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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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144/150

離宮の朝



 朝。


 離宮の窓から柔らかな光が差し込んでいた。


 王都の朝は早い。


 遠くから鐘の音が聞こえる。


 市場の準備。


 城門の開閉。


 兵士達の交代。


 王都そのものが少しずつ目を覚ましていく。


 その頃。


 離宮の厨房では既に火が入っていた。


 ことこと。


 鍋が静かに煮えている。


 湯気が立ち上る。


 香草の香り。


 焼きたてのパンの匂い。


 ミツコは木匙でスープを混ぜながら、小さく笑っていた。


「いい香りだねぇ」


 隣ではベルドが無言で野菜を切っている。


 包丁の動きに一切無駄が無い。


 綺麗だった。


 ミツコが感心したように見る。


「ベルドさん、お料理上手なんだねぇ」


「長年やっておりましたので」


「一人で?」


「はい」


「大変だったでしょう?」


 ベルドの手が少しだけ止まる。


 だが。


 すぐ静かに動き始めた。


「……慣れております」


 短い返答だった。


 けれど。


 その声には長い年月が滲んでいた。


 ミツコはそれ以上聞かなかった。


 代わりに。


 ふわりと笑う。


「今日はいっぱい作ろうねぇ」


「皆よく食べるから」


 ベルドの口元がわずかに緩む。


「ええ」


「特に男性陣は」


 その時。


 厨房入口から低い声がした。


「魚あるか」


 トシオだった。


 起きたばかりらしく髪が少し乱れている。


 ミツコが笑う。


「おはよう」


「おはよう」


「朝から魚なの?」


「魚は朝だろ」


 ベルドが静かに答えた。


「焼き魚を用意しております」


「いいな」


 即答だった。


 その直後。


「肉は!?」


 別方向から飛び込んできた声。


 フィルニアだった。


 まだ半分寝ているような顔なのに、肉という単語だけは聞き逃していない。


 タマが後ろから呆れ顔で現れる。


「お前の耳どうなってんだ」


「肉の気配は分かる」


「野生か」


 ユキも眠そうな顔で入ってきた。


「おはようございます……」


 ミーコはその後ろを静かに歩いている。


 ベルドは皆を見回し、小さく頭を下げた。


「おはようございます」


 その声に。


 ユキが少しだけ嬉しそうに笑った。


「なんか懐かしい」


「朝になるとベルドがいたよね」


「はい」


「起床前には既に」


 タマが苦笑する。


「寝てた記憶ないもんなぁ」


「必要ありませんでしたので」


「いやあるだろ必要」


 フィルニアが席へ座る。


「離宮っていうか普通に家だよなここ」


 ミツコが食器を並べながら頷く。


「落ち着くねぇ」


 その時。


 ミーコの視線が窓へ向く。


 庭が見えた。


 朝露。


 揺れる花。


 白い石畳。


 そして。


 庭の隅に、小さな木が見える。


 ミーコが足を止めた。


『……あ』


 ユキも気付く。


「まだ残ってる」


 タマも振り返った。


「あの木か」


 フィルニアが首を傾げる。


「なんだ?」


 ミーコは静かに窓へ近付く。


『昔』


『みんなで植えた木』


「え?」


 フィルニアが少し驚く。


 タマが頭を掻いた。


「確かミーコが拾ってきたんだよな」


「小さい枝みたいなの」


 ユキが懐かしそうに笑う。


「タマが踏みそうになって大騒ぎして」


「してねぇよ!」


『してた』


「ミーコまで!?」


 ベルドが静かに口を開いた。


「毎日水をやっておられました」


 ミーコは窓越しに木を見る。


 今では立派に育っていた。


 細かった枝は太くなり。


 葉を広げ。


 しっかり根付いている。


 その姿に。


 胸の奥が少し熱くなった。


 失われた訳じゃなかった。


 ちゃんと残っている。


 時間も。


 場所も。


 思い出も。


 その時だった。


 ぐぅぅぅ。


 盛大な音。


 全員の視線が止まる。


 フィルニアだった。


「…………」


 無言。


 タマが吹き出した。


「感動ぶち壊しだろ!!」


「し、仕方ねぇだろ腹減ったんだから!!」


 ミツコが笑いを堪えている。


 ベルドも少しだけ視線を逸らしていた。


 朝食が始まった。


 焼き魚。


 卵料理。


 野菜のスープ。


 焼きたてのパン。


