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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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121/150

鍛冶街の朝



 カン……


 カン……


 カン……


 鍛冶音が朝の街へ静かに響いていた。


 昨日まで黒煙鉱路を覆っていた侵食霧は消えている。


 崩落した坑道では、朝早くからドワーフ達が復旧作業を始めていた。


 折れた支柱。


 砕けた搬送車。


 歪んだレール。


 被害は大きい。


 だが。


 街の空気に絶望は無かった。


「持ち上げろぉ!!」


「そっち傾いてんぞ!」


「酒樽どこやった!!」


「朝から飲むな!!」


 うるさい。


 実にドワーフだった。


 宿の窓から外を眺めていたミツコが、柔らかく笑う。


「みんな元気だねぇ」


 ユキはまだ少し眠そうだった。


「……ねむい」


 その横では、タマが机へ突っ伏している。


「腕いてぇ……」


 フィルニアが即座に笑った。


「だっせぇ!!」


「お前昨日めちゃくちゃ吹っ飛ばされてただろ!」


「俺様はピンピンしてるけど?」


「竜人ズルくねぇ!?」


 朝から騒がしい。


 ミーコは呆れたようにため息を吐いた。


『あなた達、本当に昨日死にかけた自覚あるの?』


「あるぞ」


 トシオが普通に答える。


 しかも肉を食いながら。


 焼き肉。


 黒パン。


 大量のスープ。


 朝から凄まじい量だった。


 フィルニアが椅子へ逆向きに座る。


「で?」


「結局なんだったんだよ、アレ」


 空気が少し静かになる。


 ミーコはしばらく黙っていた。


 やがて静かに口を開く。


『……境喰は、本来こんな場所へ現れる存在じゃない』


 ユキが聞き返す。


「そんなに危ないの?」


『危険なんて言葉じゃ足りない』


 ミーコの瞳は真剣だった。


『あれは“境界”を侵す災厄』


『普通の侵食滓とは格が違う』


 バルドが腕を組む。


「つまり鉱山の下に、何かあったってことか」


『境界亀裂』


 ミーコが頷いた。


『かなり古いものだった』


『昔から地下に眠っていたんだと思う』


 タマが顔を上げる。


「なんで急に動き出したんだ?」


 ミーコは少し考え込む。


『……侵食が広がってる』


『世界全体で』


 静まり返る。


 遠くの鍛冶音だけが響いていた。


 フィルニアが椅子を揺らした。


「閉じる者、とか言ってたっけ」


『ええ』


『境喰は、その侵食側の存在』


 バルドが低く唸る。


「笑えねぇな」


 その時だった。


バ ァ ン!!!


