竜人の砦…
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
飛竜が、
静かに鼻を鳴らす。
巨大な頭を、
トシオへ擦り付けたまま、
すっかり大人しくなっていた。
竜人兵たちは、
未だ呆然としている。
瘴気汚染を受けた飛竜は、
通常なら処分するしかない。
正気へ戻る事例など、
歴史上存在しなかった。
だが。
トシオは普通に、
飛竜の顎をぽりぽり掻いている。
「犬っころみたいじゃのぉ」
「犬扱いするなよじーちゃん」
タマが苦笑しながらツッコむ。
飛竜は少し不満そうに鼻を鳴らした。
「わ、分かってるのこれ?」
「賢いんじゃろ」
「いや絶対普通じゃないって……」
タマが困惑する横で、
カリヴァは乾いた笑みを浮かべた。
「あはは……」
もう何を驚けばいいのか、
分からなくなっていた。
その時。
グランヴェルが、
静かに槍を持ち直す。
「……国境砦まで同行願いたい」
低い声。
だが敵意は無かった。
カリヴァも頷く。
「ガルディアなら安全です」
ミーコは、
少しだけトシオを見る。
トシオは飛竜を撫でたまま、
ぼそりと呟いた。
「飯あるか?」
「あります」
「行く」
「そこ即決なんだ……」
タマが呆れたように笑う。
ミツコは、
そんなやり取りを見ながら、
買い物かごを抱え直した。
「お野菜あると嬉しいねぇ」
グランヴェルが、
僅かに口元を緩める。
「……変わった人族だ」
その言葉へ、
ミーコは小さく頷いた。
どこか誇らしげだった。
──数時間後。
巨大な岩山が見えてくる。
黒鉄の城壁。
無数の見張り塔。
飛竜用の巨大滑走路。
山へ食い込むように築かれた要塞。
ヴォルグラード帝国国境砦、
《ガルディア》。
空気そのものが強かった。
戦うための街。
それが一目で分かる。
「うおぉ……」
タマが目を輝かせる。
「でっか!!」
ユキは少し怯えながら、
ミツコの袖を掴んでいた。
その時だった。
「グランヴェル守護将閣下だ!!」
門の上から声が響く。
砦が一気に慌ただしくなる。
兵士たちが整列。
巨大門が開いた。
重々しい音が響く。
だが。
空気が変わったのは、
トシオが中へ入った瞬間だった。
ざわ……
兵士たちがざわめく。
視線。
困惑。
そして。
砦内にいた飛竜たちが、
一斉に頭を下げた。
沈黙。
グランヴェルが目を細める。
「……やはりか」
カリヴァは遠い目をした。
「あはは……
もう隠せる段階じゃないですねこれ……」
トシオ本人だけ、
まるで気づいていない。
「懐かれとるのぉ」
「普通そうはならないよぉ……」
タマが半笑いで呟いた。
その時。
上空から、
一頭の小型飛竜が急降下してきた。
ドォォン!!
土煙。
そこへ飛び降りてきたのは、
小柄な少女だった。
銀髪。
赤い小さな角。
吊り気味の赤眼。
腰には大剣。
そして何より、
目がめちゃくちゃ悪ガキだった。
「叔父貴っ!!
暴れ竜鎮圧って聞いたぞ!!」
周囲の兵士たちが青ざめる。
「フィ、フィルニア様!?」
「第二王女!?」
少女――
フィルニア=ドラグニルは、
そんな空気をまるで気にしない。
ずかずか歩きながら、
真っ直ぐトシオを見る。
「お前が人族か!?」
「そうらしい」
「俺様と勝負しろ!!」
沈黙。
カリヴァが顔を覆う。
ミーコが呆然。
ユキは少し怯えている。
タマだけが、
「あー始まった……」
みたいな顔をしていた。
その時。
ミツコが、
にこにこしながら口を開く。
「ご飯できとるよぉ」
フィルニアの動きが止まる。
「……ご飯?」
「豚汁」
「…………」
そして次の瞬間。
「先に飯だ!!!」
タマが吹き出した。
カリヴァが肩を震わせる。
グランヴェルは、
深くため息をついた。