 香草焼きの肉。


 かなり豪華だった。


 フィルニアの目が輝く。


「肉!!」


 トシオは既に魚を食べ始めている。


 ユキが苦笑する。


「本当に好きだね」


「うまい」


 ミーコも小さく笑った。


 離宮の朝。


 穏やかだった。


 食事中。


 ベルドが静かに口を開く。


「本日ですが」


 空気が少し変わる。


「昼頃、本城より使者が参ります」


 タマがパンを齧りながら言う。


「やっぱ来るかぁ」


「当然でしょうね」


 ユキの表情も少し引き締まる。


 ミーコは黙って聞いていた。


 避けられない。


 王族として戻った以上。


 必ず向き合わなければならない。


 王城。


 貴族。


 権力。


 過去。


 そして――今の王都。


 フィルニアは肉を食べながら言った。


「面倒そうなら俺様が追い返すぞ」


「やめろ」


 タマが即止める。


「なんでだよ」


「問題増やすな」


 トシオが静かに魚を食べながら呟く。


「嫌なら断ればいい」


「じーちゃんは簡単に言うなぁ……」


 だが。


 その言葉に。


 ミーコの肩から少し力が抜けた。


 無理に背負わなくていい。


 そう言われた気がした。


 食事が終わる頃。


 外は完全に朝になっていた。


 王都の喧騒も大きくなっている。


 すると。


 離宮の外から慌ただしい足音が聞こえた。


 ベルドが視線を向ける。


 次の瞬間。


 使用人の一人が慌てて入ってきた。


「ベルド様!」


「どうされました」


「その……離宮前に……」


 珍しく言葉が詰まっていた。


「大量です」


「何がです?」


「人です」


 全員が止まる。


「……は?」


 タマが聞き返した。


 使用人は困惑した顔のまま続ける。


「王都の方々が……」


「皆様のご帰還を聞きつけて集まっております」


 ミーコ達が顔を見合わせる。


 フィルニアが首を傾げた。


「なんで?」


「恐らく……」


 ベルドが静かに息を吐く。


「皆様へ、直接“お帰りなさい”を伝えたいのでしょう」


 離宮の空気が変わる。


 王族帰還。


 それは既に。


 王都全体へ広がっている。


 ユキが少し不安そうに窓を見る。


「そんなに……?」


「王族失踪は王都にとって長年の傷でした」


 ベルドの声は静かだった。


「特に民衆側には、“生存説”がずっと残っておりましたので」


 ミーコは小さく目を伏せる。


 知らなかった。


 皆、忘れていた訳ではない。


 タマが立ち上がる。


「見に行くか?」


 少し悩む空気。


 すると。


 ミツコが優しく言った。


「無理しなくていいよぉ」


「怖かったら出なくても大丈夫」


 その言葉に。


 ミーコは少しだけ考えた。


 怖い。


 でも。


 逃げたくない。


 ここは、自分達の帰る場所だから。


 ミーコは静かに頷いた。


『行く』


 ユキも頷く。


「うん」


 タマが笑う。


「じゃ、行くか」


 フィルニアも立ち上がる。


「面白そうだしな!」


「遊び行く訳じゃねぇぞ」


 そのまま。


 一行は離宮入口へ向かった。


 扉が開く。


 そして――


「……!」


 ミーコが目を見開く。


 人。


 人。


 人。


 離宮前の広場に。


 大勢の王都民が集まっていた。


 老若男女。


 商人。


 子供。


 兵士。


 貴族らしき者までいる。


 ざわめきが広がる。


「本当に……」


「王女様……」


「生きて……」


「帰って……」


 驚き。


 涙。


 安堵。


 様々な感情が混ざっていた。


 ミーコは少し息を呑む。


 その時。


 小さな子供が前へ出てきた。


 花を持っていた。


 緊張しながら。


 一歩ずつ近付く。


 そして。


「おかえりなさい……!」


 ミーコへ花を差し出した。


 一瞬。


 時間が止まった気がした。


 ミーコは静かに花を受け取る。


『……ただいま』


 小さく。


 でも確かに答えた。


 その瞬間。


 歓声が広がった。


 離宮前が一気に明るくなる。


 ユキが少し涙ぐんでいる。


 タマも驚いたように周囲を見ていた。


 フィルニアがぽかんと呟く。


「すげぇ歓迎だな……」


 ベルドは静かに目を閉じていた。


 長かった。


 本当に。


 長かったのだ。


 王都は。


 ずっと待っていた。


 その事実が。


 離宮の朝へ、静かに広がっていた。

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