帰る場所
出発の朝だった。
グランディル山岳王国は、今日も騒がしい。
巨大炉の煙。
鍛冶槌の轟音。
怒鳴り声。
笑い声。
朝だというのに、街全体が既に全力で動いていた。
宿の外へ出た瞬間、タマが顔をしかめる。
「朝からうるせぇなぁ……」
「ドワーフだからな」
トシオが普通に返す。
妙な説得力があった。
広場では、既に大量の荷車が行き交っている。
黒煙鉱路復旧の影響だろう。
昨日まで止まっていた鉱石輸送も再開されていた。
ミツコが小さく笑う。
「元気になったねぇ」
ユキも頷く。
「……昨日と全然違う」
フィルニアは伸びをしながら欠伸した。
「ま、滅びかけから復活したばっかだしな」
『軽く言わないで』
ミーコが呆れ顔になる。
だが。
そのミーコ自身も、少し安心した表情をしていた。
境喰は消えた。
侵食霧も消滅した。
まだ問題は山積みだろう。
それでも、この国は立ち直れる。
そんな空気があった。
その時だった。
「おーい!!」
広場の向こうから大声が飛んでくる。
バルドだった。
巨大ハンマーを肩へ担ぎながら、こちらへ歩いてくる。
後ろには大量のドワーフ達。
しかも。
何故か皆、大荷物を抱えていた。
タマが嫌な予感を覚える。
「……なぁ」
「これ絶対ロクな流れじゃなくね?」
予感は当たった。
ド ォ ン!!
巨大樽が置かれる。
ド ゴ ン!!
更に木箱。
ド ガ ァ ン!!
今度は謎の鉄箱。
荷車が悲鳴を上げた。
「積め」
「いや多いわ!!」
タマが叫ぶ。
だがドワーフ達は止まらない。
「保存肉だ!」
「干し魚も持ってけ!」
「酒樽もいるだろ!」
「なんで酒が三樽もあんだよ!?」
フィルニアが爆笑する。
「はははっ!!」
「完全に押し付けられてんじゃん!!」
ミツコが困ったように笑った。
「こんなに頂いていいのかねぇ」
バルドが鼻を鳴らす。
「境喰止めた礼だ」
「足りねぇくらいだわ」
ミーコが静かに街を見渡した。
復旧作業を続けるドワーフ達。
笑い声。
鍛冶音。
ここにはもう、昨日の絶望は無い。
『……ちゃんと守れたのね』
ユキが小さく頷いた。
「うん」
その時。
フィルニアが荷車へ飛び乗る。
「よし、出発だな!」
「レイシス王国!」
空気が少し変わる。
タマの表情から笑みが消えた。
ユキも静かになる。
ミーコは視線を落としていた。
故郷。
ずっと避け続けてきた場所。
帰りたかったわけじゃない。
でも。
いつか向き合わなきゃいけない場所だった。
その横で、白翼を持つ女性が静かに頭を下げる。
シェリス=アルネフィア。
アルネシア空王国所属の監察官。
そして、ミーコ達の過去を知る数少ない人物。
昨日の時点で、彼女はレイシスまでの同行を申し出ていた。
理由は二つ。
一つは、現在のレイシス周辺情勢の案内。
そしてもう一つは――
始まりの紋章。
トシオの右手に現れた、その存在だった。
シェリスが静かに口を開く。
「街道の安全確認は済ませています」
「ですが、レイシス周辺は現在かなり不安定です」
バルドが眉をひそめる。
「そんなに荒れてんのか」
「はい」
シェリスの表情は真剣だった。
「各地で侵食災害が発生しています」
「更に王族派と反王族派の衝突も激化しています」
タマが顔をしかめる。
「最悪じゃねぇか……」
『……レイシスらしいわ』
ミーコが苦く呟いた。
その声には、複雑な感情が滲んでいた。
懐かしさ。
怒り。
悲しみ。
全部混ざっている。
トシオがそんなミーコを見る。
「怖いか」
ミーコは少し黙った。
それから、小さく笑う。
『……少し』
珍しく素直だった。
ミツコが優しく肩へ触れる。
「大丈夫だよぉ」
「今は一人じゃないからねぇ」
ミーコの耳が少し揺れる。
『……うん』
その横で。
フィルニアとタマが荷車の上で揉めていた。
「そこ俺様の席!!」
「早い者勝ちだろ!?」
「昨日も取ったじゃねぇか!!」
「知らねぇ!!」
ユキがぽつりと呟く。
「……仲良い」
「よくねぇ!!」
フィルニアとタマが同時に否定した。
だが次の瞬間。
二人同時に足を滑らせる。
ド ン ッ!!
