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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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148/150

離宮の夜



 夜。


 離宮は静かだった。


 王都中心部から少し離れているせいか、昼間の喧騒も届かない。


 窓の外には夜風。


 庭園には淡い魔導灯が灯り、白い石畳を柔らかく照らしている。


 夕食後。


 一行は広間でゆっくりしていた。


 流石に今日は全員疲れている。


 議会。


 視線。


 会談。


 慣れない空気。


 精神的な消耗が大きかった。


 トシオは椅子へ深く座りながら茶を飲んでいる。


 ミツコはその隣。


 フィルニアはソファへ寝転がっていた。


「……動きたくねぇ」


「お前ずっと元気だったろ」


 タマが呆れる。


「精神的疲労と腹減りは別問題だ」


「なんだその理論」


 ユキは少し笑いながら本をめくっていた。


 離宮書庫から借りてきたらしい。


 ミーコは窓際へ座り、外を眺めている。


 王都の灯。


 夜空。


 まだ現実感は薄い。


 本当に戻ってきたのだと、少しずつ理解している途中だった。


 その時。


 コンコン。


 控えめなノック音が響く。


 ベルドだった。


「失礼致します」


「おぉベルドさん」


 タマが手を上げる。


 ベルドは一礼し、静かに部屋へ入った。


「皆様へお届け物が」


「届け物?」


 ユキが首を傾げる。


 ベルドの後ろには使用人達が並んでいた。


 そして。


 大量だった。


「多くない!?」


 タマが思わず立ち上がる。


 箱。


 花。


 包み。


 籠。


 机へ置き切れない。


 フィルニアも起き上がる。


「なんだこれ」


 ベルドが静かに答えた。


「本日、王都各所から届いた贈り物です」


「皆様の帰還祝いとして」


 一瞬、部屋が静かになる。


 ミーコが目を瞬かせた。


『……全部?』


「はい」


「まだ一部ですが」


「まだあんの!?」


 タマが驚愕する。


 ベルドは頷いた。


「菓子店」


「商会」


「貴族家」


「市民組合」


「様々な方々から」


 ユキが少し困ったように笑う。


「すごいね……」


 フィルニアは既に一つ開けていた。


「お、肉」


「勝手に開けんな」


「食うなとも言われてねぇ」


「今言ったわ」


 ミツコが笑いながら箱を見る。


「綺麗なお花もいっぱいだねぇ」


 その中には手紙も多かった。


 “お帰りなさいませ”


 “ご無事で良かった”


 “王都へ戻ってきて下さりありがとうございます”


