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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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120/150

境喰



ズ ズ ズ ズ ズ……


 黒霧の奥で、“それ”が動いた。


 坑道全体が軋む。


 崩落しかけた支柱が悲鳴を上げ、天井から砂塵が降り続けていた。


 赤い双眸。


 巨大な顎。


 黒い外殻。


 異様だった。


 まるで世界そのものへ傷を付けるために生まれた存在みたいだった。


 ミーコの喉が引きつる。


『……境喰』


 フィルニアが眉をひそめる。


「知ってんのか?」


 ミーコは黒霧の奥を睨んだまま答えた。


『“閉じる者”側の災厄』


『境界そのものを侵し、世界の裂け目を広げる怪物……』


 タマが顔をしかめる。


「世界の裂け目ってなんだよ」


『本来、世界同士は簡単に交わらない』


『でも侵食で境界が傷付くと、“向こう側”が流れ込む』


『コイツはそれを喰い広げる』


 ユキが小さく震えた。


「……気持ち悪い」


 その瞬間。


 境喰の巨大な顎がゆっくり開いた。


 内部で赤黒い光が脈打つ。


 直後。


グ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!!


 黒濁流が噴き出した。


 侵食奔流。


 岩壁へ触れた瞬間、鉱石が腐るみたいに崩れていく。


 フィルニアが叫ぶ。


「危ないっ!!」


 全員が飛んだ。


 侵食流が床を削り取り、巨大な溝を生む。


 バルドが境喰を睨みつけた。


「ふざけた化け物だ……」


 その時だった。


グ ギ ギ ギ……


 倒れかけていた鉄骸巨兵が再び痙攣した。


 侵食残滓。


 境喰が吐き出した黒霧が、残骸へ流れ込んでいる。


 ミーコの顔色が変わる。


『侵食を再活性化させてる!!』


 鉄骸巨兵の胸部が赤熱する。


 既に核は砕けている。


 だが。


 残留侵食だけで無理矢理動かしていた。


 フィルニアが舌打ちする。


「死に損ないまで使うのかよ!」


 タマが双剣を構え直した。


「気分悪ぃな……!」


 境喰が再び口を開く。


 今度はトシオを見ていた。


 いや。


 右手。


 天裂海牙を見ている。


 赤眼が不気味に揺れる。


『繋グ者』


 低い声。


 頭の中へ直接流れ込んでくる。


『始マリノ海槍』


『門ヲ開ク鍵』


 トシオが眉をひそめた。


「さっきから何言ってやがる」


 その瞬間。


グ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!!!


 境喰が突進した。


 巨体。


 なのに異様に速い。


 坑道壁を砕きながら一直線に迫る。


 トシオが前へ出る。


 天裂海牙を構えた瞬間、槍身から蒼い粒子が吹き上がった。


ゴ ォ ォ ォ ……


 深海の底で響くような重低音。


 空気そのものが震える。


 境喰の顎が迫る。


 次の瞬間。


ド ゴ ォ ォ ォ ォ ン !!!!!


 激突。


 天裂海牙と巨大顎がぶつかった瞬間、衝撃波が坑道を吹き飛ばした。


 砕石が舞う。


 レールが宙へ跳ねる。


 フィルニアが目を見開く。


「真正面から止めたぁ!?」


 しかし。


 境喰の力が異常だった。


 天裂海牙ごと押し潰そうとしてくる。


 トシオの足元で岩盤が割れる。


 黒霧が槍へ絡み付き始めた。


 ミーコが叫ぶ。


『侵食される!!』


 その瞬間。


ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!!


 天裂海牙が蒼く輝いた。


 荒れ狂う大波のような奔流が爆発する。


 黒霧が吹き飛んだ。


 境喰の巨体が坑道壁へ叩き付けられる。


ド ガ ァ ァ ァ ァ ン!!!!!


 崩落。


 粉塵。


 だが。


 境喰は止まらない。


 不気味な笑い声が響く。


『見ツケタ』


『繋グ者ァ』


 トシオの目が細くなる。


「気色悪ぃ野郎だな」


 直後。


グ ォ ォ ォ ッ!!!!


 鉄骸巨兵の残骸が暴れ始めた。


 境喰が流し込んだ侵食で完全暴走している。


 巨大削岩杭が無差別に振り回された。


 フィルニアが跳ぶ。


「うおっ!?」


 バルドが怒鳴る。


「坑道が保たねぇ!!」


 実際、限界だった。


 崩壊が広がっている。


 このまま戦えば鉱路ごと落ちる。


 ミーコが奥を見た。


 黒霧の更に向こう。


 空間が歪んでいる。


『……境界亀裂』


 ユキが反応する。


「穴……?」


『コイツ、あそこから侵食を流し込んでる』


 つまり。


 あの亀裂が残る限り、侵食は終わらない。


 トシオも気付いた。


 天裂海牙が、亀裂へ向かって微かに震えている。


 まるで。


 “断て”と言っているみたいに。


 その瞬間。


 境喰が再び咆哮した。


グ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!!