「ぐえっ!?」
「ってぇ!?」
しかも同じ木箱へ頭をぶつけていた。
ユキが静かに言う。
「……仲良い」
『……否定しづらいわね』
ミーコが頭を抱える。
笑いが起きた。
その空気を見ながら、バルドがトシオへ視線を向ける。
「本当に行くんだな」
「あぁ」
「戻ったら面倒事だらけだぞ」
「今さらだろ」
即答だった。
フィルニアがニヤニヤする。
「トシオ、完全に問題吸い寄せてるよな」
「否定できねぇのが怖ぇ」
タマまで頷いていた。
だが。
ミーコは真面目な顔だった。
『実際、じーちゃんは異常よ』
「なんだ急に」
『じーちゃん、自覚無いけど』
『攻撃力だけなら、この世界でも規格外』
静かになる。
フィルニアが腕を組む。
「まぁそれは分かる」
「境喰押し返した時点で意味分かんなかったし」
バルドまで頷いた。
「正面から災厄ぶっ飛ばす奴なんざ初めて見た」
ミツコがクスクス笑う。
「昔から力強かったからねぇ」
『そういう話じゃない』
ミーコは本気だった。
『あれは本来、一国規模で対処する存在なの』
『それを真正面から押し切るなんて普通じゃない』
トシオは頭を掻いた。
「言われてもなぁ」
「殴れそうなら殴るだろ」
「だから意味分かんねぇんだよ!!」
フィルニアが叫ぶ。
ドワーフ達まで頷いていた。
その時。
ミツコがふと空を見上げる。
「晴れてきたねぇ」
山脈の雲がゆっくり割れていた。
青空。
冷たい風。
旅立ちには悪くない天気だった。
シェリスが静かに言う。
「ここから先は長旅になります」
「レイシスまで数週間」
「途中、旧街道や獣道も使います」
タマが荷台へ寝転がる。
「うわぁ……長ぇ」
フィルニアは逆に楽しそうだった。
「旅って感じしてきたな!」
ユキは少し不安そうに空を見た。
「……大丈夫かな」
ミツコが優しく頭を撫でる。
「大丈夫だよぉ」
「みんないるからねぇ」
ユキが小さく笑う。
その時だった。
「おーい!!」
後ろから大量の声が飛ぶ。
振り返ると、ドワーフ達が広場へ並んでいた。
「死ぬなよー!!」
「また来い!!」
「次来たら飲み勝負だ!!」
「だから酒ばっかなんだよお前ら!!」
フィルニアが大笑いする。
タマも手を振り返した。
ユキも小さく振る。
ミツコが柔らかく微笑む。
「いい人達だったねぇ」
「あぁ」
トシオも頷いた。
やがて。
荷車がゆっくり動き出す。
ギ ギ ギ……
山岳都市の巨大門が開く。
冷たい風が吹き抜けた。
その先には、長い街道。
遥か遠く。
雲の向こう。
レイシス王国がある。
ミーコは静かに前を見つめていた。
故郷。
逃げるように去った国。
戻るつもりなんて無かった場所。
でも今は。
隣に家族がいる。
だから。
少しだけ、怖くなかった。