 短い言葉ばかり。


 だが。


 そこに悪意は無かった。


 ミーコはそっと一通を読む。


 子供の字だった。


『おうじょさまへ』


『おかえりなさい』


『おうとのおかしおいしいです』


『こんどたべてください』


 ミーコの耳が少し揺れる。


 ユキも横から覗き込み、小さく笑った。


「可愛い……」


 タマは別の箱を開ける。


「なんだこれ」


「木彫り?」


 小さな猫の置物だった。


 かなり不器用な作り。


 でも丁寧だった。


 裏を見る。


『レイシスばんざい』


「雑!!」


 フィルニアが吹き出す。


「なんだそれ!」


「いや嫌いじゃねぇけど!」


 その時。


 ベルドが小さく目を細めていた。


 ミーコが気付く。


『ベルド?』


「……いえ」


「王都の者達も、ずっと待っていたのでしょう」


 静かな声だった。


「皆様が戻られる日を」


 ミーコはもう一度手紙を見る。


 帰る場所。


 それは離宮だけじゃなかった。


 王都そのものが、少しずつ受け入れてくれている。


 そんな感覚があった。


 その時だった。


 フィルニアが別の包みを開ける。


「ん?」


 中から出てきたのは。


 大量の魚干物だった。


 トシオの目が光る。


「ほぅ」


「じーちゃん反応した」


 タマが苦笑する。


 手紙付きだった。


『海路商会より』


『海霊族との交易品です』


『海好きの方へ』


 トシオは干物を持ち上げる。


「いい魚だな」


「分かんのかよ」


「分かる」


 即答だった。


 ミツコも笑っている。


「後で焼こうかぁ」


「焼く」


 フィルニアが即反応する。


「俺様も食う」


「お前肉派だろ」


「魚もうまい」


「欲望に忠実すぎる」


 その頃。


 ユキは別の包みを開いていた。


「わ……」


 綺麗な刺繍布だった。


 淡い白銀色。


 王家紋が小さく入っている。


『レイシス王家侍女会より』


『またお仕え出来る日を願っております』


 ユキの目が少し揺れる。


 まだ会った事もない人達。


 でも。


 待っていてくれた人達。


「……なんか不思議」


 小さく呟く。


「うん?」


 タマが見る。


「私達、いなくなってたのに」


「ちゃんと覚えてくれてるんだなって」


 タマは少し黙り。


 そして笑った。


「そりゃ覚えてるだろ」


「王女様と護衛様だぞ?」


「からかってる?」


「半分くらい」


「半分は?」


「本気」


 ユキが困ったように笑う。


 その時。


 ベルドが静かに口を開いた。


「……レイシス王家は、民から嫌われていた訳ではありません」


 皆が見る。


「むしろ逆です」


「だからこそ、皆様が消えた時……王都は荒れました」


 重い言葉だった。


 ミーコは静かに聞く。


 ベルドは続けた。


「王家を利用しようとする者達」


「混乱に乗じる貴族」


「責任を押し付け合う者」


「様々でした」


「ですが」


 ベルドはミーコ達を見る。


「それでも、待っていた者達は確かにいたのです」


 静かな夜だった。


 でも。


 その言葉は深く残った。


 その時。


 コンコン。


 またノック音。


「まだあんの?」


 タマが驚く。


 入ってきたのは若い使用人だった。


「失礼します!」


「王城側から追加の届け物が……」


「追加!?」


 運ばれてきたのは。


 巨大だった。


「なにこれ」


 フィルニアが目を丸くする。


 布を取る。


 中から現れたのは。


 巨大なぬいぐるみだった。


 白獅子。


 ふわふわ。


 やたら大きい。


 タマが固まる。


「……なんで?」


 手紙が付いていた。


『ライガル家親族一同より』


『タマ様とユキ様へ』


『小さい頃、お二人が取り合っていた物を修復致しました』


 空気が止まる。


 ユキが目を見開いた。


「えっ」


 タマも固まる。


「……これ」


 ユキが近付く。


 ぬいぐるみの耳部分。


 少し縫い目が違う。


「タマが破ったやつ」


「違ぇよ!!」


『タマが噛んでた』


「ミーコまで!?」


 フィルニアが爆笑する。


「何してんだお前!」


「子供の頃だわ!!」


 ユキはぬいぐるみを抱き締めながら、少し笑っていた。


「懐かしい……」


 その表情は。


 今までで一番、幼い頃に近かった。


 ベルドも静かに目を細める。


「……残っていて良かった」


 誰かが捨てずに残していた。


 壊れても。


 時間が経っても。


 ずっと。


 それが妙に嬉しかった。


 その後。


 広間はしばらく賑やかだった。


 菓子を食べ。


 手紙を読み。


 フィルニアが勝手に箱を開け。


 タマが突っ込み。


 ユキが笑い。


 ミツコがお茶を淹れる。


 トシオは干物を真顔で見極めていた。


「これうまいな」


「まだ焼いてねぇぞ」


「分かる」


「何がだよ」


 ミーコはそんな光景を静かに見ていた。


 離宮。


 家族。


 王都。


 昔の記憶。


 まだ全部は戻っていない。


 でも。


 少しずつ繋がってきている。


 そして。


 今、自分の隣にはちゃんと皆がいる。


 それが。


 何より安心できた。


 窓の外では、王都の夜景が静かに瞬いていた。


 その灯はまるで。


 帰ってきた王族達を、優しく見守っているようだった。

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