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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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115/150

山守の巨人



 侵食された巨人が古道を踏み鳴らす。


ゴ ォ ン !!!!!


 石橋が軋んだ。


 巨体。


 黒い侵食痕。


 片目は赤黒く濁り、呼吸する度に霧が漏れている。


 だが。


 完全な化け物には見えなかった。


 苦しそうだった。


 ユキが小さく呟く。


「……痛そう」


 老人の幻影が低く答える。


『侵食に耐えているのだ』


 巨人が再び足を踏み出す。


 古道全体が震える。


 フィルニアが炎を纏った。


「止めるぞ!!」


 だが。


 トシオが片手を上げた。


「待て」


 フィルニアが振り返る。


「は?」


 トシオは巨人から目を離さない。


「まだ襲ってきとらん」


 その言葉通りだった。


 侵食巨人は武器を持っていない。


 ただ。


 苦しそうにこちらを見ていた。


 胸元の紋章が淡く点滅している。


 ブゥ……ブゥ……


 トシオの右手紋章も呼応していた。


 老人が目を細める。


『……山守か』


 シェルファが聞き返す。


「山守?」


『始まりの民と共に古道を守った巨人族だ』


 その時だった。


 侵食巨人が突然頭を抱えた。


グ ゥ ゥ ゥ ゥ ッ……


 苦しそうな唸り声。


 黒霧が噴き出す。


 古道石壁へ触れた部分が侵食され始めた。


 ミーコが顔を険しくする。


「まずい……!」


 直後。


 侵食巨人の片目が完全に赤黒く染まる。


 空気が変わった。


 アークが剣を構える。


「来るぞ」


 巨人が咆哮した。


ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!


 衝撃波。


 風圧だけで岩片が吹き飛ぶ。


 フィルニアが即座に跳んだ。


「うおっ!?」


 巨人の拳が古道へ叩き付けられる。


ド ォ ォ ォ ォ ン !!!!!


 石橋が大きく揺れた。


 タマが叫ぶ。


「崩れる崩れる!!」


 さらに。


 侵食霧が広がる。


 触れた石壁が黒く染まり始めた。


 シェルファが声を張る。


「侵食濃度が高いです!!」


 フィルニアが炎を纏って突撃する。


「止まれぇぇぇ!!」


ド ゴ ォ ォ ォ ッ !!!!!


 竜炎拳。


 侵食巨人の腕へ直撃する。


 だが。


 巨体は止まらない。


 逆に。


 黒霧がフィルニアへ絡み付こうとした。


「っ!?」


 刹那。


 トシオが割り込む。


 右手紋章が蒼く発光した。


 ブゥゥン……


 天裂海牙が空間から現れる。


ゴ ォ ォ ォ ッ !!!!!


 蒼い一閃。


 侵食霧が吹き飛んだ。


 フィルニアが後退する。


「助かった!」


 だが。


 トシオは険しい顔のままだった。


 侵食巨人の胸元。


 始まりの民の紋章。


 そこが黒く侵されている。


 老人が低く呟く。


『核は胸だ』


『だが……』


 言葉が止まる。


 ユキが不安そうに聞いた。


「倒さないとダメなの……?」


 老人はすぐ答えなかった。


 代わりに。


 侵食巨人が再び苦しそうに唸る。


 赤黒い目から涙みたいに黒泥が零れていた。


 ミツコが小さく息を呑む。


「……まだ頑張っとる」


 その言葉で。


 トシオの目が変わる。


 槍を握る手へ力が入った。


 だが。


 構えは殺気じゃない。


 迷いだった。


 その時。


 侵食巨人が突然こちらへ手を伸ばす。


 フィルニアが身構える。


 しかし。


 攻撃ではなかった。


 巨人の指先。


 震えている。


 まるで。


 何かを訴えているみたいだった。


 老人が目を見開く。


『……まさか』


 侵食巨人の口が動く。


 掠れた声。


『……ひ……』


 黒霧が噴き出す。


 苦しそうだった。


 それでも。


 巨人は必死に声を出そうとしている。


『ひ……を……』


 ミツコが反応した。


「火?」


 侵食巨人の目が揺れる。


 次の瞬間。


 黒霧が暴走した。


ゴ ァ ァ ァ ァ ッ !!!!!


