白銀議事堂
午後。
王都中央区。
白銀議事堂――。
レイシス王国の政治中枢の一つであり、貴族議会が開かれる巨大建築だった。
白い石造り。
高い尖塔。
幾重にも重なるアーチ。
正面階段の左右には獅子像が並び、中央には巨大な王紋が刻まれている。
「でっか……」
フィルニアが素直に呟いた。
離宮から王城方面へ移動してきた一行は、現在議事堂前に立っていた。
周囲には近衛兵。
文官。
貴族関係者。
そして野次馬。
既に“王族帰還”は王都全域へ広がっている。
そのせいか。
一行へ向けられる視線の量が凄まじかった。
ユキが少し緊張したように息を吐く。
「見られてるね……」
「まぁそりゃな」
タマも苦笑する。
失踪した王族。
しかも十数年ぶり。
王都からすれば歴史的事件だ。
ベルドは静かに前へ出る。
「こちらになります」
ヴェルクも近くへ来ていた。
宰相という立場上、今日は案内役も兼ねているらしい。
「議会側には既に説明済みです」
「ただ……」
ヴェルクが少し言葉を選ぶ。
「かなり動揺しております」
「まぁ急だもんな」
タマが肩を竦めた。
フィルニアは周囲を見回しながら呟く。
「なんかピリピリしてんな」
「政治の場ですから」
「俺様あんま好きじゃねぇなこういう空気」
「珍しく同意だわ」
ヴェルクは静かに前を向いたまま言う。
「本日は議会だけでなく、多数の貴族関係者も来ています」
「皆様の帰還は、それほど大きな出来事なのです」
そのまま一行は議事堂内部へ入る。
中は更に広かった。
赤い絨毯。
巨大柱。
高い天井。
壁には歴代王家の肖像画が並んでいる。
ミーコはゆっくり周囲を見る。
知らない。
でも。
どこか懐かしい。
そんな不思議な感覚だった。
すると。
「……アクアリア様?」
後方から声がした。
ミーコが振り返る。
一人の老獣人女性だった。
白髪。
小柄。
だが服装は上質で、貴族階級だと分かる。
彼女は震える目でミーコを見ていた。
「本当に……」
「生きて……」
ミーコは少し戸惑う。
だが。
その女性は次の瞬間、涙を浮かべた。
「良かった……」
「本当に良かった……!」
周囲の空気が変わる。
ヴェルクが静かに説明した。
「マルグリット伯爵夫人です」
「昔、王妃様と交流が深かった方です」
その言葉に。
ミーコの胸が少し揺れる。
母。
まだ記憶は曖昧だ。
だが。
その単語だけで胸の奥が熱くなる。
伯爵夫人は深く頭を下げた。
「ずっと……皆様のご無事を祈っておりました」
ユキの目も少し潤む。
タマは照れ臭そうに頭を掻いた。
「なんかそう言われるとむず痒いな……」
フィルニアは静かに周囲を見ていた。
王都の人間達。
貴族。
文官。
兵士。
皆の反応を。
そこにあったのは。
恐れでも敵意でもなく。
安堵だった。
その時。
遠くから鐘が鳴る。
ヴェルクが静かに言った。
「会議開始の時間です」
空気が切り替わる。
案内された先。
そこは巨大な円形議場だった。
階段状の席。
中央演台。
高窓から差し込む光。
数十名を超える貴族達が既に着席している。
一行が入った瞬間。
ざわめきが広がった。
「まさか……」
「本当に……」
「王女様方が……」
視線。
視線。
視線。
だが以前と違った。
離宮前の民衆達のような温かさだけではない。
探る目。
測る目。
計算する目。
政治の空気だった。
ユキが少し緊張したように指を握る。
タマも表情を引き締める。
フィルニアだけは普通に辺りを見回していた。
「なんかすげぇ数いるな」
「静かにしてろ」
「してるだろ」
「してねぇんだよ」
ヴェルクが中央へ進む。
そして。
低く、よく通る声で告げた。
