王都散策
翌朝。
離宮の食堂には、焼きたての香りが広がっていた。
パン。
卵料理。
焼き魚。
温かなスープ。
朝日が大窓から差し込み、白い食卓を柔らかく照らしている。
フィルニアは既に三枚目のパンを食べていた。
「うま」
「朝から食い過ぎだろ」
タマが呆れる。
「成長期だからな」
トシオが茶を飲みながら頷く。
「そうか、どんどん成長してくれ」
「じーちゃん甘くね?」
「食うのは大事だ」
ミツコがお茶を注ぎながら笑う。
「いっぱい食べるのは良い事だよぉ」
「ばーちゃんは甘い」
「フィルちゃん分かりやすいからねぇ」
ユキは窓の外を見ていた。
今日は雲一つない晴天だった。
「いい天気だね」
すると。
トシオが不意に言った。
「王都見に行くか」
一瞬、食堂が止まる。
「……え?」
ミーコが顔を上げる。
「散歩だ散歩」
「せっかく戻ってきたんだろ」
タマが少し驚いた顔をする。
「じーちゃんから言うの珍しくね?」
「昨日ずっと中だったしな」
フィルニアが即座に反応した。
「行く!!」
「お前絶対そう言うと思った」
ユキも少し嬉しそうに笑う。
「私も見てみたい」
ベルドは少し考え込む。
「護衛を増やしますか?」
「大袈裟なのはいらん」
トシオが即答する。
「普通に歩きたい」
ヴェルクからも、最低限なら問題ないと許可は出ているらしい。
ただし。
目立つのは避けられない。
そのため。
「変装とかする?」
ユキが聞く。
タマがミーコを見る。
ミーコは首を傾げた。
『無理じゃない?』
「まぁ隠し切れねぇよな」
フィルニアは普通に言った。
「俺様そのままで行く」
「お前隠す気ゼロだろ」
結局。
最低限だけ整え。
比較的簡素な服装で出る事になった。
そして。
数十分後。
一行は王都中央街区へ来ていた。
「うわぁ……」
ユキが思わず声を漏らす。
賑やかだった。
石畳の大通り。
露店。
商店。
行き交う人々。
獣人族だけではない。
鳥人族。
森精族。
少数だが他国種族の姿も見える。
香辛料の匂い。
焼き菓子。
笑い声。
王都は、生きていた。
フィルニアはキョロキョロしていた。
「すげぇなここ」
「帝都と違う?」
ユキが聞く。
「全然違ぇ」
「ヴォルグラードはもっと武骨だぞ」
「飯は?」
「肉は向こう」
「そこ比較基準なんだ」
タマが苦笑する。
その時。
「おぉ!?」
露店のおじさんが目を見開いた。
「もしかして離宮の……!」
一瞬で周囲が反応する。
「えっ」
「本当に!?」
「王女様方!?」
フィルニアが呟く。
「全然隠れてねぇ」
「だから言ったろ」
だが。
昨日の議会と違った。
民衆達の空気はもっと直接的だった。
「お帰りなさいませ!」
「ご無事で良かった!」
「本当に戻ってこられたんですねぇ!」
笑顔。
歓声。
温かな声。
ミーコは少し戸惑う。
すると。
露店のおじさんが慌てて袋を差し出した。
「これ持ってって下さい!」
「今日焼いた串肉です!」
「いや悪い」
タマが止めようとする。
だが。
「祝いです祝い!」
「金なんかいりません!」
フィルニアが即受け取った。
「やった!」
「お前は遠慮しろ」
「祝福は受け取るべきだろ」
「都合良すぎんだよ」
周囲から笑いが起きる。
空気が柔らかい。
その時。
小さな子供がミーコへ近付いてきた。
「ほんとに王女さま?」
真っ直ぐな目だった。
ミーコは少ししゃがむ。
『たぶん』
「たぶん?」
『まだよく分かってないから』
子供はきょとんとした後、笑った。
「へんなの!」
タマが吹き出す。
「遠慮ねぇなぁ」
ミーコも少し笑っていた。
その時。
フィルニアが串肉を食べ始める。
「うま!!」
「お前もう食ってんの!?」