 侵食が一気に広がる。


 巨人自身を呑み込んでいく。


 アークが叫ぶ。


「もう限界だ!!」


 フィルニアも炎を強める。


「トシオ!!」


 だが。


 トシオは槍を構えなかった。


 代わりに。


 ミツコを見る。


「ミツコ」


「うん」


 即答だった。


 ミツコは買い物籠をごそごそ漁る。


 フィルニアが目を剥く。


「こんな時に!?」


「火ぃ使うんやろ?」


 取り出したのは。


 小さな鍋。


 乾燥香草。


 保存魚。


 そして。


 火打石。


 タマが呆然とする。


「マジでやるのか……?」


 ミツコは普通に頷いた。


「火を求めとるんやもの」


 老人の幻影が静かに目を見開いていた。


『……始まりの火』


 トシオが古道中央へ歩く。


 侵食巨人の目の前。


 黒霧が吹き荒れている。


 だが。


 トシオは止まらない。


 やがて。


 古道中央へ鍋が置かれる。


 ミツコが火を灯した。


 ぱちっ……


 小さな火。


 だが。


 不思議だった。


 火が灯った瞬間。


 古道全体の空気が変わる。


 侵食巨人の動きが止まった。


 赤黒い目が揺れる。


 ミツコが静かにスープを作り始める。


 ぐつぐつ。


 温かな音。


 こんな状況なのに。


 妙に落ち着く音だった。


 ユキが小さく呟く。


「……あ」


 古道壁画。


 そこに描かれていた。


 争いを止める鍋。


 同じ光景だった。


 老人が震える声で呟く。


『本当に……同じ事を……』


 やがて。


 スープの香りが広がる。


 侵食巨人の黒霧が揺れた。


 トシオが静かに器を持ち上げる。


 そして。


 巨人へ差し出した。


「食うか?」


 数秒沈黙。


 侵食巨人の巨大な指が震える。


 恐る恐る。


 器を受け取った。


 フィルニア達が固まる。


 巨人はゆっくりスープを飲む。


 そして。


 止まった。


 黒霧の勢いが弱まっていく。


 赤黒い目。


 そこへ。


 僅かに理性が戻る。


 巨人の喉が震えた。


『……あ……たた……かい……』


 ユキが目を潤ませる。


 ミツコが優しく笑う。


「よかったぁ」


 だが。


 次の瞬間だった。


 侵食巨人の胸元。


 黒い紋章が脈動する。


 老人の顔色が変わった。


『離れろ!!』


ゴ ァ ァ ァ ァ ァ ッ !!!!!


 黒霧が爆発する。


 巨人が苦悶の叫びを上げた。


 始まりの民の紋章。


 そこへ黒い杭みたいな侵食核が突き刺さっている。


 シェルファが叫ぶ。


「寄生型侵食核です!!」


 アークが舌打ちする。


「厄介な……!」


 侵食核が脈動する。


 ドクン。


 ドクン。


 巨人の理性を再び呑み込もうとしていた。


 だが。


 今度は違った。


 侵食巨人の目に。


 確かな意志が戻っていた。


 巨人がトシオを見る。


 そして。


 自分の胸を指差した。


『……やれ……』


 フィルニアが息を呑む。


「まさか……」


 老人が静かに目を閉じた。


『山守として最後まで古道を守る気か……』


 トシオは黙って槍を見る。


 蒼い光。


 右手紋章。


 天裂海牙が低く唸っている。


 ユキが震える声で聞く。


「助からないの……?」


 巨人は静かに首を横へ振った。


 そして。


 最後に。


 小さく笑った。


 穏やかな顔だった。


 トシオがゆっくり槍を構える。


 深く腰を落とす。


 蒼光が古道へ広がった。


 ミツコが静かに目を閉じる。


 フィルニア達も黙る。


 巨人は逃げなかった。


 真っ直ぐ立っている。


 まるで。


 最後まで山守であろうとするみたいに。


 トシオが小さく呟く。


「……立派じゃ」


 刹那。


ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!


 蒼い閃光が古道を貫いた。

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