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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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128/150

灰街の朝市



 翌朝。


 グレイヴェルの街は、日の出前から動き始めていた。


ゴ ン……


ゴ ン……


 遠くで鐘が鳴る。


 まだ薄暗い空。


 石畳には昨夜の雨が少し残っていた。


 宿の窓から外を見下ろしながら、ミーコは静かに息を吐く。


『……早いわね』


 通りには既に人が多かった。


 荷車。


 商人。


 兵士。


 水運び。


 市場準備。


 避難民達まで動いている。


 この街は、止まれない。


 止まったら回らなくなる。


 そんな切迫感があった。


 その時。


「腹減った」


 後ろからタマの声がした。


 朝だった。


『起きて最初がそれ?』


「大事だろ」


 フィルニアも毛布から顔を出す。


「俺様も腹減った」


 ユキがぽつり。


「……通常運転」


 ミツコがクスクス笑う。


「朝ご飯食べに行こうかねぇ」


 その一言で空気が動く。


 数十分後。


 一行は朝市通りへ出ていた。


 グレイヴェル名物、西部朝市。


 巨大だった。


「うわぁ……」


 フィルニアが素直に声を漏らす。


 肉串。


 焼き魚。


 香草スープ。


 果物。


 干し肉。


 雑貨。


 鍛冶道具。


 薬草。


 人の熱気と匂いが混ざり合っている。


 タマは既に屋台を見回していた。


「絶対うまい店ある」


『まず落ち着きなさい』


「無理」


 即答だった。


 トシオは市場中央を見る。


 魚市場がある。


 かなり大規模。


 ミツコが苦笑する。


「見つけたねぇ」


「魚は大事だろ」


 シェリスが静かに言った。


「分かりやすいですね」


 ユキが小さく頷く。


「……目変わってた」


 トシオ本人は否定しない。


 その時だった。


「焼き立てぇ!!」


「西部鹿串だ!!」


 フィルニアの耳がピクリと動く。


「串!!」


 タマも反応した。


「肉!!」


 次の瞬間。


 二人同時に走り出した。


『ちょっ――』


 止める前に消えた。


 ミーコが呆れた顔になる。


『速いのよ……』


 ユキが静かに指差す。


「……あそこ」


 既に屋台前で揉めていた。


「俺様こっち!!」


「いや俺こっち!!」


「同じだろ!!」


「違う!!」


 店主が爆笑している。


 その間。


 シェリスは周囲を観察していた。


 兵士配置。


 監視位置。


 流通状況。


 かなり細かく見ている。


 ミーコが小声で聞く。


『どう?』


「……良くありませんね」


 シェリスは市場全体を見る。


「物資量は多い」


「ですが偏っています」


「西部貴族側が流通管理をかなり握っているようです」


 タマとフィルニアが肉串を抱えて戻ってきた。


「うまっ!!」


「これヤバ!!」


 話聞いてない。


 ミーコが呆れる。


『少しは緊張感持ちなさい』


「持ってるぞ」


「飯は別」


「別問題」


 ユキが小さく息を吐く。


「……いつもの」


 だが。


 その空気に救われている部分もあった。


 今のレイシスは重い。


 張り詰めている。


 だからこそ。


 この騒がしさが、妙に安心感を生む。


 その時だった。


「おい聞いたか?」


「南側また封鎖だってよ」


 近くの商人達の会話が耳へ入る。


 シェリスの目が細くなる。


「南?」


「王都方面か?」


「いや違う」


「旧鉱山区画だ」


 タマが反応した。


「侵食か?」


「らしい」


 商人は嫌そうな顔をした。


「最近ほんと多いぞ」


「昨日も巡回隊戻ってねぇって話だ」


 空気が少しだけ重くなる。


 フィルニアが肉串を齧りながら呟く。


「どこ行ってもそれだな」


 ミーコは市場を見る。


 皆、普通に暮らしている。


 笑っている人もいる。


 商売している人もいる。


 だが。


 その裏側で、少しずつ世界が削れている。


 そんな感覚があった。


 その時。


「……アクアリア様?」


 突然、声がした。


 全員の空気が変わる。


 三人同時に振り返る。


 そこにいたのは、一人の狐獣人女性だった。


 旅装束姿。


 二十代後半くらい。


 そして。


 三人の顔を見て、完全に固まっていた。


「……やっぱり」


 タマが目を見開く。


「え、リュナ!?」


 ユキも驚いていた。


「……うそ」


 女性の目に涙が浮かぶ。


「グラディオ様……」


「セレフィーナ様まで……」


 ミーコは静かに相手を見る。


 数秒後。


『……リュナ』


 その瞬間。


 リュナが泣きそうな顔で笑った。


「本当に生きてた……!」


 次の瞬間。


 ミーコへ飛び付いた。


『ちょっ――』


「死んだって聞かされてたのよ!?」


 ミーコは完全に固まっている。


 どう反応していいか分からないらしい。


 フィルニアが小声でタマへ聞く。


「誰?」


「っか、アクアリア? グラディオ? セレフィーナ?」


「え??」


「誰だよそれ!?」


 完全に混乱していた。


 タマが苦笑する。


「俺達の本名」


「は?」


 フィルニアが固まる。


 次の瞬間。


「待て待て待て!!」


「急に情報量多すぎんだろ!!」


 ユキがぽつり。


「……今さら」


「今さらじゃねぇよ!?」


 その横で。


 ミツコも目を丸くしていた。


「えぇ?」


「本名あったのかい?」


『いやあるわよ!?』


 ミーコが思わず突っ込む。


 トシオも腕を組む。


「初耳だな」


「じーちゃんまで!?」


 タマが吹き出した。


 フィルニアがまだ混乱している。


「待て!!」


「ミーコ王族なのは知ってた!!」


「でもお前らもそっち側なの!?」


 タマが肩を竦める。


「護衛血族側」


「まぁ幼馴染だな」


 フィルニアが呆然と三人を見る。


「……マジかぁ」


 その横で。


 リュナが涙を拭う。


「本当に……戻ってきたんですね」


 ユキが静かに頷く。


「……うん」


 だが。


 リュナの表情は途中で曇った。


「でも、ここで会うのは危ないです」


 シェリスの目が細くなる。


「……どういう意味です?」


 リュナは周囲を警戒する。


 市場。


 兵士。


 監視塔。


 そして。


 小さな声で言った。


「今のグレイヴェル、王族の話は危険なんです」


 空気が変わる。


 ミーコ達も真顔になる。


 リュナは続けた。


「西部側がかなり強くなってる」


「王都への不信も広がってる」


「今、誰がどっち側か分からない」


 タマが腕を組む。


「……やっぱ相当ヤバいな」


「えぇ」


 リュナは小さく頷いた。


「だから」


「絶対に軽々しく正体を出さないでください」


 市場の喧騒は続いている。


 笑い声もある。


 商売声もある。


 けれど。


 その裏側では、確実に何かが軋み始めていた。


 レイシス王国。


 それは今、静かに崩れかけている国だった。

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