「本日――」
「失踪されていたレイシス王家血族の帰還を正式報告致します」
議場が揺れる。
ざわめき。
息を呑む音。
誰かが立ち上がりかける。
感情が混ざり合う。
ヴェルクは続けた。
「アクアリア=ヴァル=レイシス殿下」
「並びに護衛血族、ライガル家御息女・御子息」
「帰還確認済み」
静寂。
その後。
一人の老貴族が立ち上がった。
白髭の獣人。
厳格そうな顔。
だが目が震えている。
「……お姿を」
「再び見られる日が来るとは……」
別の女性貴族も目元を押さえていた。
「王妃様にそっくり……」
ミーコは戸惑っていた。
こんな風に迎えられるとは思っていなかった。
もっと。
冷たい場所だと思っていた。
その時。
一人の若い貴族が立ち上がる。
「確認を求めます」
空気が変わる。
その男は冷静だった。
二十代後半。
鋭い狐耳。
貴族特有の整った衣装。
「失礼ながら」
「本当に王家血族本人である保証は?」
議場が静まる。
ユキの表情が少し曇る。
タマが眉を寄せた。
当然だ。
政治の場なら必ず出る。
その疑問は。
だが。
ヴェルクが答える前に。
ベルドが前へ出た。
「私が保証致します」
静かな声だった。
だが。
揺るがない。
「この命に懸けて」
議場が止まる。
ベルドは続けた。
「幼少期よりお仕えしておりました」
「見間違う筈がない」
重かった。
長年離宮を守り続けた男の言葉。
その重みが議場へ落ちる。
若い貴族も押し黙る。
その時。
ミーコが静かに前へ出た。
『……分からない』
全員が見る。
『全部は覚えてない』
『まだ』
正直な言葉だった。
議場が静まる。
『でも』
ミーコは胸元へ触れる。
『ここは覚えてる』
『帰ってきたって』
『そう思った』
派手な演説ではなかった。
上手い言葉でもない。
でも。
その声は不思議と議場へ響いた。
ユキも静かに頷く。
「私達……現世で暮らしていました」
「記憶も力も曖昧なまま」
「でも」
「離宮へ戻ってきて」
「少しずつ思い出してるんです」
タマが苦笑する。
「まぁ正直、まだ混乱してる」
「でも嘘じゃない」
議場の空気が少し変わる。
政治的な計算ではない。
生きて帰ってきた者達の言葉だった。
その時。
「ふむ」
低い声。
奥席に座っていた巨大な獅子系獣人が立ち上がった。
王国軍総将軍――ガイゼル=ラグド。
全員が見る。
圧が違った。
年齢は五十代ほど。
傷だらけの顔。
軍服。
歴戦そのものの雰囲気だった。
「小細工をする者の目ではない」
短く言う。
「儂は信じる」
その一言で。
空気がまた変わる。
軍部側の重鎮なのだろう。
影響力が大きい。
フィルニアが小声で呟く。
「でけぇ……」
すると。
ガイゼルの視線がフィルニアへ向く。
「そちらの竜人族が第二王女か」
「ん?」
「随分自由そうだ」
「俺様だからな!」
即答だった。
議場が止まる。
そして。
何人かが吹き出した。
緊張が一気に崩れる。
ヴェルクが小さく額を押さえた。
「……場が和んだので結果的には良しとしましょう」
「今ため息ついただろ」
「気のせいです」
その後の議論は。
想像していたような厳しい追及ばかりではなかった。
むしろ多かったのは、
帰還確認。
今後の保護。
王城滞在の可否。
そういった現実的な話だった。
ミーコ達はようやく理解し始めていた。
王都は。
敵ばかりではない。
ずっと待っていた人達もいる。
失われたと思っていた居場所は。
まだ消えていなかった。
窓の外では、王都の鐘が静かに鳴っていた。
その音はまるで。
帰還した王族達を、王都そのものが迎えているようだった。




