『ヴァルグラン』
# 『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
## 第一部『レヴァナスタシア』
森を抜けた頃には、
空が赤く染まり始めていた。
長く続いた黒霧地帯。
瘴気魔獣との戦闘。
空間裂け。
あまりにも異常な出来事だった。
だが。
旅そのものは止まらない。
セレスの判断で、
一行は予定通り帝都へ向かう事になった。
「……本当に大丈夫なのか」
カリヴァが、
疲れた顔で呟く。
飛竜騎士達も、
明らかに神経を張っていた。
空間裂けなど、
帝国史にも殆ど記録が無い。
しかも。
“目”がこちらを見ていた。
あれは、
絶対に普通ではない。
グランヴェルは、
黙ったまま前を歩いている。
その横で。
フィルニアだけは、
妙に元気だった。
「いやぁ!!
久々に暴れた!!」
「お前ほんと元気だな……」
タマが呆れる。
フィルニアは、
けろっと笑った。
「竜人族だからな!!」
「便利な言葉だなそれ」
その時だった。
ミツコが、
荷車をごそごそ漁り始める。
フィルニアの目が光る。
「飯!?」
「おやつやねぇ」
「最高かよ!!」
数秒後。
一行は普通に、
街道脇で休憩していた。
グランヴェルが、
頭を抱えている。
「……さっきまで世界の危機だったのだが」
「腹減るだろ?」
フィルニアが真顔で答える。
「お前は黙れ」
セレスは、
静かに干し魚を食べていた。
もう誰もツッコまない。
完全に馴染み始めている。
タマがニヤニヤする。
「セレス、
絶対魚好きだよね」
「違います」
「でも今三枚目だよ?」
「……違います」
耳だけ少し赤い。
フィルニアが爆笑した。
「お前ほんと分かりやすいな!!」
ミツコが、
楽しそうに笑っている。
その様子を見ながら。
ミーコは、
静かに思っていた。
こんな旅になるなんて、
想像もしていなかった。
異世界へ来てから。
逃げて。
怯えて。
戦って。
失う事ばかり考えていた。
なのに今は。
笑っている。
誰かと、
同じご飯を食べている。
それだけで、
少し救われる気がした。
その時。
上空から、
飛竜騎士の声が響く。
「見えたぞ!!
帝都ヴァルグランだ!!」
空気が変わる。
一行が顔を上げた。
そして。
タマが絶句する。
「……は?」
遥か前方。
山脈そのものへ、
巨大都市が築かれていた。
黒鉄の外壁。
何重にも重なる巨大城壁。
空を飛ぶ飛竜達。
断崖へ張り付く街並み。
巨大な吊橋。
そして。
山頂。
そこには。
雲を貫く巨大城が存在していた。
夕陽を浴びたその姿は、
まるで神話だった。
フィルニアが、
得意げに胸を張る。
「どうだ!!」
「いや……
でっっっか……」
タマの語彙が死んでいた。
ユキも、
ぽかんと口を開けている。
ミーコは、
静かに息を呑んだ。
獣人王国レイシス。
そこも大国だった。
だが。
規模が違う。
力そのものが都市になったみたいだった。
グランヴェルが、
静かに言う。
「ヴァルグランは、
千年以上続く竜人族最大国家だ」
その声には、
確かな誇りがあった。
その時。
上空から、
巨大な影が通過する。
全員が見上げた。
飛竜。
いや。
違う。
もっと巨大だった。
黒銀の鱗。
城ほどもある翼。
山みたいな体躯。
圧倒的な存在感。
その影が、
ゆっくり帝都上空を旋回している。
兵士達が一斉に頭を下げた。
「竜王竜……!」
タマが固まる。
「……なにあれ」
セレスが、
静かに答える。
「帝国守護竜。
《アストラヴェイン》」
その声には、
珍しく敬意が滲んでいた。
アストラヴェインは、
