穏やかな日……
朝。
囲炉裏の上で、
やかんが静かに鳴っていた。
外はまだ雪。
古い平屋は冷える。
けれど今日は、
いつもより少しだけ暖かかった。
「タマ、こら。走ったら滑るよ」
畳の上を勢いよく走った白い子猫が、
つるりと転ぶ。
そのまま炬燵に頭から突っ込み、
ミツコが吹き出した。
「ほらねぇ」
タマは何事もなかったように
また走り出す。
トシオは新聞をめくりながら、
小さく笑った。
「元気なやつだ」
ユキは、
そんなタマを心配そうに見ながら、
ミツコの膝で丸くなっている。
そしてミーコだけは、
窓の外を見ていた。
雪。
白い空。
遠くの山。
まるで何かを探すように、
じっと。
「ミーコ?」
ミツコが呼ぶと、
ハッとしたように振り返る。
そして、
少し迷ってから、
ゆっくりミツコのそばへ来た。
「寒かったねぇ」
ミツコは、
ふわふわの身体を抱き上げる。
ミーコは最初、
少し身体を強張らせた。
でもやがて、
小さく喉を鳴らし始める。
その音を聞いて、
ミツコは優しく笑った。
「甘えるの下手くそやねぇ」
トシオは黙ってその様子を見ていた。
その時だった。
ガタッ。
突然、
家の奥で何かが倒れる音。
三匹の耳が同時に立つ。
空気が変わった。
ミーコの瞳が細くなる。
タマはミツコの前へ出た。
ユキは小さく震えている。
「……誰かおるな」
トシオが静かに立ち上がる。
ゆっくり廊下へ向かう。
古い床が軋む。
暗い廊下の奥。
誰もいない。
だが、
障子が少しだけ開いていた。
冷たい風が入り込む。
そして。
雪の上に、
奇妙な足跡が残っていた。
人間でもない。
獣でもない。
爪のような跡。
トシオは目を細める。
その瞬間。
ミーコが低く唸った。
今まで聞いたことのない声。
幼い子猫とは思えない、
鋭く張り詰めた声だった。
次の瞬間、
窓の外の森で、
何かが動いた。
黒い影。
一瞬だけ、
金色の目が光る。
タマが飛び出そうとする。
だがミーコが、
その前に立った。
小さな身体。
震えている。
それでも、
守るように。
まるで──
“王”のように。
「……ミーコ?」
ミツコが不安そうに呟く。
その時。
ミーコの口から、
かすかに言葉が漏れた。
「……みつかった」
静まり返る部屋。
トシオの目が見開かれる。
ミツコは、
抱えていた湯飲みを落とした。
そして雪の降る山の奥で、
何か巨大な影が、
ゆっくりと目を開いていた。




