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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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147/153

王城への道





 議会が終わった頃には。


 外は夕方へ近付いていた。


 白銀議事堂の高窓から、橙色の光が差し込んでいる。


 長時間の会談。


 慣れない空気。


 張り詰めた視線。


 流石に疲労も大きかった。


「……疲れた」


 タマが議場を出た瞬間に呟く。


「肩凝るわこういうの」


「分かる」


 ユキも苦笑していた。


 フィルニアは首を鳴らす。


「俺様、戦場の方が気楽だぞ」


「お前基準にすんな」


 ミーコは静かに廊下を歩いていた。


 まだ少し頭が整理できていない。


 議会。


 貴族。


 王都。


 皆の反応。


 思っていたよりも、ずっと温かかった。


 すると。


 後ろから足音が近付いてきた。


「皆様」


 ヴェルクだった。


 相変わらず落ち着いた表情だが、少し疲れも見える。


「本日はありがとうございました」


 ユキが首を振る。


「こちらこそ」


「思ったより怖くなかったです」


 ヴェルクの口元がわずかに緩む。


「それは恐らく、皆様自身のお人柄でしょう」


「警戒していた方々も、途中から空気が変わっておりました」


 タマが頭を掻く。


「そんなもんかね」


「ええ」


 ヴェルクは少し間を置き、続けた。


「……特に、最後の言葉は大きかった」


 ミーコとユキを見る。


「飾らなかった事が良かったのでしょう」


 ミーコは少しだけ視線を落とす。


 上手く話せた自信は無い。


 でも。


 嘘だけは言いたくなかった。


 その時。


 フィルニアが呟いた。


「腹減った」


「お前はそれしかねぇのか」


「長かっただろ普通に」


 ヴェルクが小さく息を漏らす。


「既に離宮へ夕食の準備を伝えております」


「マジか!」


 フィルニアの顔が一気に明るくなる。


「やった!!」


「現金すぎるだろ」


 だが。


 その空気のおかげか。


 重かった空気が少し和らいだ。


 その時だった。


「お待ち下さい」


 別方向から声がした。


 一行が振り返る。


 数人の貴族達だった。


 年齢は様々。


 老人。


 中年。


 若い者もいる。


 だが先程の議場とは違い、どこか柔らかな雰囲気だった。


 先頭にいた老婦人が静かに頭を下げる。


「突然申し訳ありません」


「少しだけ、お話を」


 ヴェルクが確認するようにミーコ達を見る。


 ミーコは小さく頷いた。


 老婦人は静かに口を開く。


「皆様のお母上には、昔よく助けて頂きました」


 ミーコが顔を上げる。


「貴族同士の争いを嫌う方で……」


「よく、“皆で同じ食卓を囲めば喧嘩は減る”と仰っていたのです」


 ミツコが少し驚いたように笑う。


「なんだか似てるねぇ」


 ユキも小さく頷いた。


 ミーコは黙って聞いている。


 まだ思い出せない。


 でも。


 こうして誰かの言葉を通して聞く母の姿は、少しずつ輪郭を持ち始めていた。


 別の男性貴族が続ける。


「王妃様は、とても民との距離が近い方でした」


「格式より、“皆が笑って食べられる事”を大切にされていた」


 フィルニアがぽつりと言う。


「なんかミツコっぽいな」


「えぇ〜?」


 ミツコが困ったように笑う。


 だが。


 タマも頷いていた。


「確かにちょっと分かる」


 ヴェルクも静かに言う。


「王妃様は、貴族社会では珍しいほど“民”へ近い感覚を持っておられました」


 その言葉に。


 ミーコの胸が少し熱くなる。


 その時。


 一人の若い女性貴族が、おずおずと前へ出た。


「その……」


 かなり緊張している。


「本当に、お帰りなさいませ」


 小さな声だった。


 でも。


 真っ直ぐだった。


 ミーコは少し目を見開く。


 議会ではなく。


 政治でもなく。


 ただ。


 一人の人として言われた気がした。


『……ただいま』


 小さく返す。


