水路街の夜
その日の夜。
一行は西区画から宿へ戻る途中、水路街を歩いていた。
昼間とは空気が違う。
グレイヴェルの夜は静かだった。
石橋。
細い水路。
灯火。
水面へ映る橙色の明かり。
遠くでは酒場の笑い声も聞こえる。
だが。
昼間みたいな喧騒は無い。
代わりに。
疲れた人達の生活音があった。
「夜の方が落ち着くな」
タマが伸びをする。
フィルニアも頷いた。
「昼うるさすぎんだよ」
ユキは水面を見ていた。
「……きれい」
細い水路を水が流れていく。
澄んではいない。
けれど。
街を支えている水だった。
その時。
ミツコが立ち止まる。
「あら」
視線の先。
水路脇で、小さな子供達が座り込んでいた。
三人。
獣人の子供達だ。
服はかなり古い。
避難民だろう。
タマが小声になる。
「……飯無い感じか」
子供達は水を飲んでいた。
腹を誤魔化している。
フィルニアが眉をひそめた。
「うわぁ……」
次の瞬間。
トシオはそのまま子供達の方へ向かった。
ミーコが察した。
『あ、ダメだこれ』
止まらない時のじーちゃんだった。
トシオは子供達の前へしゃがみ込む。
「腹減ってるか」
直球だった。
子供達が警戒する。
だが。
トシオは気にしない。
「ミツコ」
「はいはい」
ミツコは“買い物籠”から包みを取り出した。
まだ温かい。
昼に買ったパンだった。
しかも大量。
タマが目を丸くする。
「そんな入ってたのかよ」
「便利だねぇ」
ミツコは笑いながら子供達へ渡した。
「食べな」
最初。
子供達は戸惑っていた。
だが。
一番小さい子が受け取る。
次の瞬間。
「うまっ……!」
夢中で食べ始めた。
他の子も慌てて続く。
フィルニアが小声で呟く。
「めっちゃ腹減ってたな……」
ミーコは周囲を見る。
似たような子供が多い。
水路脇。
橋下。
路地。
この街は大きい。
だから隠れやすい。
苦しい人間も。
見えにくくなる。
その時だった。
「こら!!」
怒鳴り声。
兵士だった。
若い犬獣人兵。
かなり疲れた顔をしている。
「また勝手に座り込んで!!」
子供達がビクリと震える。
だが。
兵士は途中で止まった。
トシオ達に気付いたからだ。
「あ……」
気まずそうだった。
「いや、その……」
兵士は頭を掻く。
「追い払えって言われてるんだ」
「水路区に避難民増えすぎてて」
声に余裕が無い。
彼も限界なのだ。
フィルニアが小声になる。
「怒鳴る元気も無さそう」
兵士は申し訳なさそうに子供達を見る。
「悪い」
「でも今日は見回り厳しいんだ」
子供達は怯えながら立ち上がる。
その時。
トシオが聞いた。
「寝る場所は」
「……橋下です」
一番年上の子が答えた。
ミツコの表情が曇る。
タマも嫌そうな顔をした。
「うわぁ……」
シェリスが静かに兵士を見る。
「保護区画は?」
「もう満員です」
即答だった。
兵士は疲れ切っている。
「西側避難民が増えすぎてる」
「食料も足りない」
「寝床も無い」
トシオはしばらく黙っていた。
やがて。
「働ける場所は」
「え?」
「人手足りないんだろ」
兵士が目を瞬かせる。
「そりゃ足りませんけど……」
トシオは水路を見る。
石積み。
補修跡。
崩れ。
「ここも傷んでる」
「直す人間足りてねぇな」
兵士が固まる。
「……分かるんですか?」
「見りゃな」
意味が分からない。
フィルニアが笑う。
「また始まった」
タマも苦笑する。
「じーちゃんの職人モード」
トシオは続ける。
「避難民使え」
「飯出せば動く」
兵士はハッとした顔になる。
「でも許可が……」
「上が止める」
苦い顔だった。
シェリスが静かに呟く。
「責任問題ですね」
「えぇ……」
兵士はうつむく。
「今の上は、失敗を嫌がる」
「だから何も決まらない」
ミーコは静かに目を閉じた。
昼間の話と同じだった。
立場。
利益。
責任逃れ。
その間にも。
困る人は増えていく。
その時だった。
橋の向こうから、年配女性が歩いてくる。
「あら?」
兵士が振り返る。
「マルダさん」
女性は子供達を見る。
そして。
状況を察したらしい。
「また橋下組かい」
慣れていた。
女性はため息を吐く。
「うち来な」
「部屋余ってる」
子供達が目を見開く。
「え……」
「ほら」
「風邪引かれる方が嫌だよ」
兵士が驚く。
「マルダさん、でももう前も――」
「狭くても死ぬよりマシだろ」
強かった。
フィルニアが少し笑う。
「かっけぇ」
ミツコも優しく笑う。
「優しい人だねぇ」
女性は肩を竦めた。
「皆ギリギリなんだよ」
「だから助け合わなきゃ終わる」
その言葉に。
ミーコは静かに目を伏せる。
昔のレイシスも、こういう国だった。
強い人ばかりじゃない。
優しい人が支えていた。
だから。
まだ終わっていない。
その時。
マルダがトシオ達を見る。
「あんたら旅人かい?」
「あぁ」
「変わってるねぇ」
「普通、こんな面倒事に首突っ込まないよ」
トシオは答えた。
「放っとけねぇだけだ」
マルダは少し笑った。
「そういう人間、最近減ったんだ」
水路を風が抜ける。
冷たい夜風。
だが。
どこか優しい空気もあった。
子供達は、マルダと一緒に橋向こうへ歩いていく。
その背中を見送りながら。
タマがぽつりと呟く。
「……これ、結構ヤバいよな」
『えぇ』
ミーコも静かに頷く。
フィルニアが腕を組む。
「王都戻る前に、出来る事やっとくか?」
その時。
ミツコが小さく笑った。
「そういえばねぇ」
全員が振り返る。
ミツコは“買い物籠”を軽く持ち上げた。
「ドワーフさん達から、いっぱい貰ってたねぇ」
空気が止まる。
次の瞬間。
タマが目を見開いた。
「あ」
フィルニアも固まる。
「そういや大量に積まれてたな……」
燻製肉。
干し魚。
保存麦。
根菜。
香草。
樽スープ。
チーズ。
果物。
鍛冶街でもらった大量食材。
全部。
まだ買い物籠へ入っている。
しかも。
ミツコの買い物籠は見た目と違い、とんでもない量が入る。
ユキが小さく呟く。
「……炊き出し」
ミツコが頷いた。
「せっかくだしねぇ」
トシオも言う。
「鍋作るか」
タマがニヤリと笑う。
「デカいのやろうぜ」
フィルニアも乗ってきた。
「俺様、肉切る!!」
『アンタ絶対つまみ食いするでしょ』
「する」
「即答かよ」
少しだけ笑いが広がる。
だが。
その空気は悪くなかった。
大それた改革じゃない。
世界を救う話でもない。
けれど。
腹が減ってる人へ飯を配る。
寒い人へ温かい物を渡す。
まずはそこから。
レイシスを。
少しずつでも。
希望を持てる国へ戻していくために。




