忍び寄る…
「……今、喋った?」
ミツコの声は震えていた。
囲炉裏の火が、
ぱちりと音を立てる。
ミーコは、
自分でも驚いたように口を閉じた。
そして俯く。
まるで、
“言ってはいけないこと”を
口にしてしまった子供みたいに。
タマとユキも、
不安そうにミーコを見ている。
トシオだけは、
静かだった。
窓の外を見つめ、
低く呟く。
「……来るぞ」
その瞬間。
ドンッ!!
家全体が揺れた。
天井から埃が落ちる。
ミツコが息を呑む。
外。
雪の庭。
そこに、
“それ”は立っていた。
二本脚。
黒い外套。
頭には、
獣の骨みたいな仮面。
人ではない。
けれど獣でもない。
そして何より異様だったのは、
周囲の雪だけが溶けていること。
ジュウゥ……
白い湯気が立つ。
タマが低く唸る。
ユキは震えながら、
ミツコの服に隠れた。
ミーコは、
じっと外を見つめていた。
その顔から、
子猫らしい幼さが消えている。
「……狩人」
小さな声。
けれど、
はっきりした言葉だった。
「私を……連れ戻しに来た」
ミツコはミーコを抱き寄せる。
「駄目よ」
その一言に、
ミーコの目が揺れた。
「この子はうちの子や」
外套の怪物が、
ゆっくり顔を上げる。
仮面の奥。
赤い光。
そして。
──グォォォ……
地鳴りみたいな低い声。
空気が震える。
窓ガラスにヒビが入る。
普通の人間なら、
立っていられない圧力。
だが。
トシオは、
囲炉裏の火箸を手に取った。
「トシオさん!?」
「ミツコ」
振り返らないまま言う。
「戸を閉めとけ」
静かな声だった。
でも、
海の底みたいに重かった。
トシオは玄関へ向かう。
ギィ……
古い引き戸が開く。
吹雪。
白い世界。
黒い怪物。
85年生きた男は、
火箸一本持って、
雪の庭へ出た。
怪物が笑う。
『ニンゲン』
頭の中に、
直接響く声。
『ソレヲ渡セ』
トシオは肩をすくめた。
「うるさいのぉ」
そして。
雪を踏みしめる。
「寝とる猫を起こすんじゃねぇよ」
次の瞬間。
怪物の身体が、
見えない何かに殴り飛ばされた。
轟音。
庭の石灯籠が砕ける。
ミツコが息を呑む。
タマのアホ毛がピンと立つ。
ユキは目を丸くしていた。
そしてミーコだけが知っていた。
──ありえない。
あの怪物は、
異世界の兵士ですら恐れる“狩人”。
普通の人間に
勝てる存在じゃない。
なのに。
雪の中。
トシオはいつもの調子で、
頭を掻いていた。
「最近の若いもんは、
挨拶もできんのか」