ゆっくりこちらを見た。
黄金の瞳。
古く。
深い目。
その瞬間。
トシオと、
視線が合った。
数秒。
静かな沈黙。
次の瞬間だった。
グォォォォォォ……
巨大な守護竜が、
低く鳴いた。
威嚇ではない。
まるで。
“挨拶”みたいだった。
周囲が凍る。
飛竜騎士達がざわつく。
「アストラヴェイン様が……?」
「ありえん……」
だが。
トシオだけ、
普通だった。
「でかいのぉ」
「感想それ!?」
タマが叫ぶ。
フィルニアが、
目をキラキラさせている。
「かっけぇぇぇ……」
「お前ほんと竜好きだな」
「竜人族だからな!!」
またそれだった。
だが。
グランヴェルは、
真剣な顔でアストラヴェインを見ていた。
帝国守護竜。
数百年生きる古竜。
その存在が、
自ら他者へ反応する。
普通ではない。
セレスも、
静かにトシオを見る。
やはり。
この人達は、
ただの異邦人ではない。
その時だった。
ヴァルグランの巨大門が、
ゆっくり開き始める。
ゴゴゴゴゴ……
重々しい音。
門の左右へ、
竜人兵達が整列する。
数百。
いや。
千近い。
壮観だった。
そして。
中央階段。
そこに、
一人の女性が立っていた。
長い黒髪。
紅玉みたいな瞳。
巨大な角。
漆黒のドレス鎧。
そして。
圧倒的な威圧感。
フィルニアの顔色が変わる。
「げ」
タマが見る。
「知り合い?」
「……母上」
空気が止まる。
第二王女フィルニア。
その母。
つまり。
竜王妃。
エレミア=ドラグニルだった。
周囲の兵士達が、
一斉に膝をつく。
圧が凄い。
タマが、
思わず後退る。
「うわっ……
怖っ……」
「聞こえるぞ」
フィルニアが青ざめた。
その時。
エレミアの紅い目が、
ギロリとフィルニアを見る。
「フィルニア」
「は、はい」
「また無茶をしたのではありませんか?」
沈黙。
全員が固まる。
フィルニアの顔から、
血の気が引いた。
「え」
グランヴェルが、
静かに目を逸らす。
セレスも、
少しだけ視線を逸らした。
フィルニアが震える。
「な、なんでそれを」
「ガルディアから報告が来ています」
「叔父貴ぃぃぃ!!」
グランヴェルが即座に否定する。
「俺ではない」
「絶対誰かチクっただろ!!」
タマは呆れたように肩を落とした。
「そこ怒られるんだ……」
だが。
次の瞬間だった。
エレミアが、
ゆっくりミツコを見る。
紅い瞳。
鋭い視線。
まるで。
相手の本質を見抜くみたいだった。
兵士達が息を呑む。
竜王妃エレミア。
その視線だけで、
膝をつく者すらいる。
だが。
ミツコは、
いつも通りだった。
「あらぁ」
にこにこしている。
エレミアの眉が、
ほんの僅か動いた。
恐れていない。
媚びてもいない。
ただ普通に、
こちらを見ている。
それが逆に、
異質だった。
数秒。
静かに視線が交わる。
その空気の中。
ミツコは、
にこにこしながら口を開いた。
「そろそろお茶の時間やねぇ」
沈黙。
周囲が止まる。
タマが顔を覆った。
「あー……
通常運転だこの人……」
ミツコは、
買い物かごをごそごそ漁る。
湯気の立つ水筒。
小さな包み。
甘い香り。
そして。
エレミアへ、
にこっと笑いかけた。
「一緒にどうかね?」
静寂。
兵士達が息を呑む。
誰も。
竜王妃へそんな風に声を掛けた事など無かった。
フィルニアですら、
ぽかんとしている。
だが。
エレミアは怒らなかった。
ただ。
クスッと小さく笑った。
本当に、
ほんの僅かな笑みだった。
そして。
「では、
ご一緒いたします」
周囲が凍る。
フィルニアが目を丸くした。
「……母上が笑った」