 宿の扉が勢いよく開く。


「親方ぁぁぁ!!」


 若いドワーフが飛び込んできた。


 全員が振り向く。


「どうした」


「黒煙鉱路の最下層、開きました!!」


 空気が変わる。


 バルドが立ち上がった。


「……下層?」


「崩落した壁の奥です!」


「なんか遺跡みてぇなのがあります!!」


 ミーコの耳がピクリと動く。


 フィルニアとタマが顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


「面白そうじゃん」


『絶対ロクでもない』


「でも行くだろ?」


『……行く』


 即答だった。


 トシオがスープを飲み干す。


「じゃあ飯食ったら向かうか」


 ミツコが苦笑する。


「相変わらず肝が据わってるねぇ」


 数十分後。


 一行は再び黒煙鉱路へ向かっていた。


 昨日の戦闘跡が生々しく残っている。


 砕けた岩壁。


 焼け焦げた地面。


 鉄骸巨兵の残骸。


 だが。


 侵食霧は完全に消えていた。


 代わりに、坑道の奥から冷たい風が吹いている。


 バルドが先頭を歩く。


「昨日の崩落で壁が抜けた」


「今まで埋まってた空洞だ」


 フィルニアが周囲を見回した。


「古代遺跡ってやつ?」


「多分な」


 やがて。


 一行は巨大な縦穴へ辿り着く。


 底が見えない。


 遥か下まで続いていた。


 ドワーフ達が仮設昇降機を設置している。


「落ちんなよー!!」


「落ちたら潰れるぞー!!」


 タマが顔を引きつらせた。


「信用できねぇ……」


「……冗談だ」


「絶対嘘だろ!?」


 フィルニアが爆笑する。


 結局、一行は巨大な籠型昇降機へ乗り込んだ。


ギ ギ ギ……


 鎖が軋む。


 ゆっくり下降が始まった。


 空気が変わっていく。


 冷たい。


 静か。


 まるで地下ではなく、別世界へ降りているみたいだった。


 ユキが小さく呟く。


「……変な感じ」


 ミーコも周囲を見ていた。


『魔力が濃い』


『かなり古い場所……』


 やがて。


 昇降機が停止する。


ゴ ン……


 目の前に広がっていたのは、巨大空間だった。


 自然洞窟ではない。


 明らかに人工構造。


 白い石柱。


 円形広間。


 壁一面へ刻まれた古代文字。


 そして中央には――


 巨大な“門”が存在していた。


 誰も言葉を失う。


 高さだけで数十メートル。


 白銀と蒼石で構成された古代建造物。


 しかし。


 門の半分は崩れている。


 何かに破壊されたみたいだった。


 ミーコが息を呑む。


『……始まりの民』


 全員が振り向く。


『この紋様……間違いない』


 トシオの右手の紋章が淡く光った。


ジ ………


 空気が震える。


 門が共鳴している。


 トシオは右手を見る。


 紋章が熱を帯びていた。


 門へ近付くほど、その熱は強くなる。


 まるで呼ばれているみたいだった。


 ミツコが静かに周囲を見回す。


「ここ、誰かいたのかねぇ」


 バルドが頷く。


「痕跡はある」


 地面には古びた工具。


 崩れた荷車。


 鉱石灯。


 かなり昔のものだった。


 タマが壁へ触れる。


「掘ってた?」


「いや」


 ミーコが首を振る。


『調査してたんだと思う』


『この門を』


 フィルニアが腕を組んだ。


「で、これ何なんだ?」


 ……。


 ミーコは少し黙る。


 それからゆっくり答えた。


『“境界門”』


『世界と世界を繋ぐための装置』


 静まり返る。


 ユキが不安そうに門を見上げた。


「これ、動くの……?」


『普通なら動かない』


『でも――』


 ミーコの視線がトシオへ向く。


 全員の視線も集まった。


 トシオが嫌そうな顔をする。


「なんで見る」


『昨日、“境界接続”を断ったのはあなた』


『普通は出来ない』


 バルドが低く唸る。


「つまりその槍、門関係か」


 トシオは頭を掻いた。


「俺に聞かれてもなぁ……」


 その時だった。


ジ ………


 門が光った。


 全員の空気が変わる。


 蒼い光が巨大門の紋様を走っていく。


 まるで回路みたいに。


 ユキが目を見開いた。


「動いた……!」


 直後。


ゴ ォ ォ ォ ォ ……


 低い振動。


 巨大門の中心部へ蒼い光が集まり始める。


 フィルニアが竜槍を構えた。


「おいおいおい!」


「またなんか出んのか!?」


 ミーコも警戒する。


『違う……』


『これは……』


 光が収束する。


 やがて。


 門の前へ、一つの映像が浮かび上がった。


 海。


 広大な青い海だった。


 荒波。


 巨大な船。


 白い塔。


 そして。


 槍を掲げる人影達。


 トシオの右手が強く熱を帯びる。


 映像の中。


 一人の男がこちらを見た。


 顔は見えない。


 だが、不思議と分かった。


 自分と同じ紋章。


 同じ槍。


 その男が静かに口を開く。


『――繋げ』


 瞬間。


 映像が砕け散った。


 光が消える。


 静寂。


 誰も動けなかった。


 フィルニアが最初に口を開く。


「……今の何?」


 ミーコが呆然と呟く。


『記録映像……?』


 バルドが腕を組む。


「ますます笑えねぇな」


 タマがトシオを見る。


「じーちゃん、マジで何者?」


「知らん」


 当の本人が一番事情を分かっていなかった。


 ミツコがクスクス笑う。


「でも、なんだかトシオさんらしいねぇ」


「何がだ」


「昔から困ってる人見ると、放っとかなかったでしょ?」


 トシオは少し黙った。


 それから鼻を鳴らす。


「まぁな」


 ミーコは静かに門を見上げていた。


 始まりの民。


 繋ぐ者。


 海槍。


 そして境界門。


 点と点が繋がり始めている。


 それはきっと。


 これから世界全体を巻き込む話になる。


 でも今は。


 まだ静かな朝だった。


 黒煙鉱路の深部。


 忘れ去られていた古代遺跡で、一行は新たな世界の痕跡を見つけていた。

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