「焼き加減がいい!」
「食レポ始めんな」
露店のおじさんがめちゃくちゃ嬉しそうだった。
「竜人族のお嬢さん豪快だねぇ!」
「俺様だからな!」
「意味分かんねぇ」
その後。
一行は王都をゆっくり歩いた。
市場。
噴水広場。
衣料通り。
魔導具店。
どこへ行っても、人々の反応は温かかった。
ユキは布屋で足を止める。
「綺麗……」
淡い銀糸の布。
王都名産らしい。
店主の女性が目を丸くする。
「えっ」
「ユキ様……!?」
すぐに深々と頭を下げた。
「うちの店をまた見て頂けるなんて……」
ユキが驚く。
「来た事あるんですか?」
「ございますとも!」
「小さい頃、よく王妃様と!」
その言葉に。
ユキの目が少し揺れる。
思い出せない。
でも。
この店の空気は、どこか懐かしかった。
ミツコが柔らかく言う。
「きっと楽しかったんだろうねぇ」
ユキは小さく頷く。
「……うん」
その頃。
「じーちゃん見ろ」
タマが指差していた。
巨大な魚市場だった。
トシオの目が変わる。
「ほぅ」
「反応した」
「完全に漁師の顔」
海霊族らしき商人達も多い。
巨大魚。
干物。
貝。
海産物だらけだった。
トシオは静かに市場へ入っていく。
フィルニアもついていく。
「なんかうまそう!」
「お前全部それだな」
市場の海霊族商人がトシオを見た。
「旦那、見る目あるな」
「いい魚揃ってる」
「分かるか?」
「まぁな」
そこから魚談義が始まった。
「馴染むの早ぇ……」
しかも。
数分後には。
「これ持ってけ!」
「サービスだ!」
大量に魚貰っていた。
「なんでだよ」
「気が合った」
「雑!!」
フィルニアは横で試食していた。
「これうめぇ!」
「嬢ちゃん食いっぷりいいな!」
「だろ!」
完全に市場へ溶け込んでいる。
一方。
ミーコは広場の噴水前に立っていた。
水音。
風。
人々の笑い声。
すると。
ふと。
小さな感覚が蘇る。
ここで遊んだ。
三人で走った。
誰かに怒られた。
曖昧な記憶。
でも。
確かにあった。
『……』
ミーコが静かに噴水へ触れる。
ユキが隣へ来た。
「思い出した?」
『少しだけ』
タマも来る。
「俺もなんか覚えてる」
「ここ走って転んだ気がする」
『タマだけびしょ濡れになってた』
「なんで覚えてんだよそこ!」
ユキが笑う。
「ベルドさんめちゃくちゃ慌ててたよね」
「うわ、思い出した」
三人が自然に笑う。
その時。
少し離れた場所で。
ミツコが静かにその光景を見ていた。
トシオが隣へ来る。
「どうした」
「ううん」
ミツコは優しく笑った。
「良かったなぁって」
王都へ戻る事。
王族として向き合う事。
不安もあった。
でも今。
三人はちゃんと笑えている。
それが嬉しかった。
その時だった。
「おぉぉ!?」
大声。
全員振り返る。
フィルニアだった。
「なんだ今度は」
フィルニアの前には巨大な肉串。
普通の三倍くらいある。
「見ろ!!」
「買ってもらった!!」
「またかよ!」
肉屋のおじさんが豪快に笑っていた。
「気持ちいい食いっぷりだったからなぁ!」
「嬢ちゃん最高!」
「俺様人気者だな!」
「違う意味でな」
だが。
周囲の空気は明るかった。
笑顔。
笑い声。
王都は、彼女達を拒絶していない。
むしろ。
帰還を喜んでいる。
それが。
少しずつ実感へ変わっていった。
夕方。
一行は大量の土産を抱えて離宮へ戻る事になる。
「買い過ぎだろこれ」
タマが呆れる。
「八割フィルだぞ」
「必要経費だ」
「食費だろそれ」
ミーコは小さく笑っていた。
王都。
まだ全部は思い出せない。
でも。
嫌じゃない。
ここは。
ちゃんと、自分達の帰る場所だった。