 黒霧が膨れ上がる。


 無数の侵食滓が形成され始めた。


 狼型。


 腕型。


 泥型。


 全部が一斉に襲い掛かる。


「うじゃうじゃ出てきやがった!!」


 タマが双剣を振るう。


ザ ザ ザ ザ ァ ッ!!!


 侵食滓が切り裂かれる。


 フィルニアも赤炎を噴かせた。


「邪魔だぁぁぁッ!!」


ド ガ ァ ァ ン!!!


 爆炎。


 侵食滓群が吹き飛ぶ。


 だが。


 再生する。


 黒霧から次々と湧いてくる。


 ミツコが息を呑んだ。


「キリがないねぇ……!」


 境喰が笑う。


『閉ジロ』


『全テ閉ジロ』


 その声を聞いた瞬間。


 ミーコの瞳が揺れた。


 古い記憶。


 城。


 炎。


 崩れる門。


 血塗れの王族。


 そして。


 黒霧の向こうから響いていた声。


『閉ジロ』


 ミーコが震える。


『……お前達が』


『レイシスを……』


 怒気。


 殺気。


 ミーコの魔力が爆発した。


ゴ ォ ォ ッ!!!


 蒼白い魔力陣が展開される。


 王族魔術。


 無数の光刃が空中へ形成された。


 フィルニアが目を剥く。


「おいミーコ!?」


 次の瞬間。


ド ガ ガ ガ ガ ガ ァ ッ!!!!!


 光刃の豪雨。


 侵食滓群がまとめて吹き飛ぶ。


 境喰の外殻へも亀裂が走った。


 だが。


 境喰は嗤う。


『王ノ残滓』


『滅ビ損ナイ』


 ミーコの顔が歪む。


 怒りだった。


 タマが叫ぶ。


「ミーコ!!」


 その時。


 トシオが前へ出た。


 静かに。


 だが力強く言う。


「後ろは任せろ」


 天裂海牙が輝く。


 蒼い粒子が槍身を流れていく。


 深海の唸りが強くなる。


 トシオは境界亀裂を見た。


 黒い裂け目。


 空間の傷。


 あそこから全部流れ込んでいる。


 なら。


 断つしかない。


 トシオが構える。


 天裂海牙へ蒼光が収束していく。


 境喰が初めて焦ったように咆哮した。


『繋グ者ァァァァァァッ!!!!!』


 巨大顎が迫る。


 黒霧が津波みたいに押し寄せる。


 だが。


 トシオは止まらない。


 一歩。


 また一歩。


 踏み込む。


 そして。


ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!!!


 天裂海牙が突き出された。


 蒼い奔流。


 荒海そのものみたいな一撃。


 境喰の胸を貫き、そのまま後方の境界亀裂へ突き刺さる。


 瞬間。


 世界が震えた。


バ ギ ィ ィ ィ ィ ン!!!!!


 何かが砕ける音。


 空間そのものへ亀裂が走る。


 境喰が絶叫した。


グ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ッ!!!!


 黒霧が崩れ始める。


 侵食滓達が砂みたいに崩壊していく。


 鉄骸巨兵の残骸も停止した。


 境喰の身体へ無数の亀裂が広がる。


『止メロ』


『止メロォォォォォ!!!!』


 だが。


 もう遅い。


 トシオが槍を振り抜いた。


ド ォ ォ ォ ォ ォ ン !!!!!


 蒼光爆裂。


 境界亀裂が完全崩壊した。


 同時に。


 境喰の巨体も砕け散る。


 黒霧が消える。


 侵食が消える。


 重苦しい圧力が、完全に霧散した。


 静寂。


 崩れた坑道へ、荒い呼吸だけが残る。


 フィルニアがへたり込む。


「……終わったか?」


 ミーコが黒霧の消えた奥を見つめる。


『……消えた』


 バルドが巨大ハンマーを地面へ下ろした。


「クソッタレが……」


 その声には安堵が混じっていた。


 救出されたドワーフ達も、ようやく息を吐く。


 ミツコが小さく笑った。


「みんな無事でよかったねぇ」


 ユキもほっとしたように頷く。


「うん……」


 その時。


 トシオの手の中で、天裂海牙が淡く発光した。


 槍身が蒼い粒子へ変わっていく。


 光は静かに右手の紋章へ吸い込まれていった。


 フィルニアがニヤッと笑う。


「便利すぎんだろその槍」


 トシオが苦笑する。


「俺もよく分かっとらん」


 ミーコは右手の紋章を見つめていた。


 複雑そうな顔。


 恐れ。


 安堵。


 そして。


 少しだけ期待。


 バルドがトシオを見る。


「借りを作ったな」


 トシオが鼻を鳴らす。


「肉で返せ」


「図々しいわ!!」


 怒鳴り声。


 だが。


 そこにはもう絶望は無かった。


 黒煙鉱路を覆っていた侵食霧は消えている。


 遠くで。


 朝みたいな淡い光が坑道入口から差し込んでいた。


 長い夜が、ようやく終わった。

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