんの一瞬だけ。


黒い揺らぎが、

波の向こうで揺れた。


ミーコだけが気付く。


水色の瞳が、

静かに細められる。


まだ終わっていない。


世界は。


静かに壊れ続けている。


だが。


今は。


この温かな湯気を、

守りたいと思った。


その時。


フィルニアが、

魚串を掲げて叫ぶ。


「次これ食うぞ!!」


「まだ食うの!?」


「旅は飯だ!!」


「それトシオ化してない!?」


周囲から、

笑い声が広がる。


潮風が吹く。


歌声が響く。


湯気が揺れる。


海の街ルメリアは。


どこか少しだけ。


優しかった。

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