 女性は泣きそうな顔で笑った。


 その後。


 貴族達は長居せず去っていった。


 ヴェルクが静かに息を吐く。


「予想以上です」


「何が?」


 タマが聞く。


「ここまで感情を表に出すとは思っておりませんでした」


 宰相として。


 長く政治を見てきた男の言葉だった。


「王都は、それほど皆様を待っていたのでしょう」


 ミーコは静かに窓を見る。


 夕焼けが王都を赤く染めていた。


 すると。


 ガシャン。


 遠くで大きな音がした。


「ん?」


 タマが振り返る。


 廊下奥。


 大量の箱を抱えた使用人が転びかけていた。


 フィルニアが即座に走る。


「危ねぇ!」


 ガシッ。


 全部受け止めた。


 使用人が真っ青になる。


「も、申し訳ありません!!」


「平気平気」


 フィルニアは軽々箱を持ち上げる。


「どこ運ぶんだこれ」


「え、あ、その……倉庫です……」


「案内しろ!」


「えっ!? い、いえそんな恐れ多――」


「いいから行くぞ!」


 そのまま歩いていく。


 タマが苦笑する。


「……なんかフィルも、じーちゃんの行動パターンに似てきてねぇか?」


 ユキが笑ってしまう。


「ちょっと分かる」


 ヴェルクも呆れ半分の顔だった。


「竜人族王女とは思えませんね」


「今更だろ」


 しばらくして。


 戻ってきたフィルニアは何故か大量の焼き菓子を持っていた。


「貰った!」


「何してきたんだお前」


「厨房のおっちゃん達に気に入られた」


「適応力どうなってんだ」


 フィルニアは得意げだった。


「王城の飯もうまそうだったぞ!」


「目的それだろ」


 そのやり取りに。


 周囲の近衛兵達まで少し笑っていた。


 張り詰めていた空気が変わっていく。


 王族。


 だが遠い存在ではない。


 そんな感覚が、少しずつ広がっていた。


 その頃。


 議事堂上階。


 一人の男が窓から下を見ていた。


 黒い外套。


 細い目。


 狐系獣人の男だった。


 その背後へ別の人物が近付く。


「いかがでしたか」


 男は小さく笑った。


「面白い」


「想像していた王族とは随分違う」


 低い声だった。


「……特に、あの現世の二人」


 トシオとミツコ。


 王族ではない。


 だが。


 議場の空気を最も変えていた存在。


 男は静かに目を細める。


「王都が動くな」


 その呟きは。


 夕焼けの中へ静かに消えていった。


 一方その頃。


 一行は帰路についていた。


 王都中央通り。


 夕暮れ。


 人通りはまだ多い。


 だが。


 一行へ向けられる空気は、朝とは少し違っていた。


「……あ」


 通りの子供が気付く。


「王女様だ」


 母親らしき女性が慌てる。


「こら、指差しちゃ駄目でしょ」


「でも……」


 子供は目を輝かせていた。


 ミーコは少し迷い。


 そして。


 小さく手を振った。


 子供の顔が一気に明るくなる。


「うわぁ!!」


 その声に周囲も少し和む。


 ユキが小さく笑った。


「ミーコ、ちゃんと王女様してる」


『してない』


「してるしてる」


 タマも笑う。


 フィルニアは焼き菓子を食べながら歩いていた。


「王都の菓子うめぇ」


「行儀悪ぃぞ」


「歩き食いくらいいいだろ」


「お前議会帰りなんだぞ」


「俺にもとりあえず一個くれ」


「しょうがねぇな!」


 フィルニアが焼き菓子を投げる。


 タマが受け取る。


「うま」


「だろ?」


 その時。


 トシオが静かに空を見る。


 夕焼け。


 王都。


 鐘の音。


 知らない世界。


 だが。


 不思議と嫌じゃなかった。


 ミツコが隣で笑う。


「賑やかだねぇ」


「だな」


 短い返事。


 でも穏やかだった。


 離宮への道は、夕焼け色に染まっている。


 王都はまだ混乱の中にある。


 問題も山ほどある。


 王城内部。


 貴族達。


 王位問題。


 “閉じる者”。


 何も終わっていない。


 それでも。


 今日だけは。


 確かに一つ。


 帰る場所を取り戻せた気がしていた。

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