巨人王の炉火
蒼い閃光が古道を貫いた後。
山岳地帯には静寂だけが残っていた。
侵食巨人の身体は崩れていない。
黒い侵食核だけが、胸元から綺麗に消えていた。
巨体がゆっくり膝をつく。
ズ ズ ゥ ゥ ゥ ン……
古道が低く震えた。
ユキが小さく息を呑む。
「……助かった?」
老人の幻影が静かに頷く。
『核だけを穿った』
トシオは槍を下ろした。
「槍が教えてくれた気がしたんじゃ」
だが。
侵食巨人の目から赤黒い色は消えていた。
代わりに。
深い灰色の瞳がゆっくり開く。
理性が戻っている。
巨人はトシオ達を見る。
そして。
深く頭を下げた。
巨大だった。
まるで山そのものが頭を垂れているみたいだった。
ミーコが呟く。
「お礼……言ってる?」
『ああ』
老人が静かに答える。
『山守ガルヴァンだ』
巨人の口がゆっくり動く。
『……感謝する』
低い声。
だが穏やかだった。
フィルニアが腕を組む。
「普通に喋れるんだな」
『侵食で長く意識を失っていた』
『完全に呑まれる前に……止めてもらえた』
ガルヴァンは胸元を見る。
始まりの民の紋章。
そこには蒼い光が残っていた。
トシオの海槍の力だ。
ガルヴァンが目を細める。
『……始まりの海槍』
その呼び方に。
天裂海牙が微かに共鳴した。
ブゥゥン……
老人が静かに頷く。
『山守は代々、始まりの民と共に戦った』
『だから海槍を知っている』
ガルヴァンはゆっくり立ち上がる。
巨体。
だが先程までの禍々しさは消えていた。
『礼をしなければならぬ』
タマが首を傾げる。
「礼?」
『巨人王の炉火へ案内しよう』
空気が少し変わる。
シェルファが反応した。
「炉火……?」
老人の幻影も僅かに目を見開く。
『まだ残っていたのか』
ガルヴァンが頷く。
『山守達が命を賭して守り続けた』
トシオが聞き返す。
「なんなんじゃ?」
ガルヴァンは古道奥を見た。
『グランディル最古の火だ』
一行はさらに山奥へ進んでいた。
普通の街道ではない。
巨人族専用の山道。
道幅そのものが巨大だった。
左右の崖には古い灯火台が並んでいる。
しかも。
全部まだ使える。
ガルヴァンが通る度、淡く火が灯っていった。
フィルニアが感心する。
「なんか神殿みたいだな」
『炉火は巨人族の魂だからな』
ガルヴァンの声は低い。
だが。
誇りが滲んでいた。
やがて。
巨大洞窟へ辿り着く。
入口だけで城門みたいな大きさだった。
ユキがぽかんとする。
「広……」
中へ入った瞬間。
熱気が広がった。
真っ赤な光。
轟々と燃える炎。
そして。
中央。
巨大すぎる炉。
山そのものをくり抜いたみたいな規模だった。
フィルニアが思わず声を漏らす。
「うわぁ……」
トシオも見上げる。
「これは凄いのぉ」
炉火は青白かった。
普通の炎ではない。
どこか神秘的だった。
ガルヴァンが静かに言う。
『始まりの炉火』
『始まりの民と巨人王が共に灯した火だ』
老人の幻影が炉を見る。
懐かしそうだった。
『まだ消えていなかったか……』
その時。
ミツコが小さく鼻をひくつかせる。
「……パン焼けそう」
数秒沈黙。
フィルニアが吹き出した。
「第一声それ!?」
ミツコはいつも通りだった。
「だって丁度ええ火加減やもの」
ガルヴァンが目を丸くする。
そして。
低く笑った。
グ フ フ フ……
洞窟全体が震える。
タマが呆れ顔になる。
「笑い声デカ……」
ガルヴァンは炉火を見つめる。
『昔も似たような事を言っていた』
ミーコが苦笑する。
「また始まりの民?」
『ああ』
『巨人王が神聖な炉火の説明をしている最中』
『女の始まりの民が“これなら大きな鍋が作れる”と言った』
全員。
ミツコを見る。
ミツコは困ったように笑った。
「えへへぇ」
「似すぎでしょ……」
フィルニアが呆れる。
その時だった。
トシオの右手紋章が強く光る。
ブゥゥゥン……
海槍が反応している。
炉火と共鳴していた。
老人が低く呟く。
『始まりの炉火が認めている』
直後。
炉中央の炎が大きく揺れた。
ゴ ォ ォ ォ ォ ッ……
青白い炎が渦を巻く。
その中へ。
映像が浮かび上がった。
古代記録。
そこに映っていたのは。
巨大な鍛冶場だった。
始まりの民。
巨人王。
そして。
蒼い槍。
フィルニアが息を呑む。
「天裂海牙……!」
映像の中。
始まりの民の男が槍を炉へ差し込む。
すると。
巨人王が巨大槌を振り下ろした。
ガ ギ ィ ィ ィ ィ ン !!!!!
火花が爆発した。
蒼い火粉が空を埋め尽くす。
まるで流星群みたいだった。
老人が静かに言う。
『海槍は最初から武器ではなかった』
トシオが眉を寄せる。
「違うんか?」
『本来は“道を繋ぐ鍵”だ』
空気が変わる。
シェルファが反応した。
「鍵……?」
映像の中。
海槍が海へ突き立てられる。
すると。
荒れ狂っていた海が静まった。
さらに。
巨大な光の橋が現れる。
ミーコが目を見開く。
「道を作ってる……」
『始まりの民は、世界の断絶を繋ぐために海槍を用いた』
『だから“始まりの海槍”と呼ばれる』
トシオは黙って槍を見る。
今まで。
強い槍だと思っていた。
だが。
それだけではない。
もっと根本的な力。
“繋ぐ”ための存在だった。
その時だった。
炉火の映像が乱れる。
黒い霧。
侵食。
閉じる者。
さらに。
巨大な黒い影。
ガルヴァンの顔色が変わる。
『……断界王』
映像の中。
巨大な侵食存在が山脈を呑み込んでいた。
巨人王が咆哮する。
始まりの民が槍を掲げる。
だが。
断界王は止まらない。
とてつもない巨体だった。
山々すら小さく見える。
フィルニアが顔を強張らせる。
「なんだよあれ……」
老人が低く言う。
『閉じる者の一柱』
『山を閉ざした存在だ』
空気が凍る。
ユキがミツコの袖を掴んだ。
「怖い……」
ミツコは優しく頭を撫でる。
「大丈夫よぉ」
だが。
炉火の映像はさらに続く。
巨人王が始まりの民へ何かを託していた。
巨大な鍵。
七つに分かれた紋章。
老人の声が震える。
『まさか……』
映像が止まる直前。
崩壊する光の中。
始まりの民の女は、
泣きそうな子供達を抱き寄せた。
そして。
安心させるみたいに笑う。
『火を絶やさないで』
『皆で囲む火を』
そこで映像は途切れた。
静寂。
誰も喋らない。
炉火だけが燃えている。
ゴゥ……
ゴゥ……
やがて。
ガルヴァンが膝をついた。
『頼みがある』
トシオが顔を上げる。
『断界王が再び目覚めようとしている』
『山守だけでは、もう止められぬ』
巨人の瞳が真っ直ぐ向けられる。
『始まりの海槍よ』
『どうか、グランディルを救ってくれ』




