西区画の古書店
リュナと別れた後。
一行は朝市を抜け、西区画へ向かっていた。
グレイヴェルは広い。
中央区。
商業区。
水路区。
工房区。
避難区。
階層みたいに街が分かれている。
西区画は、その中でも古い地区だった。
石畳は擦り減っている。
建物も古い。
歴史が残っていた。
「なんか落ち着くな」
タマが周囲を見る。
派手な露店は少ない。
代わりに。
古道具屋。
書店。
薬屋。
工芸店。
年季の入った店が並んでいる。
ユキは少しだけ表情が柔らかかった。
「……静か」
フィルニアは周囲を見回していた。
「ここ飯屋少ねぇな」
ミーコが呆れた目になる。
『結局そこなの?』
「大事だろ」
「生きる基本だぞ」
トシオが普通に頷いた。
「食えなくなるのが一番困る」
「じーちゃんは説得力あんだよなぁ……」
フィルニアが苦笑する。
その時。
シェリスが一軒の店を見上げた。
「ここです」
看板には、
【旧王都史料書庫・ベルン古書店】
と書かれていた。
かなり古い店だ。
窓硝子も少し曇っている。
ミーコの耳が動く。
『ここって……』
「昔からあります」
シェリスが頷いた。
「王都系史料が多い店です」
タマが眉をひそめた。
「こんな辺境に?」
「だからこそ、です」
シェリスは静かに言う。
「王都側が処分した資料が、西へ流れる事も多い」
ミーコは扉を見る。
古い木扉。
昔、来たことがある気がした。
カラン……
扉が開く。
「いらっしゃいませ」
出てきたのは、小柄な猫獣人だった。
丸眼鏡。
白髭。
細い体。
だが。
目だけは鋭い。
店主は一行を見る。
そして。
ミーコ達を見た瞬間。
ほんの少しだけ、動きが止まった。
すぐに穏やかな笑みへ戻る。
「旅のお方かな?」
シェリスが前へ出る。
「少し資料を探していまして」
「構いませんよ」
店主は静かに店内へ招いた。
中は本だらけだった。
「うわ……」
フィルニアが思わず声を漏らす。
棚。
棚。
棚。
紙の匂い。
古い革表紙。
巻物。
地図。
王国史料。
かなり貴重な物まである。
ユキが静かに本棚を見る。
「……すごい」
タマは天井近くまで積まれた本を見上げた。
「崩れてきそうだなこれ」
「お気を付けください」
店主が笑顔で言った。
ミーコはゆっくり店内を見回していた。
懐かしい。
そんな感覚がある。
その時。
店主が静かに聞いた。
「……レイシスの方ですかな?」
空気が変わる。
シェリスの目が細くなる。
店主は穏やかなままだった。
「耳の動き方と、歩き方で分かります」
タマが小声で呟く。
「怖ぇなこの店主」
店主は笑った。
「長く見ておりますので」
ミーコは少しだけ前へ出る。
『……王都史料を探してるの』
「ほぅ」
『最近のレイシスについて知りたい』
店主はしばらく黙っていた。
やがて。
静かに頷く。
「なら、奥へ」
店の奥。
一般区画とは別室になっていた。
机。
古地図。
王国記録。
かなり機密寄りだ。
フィルニアが小声になる。
「急にヤバそう」
タマも頷く。
「裏情報部屋感ある」
店主は椅子へ座る。
「まず確認したい」
「皆さんは、今の王都をどこまで知っていますかな?」
ミーコ達は視線を合わせる。
正直。
ほとんど知らない。
リュナから聞いた程度だ。
シェリスが答える。
「西部不安定化」
「物流悪化」
「貴族派拡大」
「侵食被害増加」
「そこまでは」
店主は静かに頷く。
「では足りませんな」
店主は古地図を広げた。
現在のレイシス。
広い。
そして。
各地へ赤印が付いていた。
フィルニアが顔をしかめる。
「なんだこれ」
「境界異常発生域です」
店主が淡々と言う。
「増えています」
タマの顔付きが変わる。
「こんなにか」
「えぇ」
店主は続ける。
「問題は二つ」
「侵食」
「そして政治です」
ミーコが地図を見る。
『……西部多いわね』
「西側は元々、独立色が強い」
「王都不信も根深い」
「そこへ侵食被害が重なった」
店主は指で西部圏をなぞる。
「今、西部貴族達は“王都は守ってくれない”という空気を広げています」
ユキが小さく呟く。
「……崩れそう」
「既に崩れ始めています」
店主の声は静かだった。
トシオは腕を組む。
「王は何してる」
店主の目が細くなる。
「難しい質問ですな」
ミーコ達の空気が少し変わる。
店主は続けた。
「今の王都は、“動けない”」
「内部対立が深すぎる」
「下手に兵を動かせば、別勢力が暴れる」
「結果、後手へ回る」
タマが舌打ちする。
「最悪じゃねぇか」
「えぇ」
店主は静かに頷いた。
フィルニアが腕を組む。
「なんかよ」
「侵食だけじゃなくて、人間側もグチャグチャだな」
「その通りです」
店主は苦く笑った。
「だから今のレイシスは弱っている」
ミーコは静かに地図を見つめる。
故郷。
広い国。
だが。
今はあちこちへ亀裂が入っている。
その時だった。
店主が、ふと三人を見る。
「……ですが」
「少し安心しました」
『え?』
「貴方達は、まだ同じ目をしている」
静かだった。
ミーコ達は黙る。
店主は小さく笑う。
「昔のレイシス王族は、“民”を見る目をしていました」
「今の貴族達は、“立場と利益”しか見ていない」
空気が止まる。
フィルニアが小声で聞く。
「この店主絶対気付いてるよな」
「だろうな」
タマも苦笑する。
だが。
店主は、それ以上踏み込まなかった。
ただ。
静かに茶を差し出す。
「急ぐ必要はありません」
「壊れた国は、一日では戻らない」
ミツコが湯気を見ながら呟く。
「そうだねぇ」
店主は頷く。
「だからこそ」
「戻そうとする者が必要です」
ミーコはうつむく。
湯気が静かに揺れていた。
グレイヴェル。
この街で見聞きした事で。
今のレイシスが、どれほど危うい場所に立っているのかが見えてきた。
侵食。
分断。
不信。
疲弊。
ミーコは静かに拳を握る。
まずは――
王都へ戻らなければならない。
レイシスの王族として。
王女として。
自分達が果たすべき責任のために。




