山守の巨人
侵食された巨人が古道を踏み鳴らす。
ゴ ォ ン !!!!!
石橋が軋んだ。
巨体。
黒い侵食痕。
片目は赤黒く濁り、呼吸する度に霧が漏れている。
だが。
完全な化け物には見えなかった。
苦しそうだった。
ユキが小さく呟く。
「……痛そう」
老人の幻影が低く答える。
『侵食に耐えているのだ』
巨人が再び足を踏み出す。
古道全体が震える。
フィルニアが炎を纏った。
「止めるぞ!!」
だが。
トシオが片手を上げた。
「待て」
フィルニアが振り返る。
「は?」
トシオは巨人から目を離さない。
「まだ襲ってきとらん」
その言葉通りだった。
侵食巨人は武器を持っていない。
ただ。
苦しそうにこちらを見ていた。
胸元の紋章が淡く点滅している。
ブゥ……ブゥ……
トシオの右手紋章も呼応していた。
老人が目を細める。
『……山守か』
シェルファが聞き返す。
「山守?」
『始まりの民と共に古道を守った巨人族だ』
その時だった。
侵食巨人が突然頭を抱えた。
グ ゥ ゥ ゥ ゥ ッ……
苦しそうな唸り声。
黒霧が噴き出す。
古道石壁へ触れた部分が侵食され始めた。
ミーコが顔を険しくする。
「まずい……!」
直後。
侵食巨人の片目が完全に赤黒く染まる。
空気が変わった。
アークが剣を構える。
「来るぞ」
巨人が咆哮した。
ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!
衝撃波。
風圧だけで岩片が吹き飛ぶ。
フィルニアが即座に跳んだ。
「うおっ!?」
巨人の拳が古道へ叩き付けられる。
ド ォ ォ ォ ォ ン !!!!!
石橋が大きく揺れた。
タマが叫ぶ。
「崩れる崩れる!!」
さらに。
侵食霧が広がる。
触れた石壁が黒く染まり始めた。
シェルファが声を張る。
「侵食濃度が高いです!!」
フィルニアが炎を纏って突撃する。
「止まれぇぇぇ!!」
ド ゴ ォ ォ ォ ッ !!!!!
竜炎拳。
侵食巨人の腕へ直撃する。
だが。
巨体は止まらない。
逆に。
黒霧がフィルニアへ絡み付こうとした。
「っ!?」
刹那。
トシオが割り込む。
右手紋章が蒼く発光した。
ブゥゥン……
天裂海牙が空間から現れる。
ゴ ォ ォ ォ ッ !!!!!
蒼い一閃。
侵食霧が吹き飛んだ。
フィルニアが後退する。
「助かった!」
だが。
トシオは険しい顔のままだった。
侵食巨人の胸元。
始まりの民の紋章。
そこが黒く侵されている。
老人が低く呟く。
『核は胸だ』
『だが……』
言葉が止まる。
ユキが不安そうに聞いた。
「倒さないとダメなの……?」
老人はすぐ答えなかった。
代わりに。
侵食巨人が再び苦しそうに唸る。
赤黒い目から涙みたいに黒泥が零れていた。
ミツコが小さく息を呑む。
「……まだ頑張っとる」
その言葉で。
トシオの目が変わる。
槍を握る手へ力が入った。
だが。
構えは殺気じゃない。
迷いだった。
その時。
侵食巨人が突然こちらへ手を伸ばす。
フィルニアが身構える。
しかし。
攻撃ではなかった。
巨人の指先。
震えている。
まるで。
何かを訴えているみたいだった。
老人が目を見開く。
『……まさか』
侵食巨人の口が動く。
掠れた声。
『……ひ……』
黒霧が噴き出す。
苦しそうだった。
それでも。
巨人は必死に声を出そうとしている。
『ひ……を……』
ミツコが反応した。
「火?」
侵食巨人の目が揺れる。
次の瞬間。
黒霧が暴走した。
ゴ ァ ァ ァ ァ ッ !!!!!
侵食が一気に広がる。
巨人自身を呑み込んでいく。
アークが叫ぶ。
「もう限界だ!!」
フィルニアも炎を強める。
「トシオ!!」
だが。
トシオは槍を構えなかった。
代わりに。
ミツコを見る。
「ミツコ」
「うん」
即答だった。
ミツコは買い物籠をごそごそ漁る。
フィルニアが目を剥く。
「こんな時に!?」
「火ぃ使うんやろ?」
取り出したのは。
小さな鍋。
乾燥香草。
保存魚。
そして。
火打石。
タマが呆然とする。
「マジでやるのか……?」
ミツコは普通に頷いた。
「火を求めとるんやもの」
老人の幻影が静かに目を見開いていた。
『……始まりの火』
トシオが古道中央へ歩く。
侵食巨人の目の前。
黒霧が吹き荒れている。
だが。
トシオは止まらない。
やがて。
古道中央へ鍋が置かれる。
ミツコが火を灯した。
ぱちっ……
小さな火。
だが。
不思議だった。
火が灯った瞬間。
古道全体の空気が変わる。
侵食巨人の動きが止まった。
赤黒い目が揺れる。
ミツコが静かにスープを作り始める。
ぐつぐつ。
温かな音。
こんな状況なのに。
妙に落ち着く音だった。
ユキが小さく呟く。
「……あ」
古道壁画。
そこに描かれていた。
争いを止める鍋。
同じ光景だった。
老人が震える声で呟く。
『本当に……同じ事を……』
やがて。
スープの香りが広がる。
侵食巨人の黒霧が揺れた。
トシオが静かに器を持ち上げる。
そして。
巨人へ差し出した。
「食うか?」
数秒沈黙。
侵食巨人の巨大な指が震える。
恐る恐る。
器を受け取った。
フィルニア達が固まる。
巨人はゆっくりスープを飲む。
そして。
止まった。
黒霧の勢いが弱まっていく。
赤黒い目。
そこへ。
僅かに理性が戻る。
巨人の喉が震えた。
『……あ……たた……かい……』
ユキが目を潤ませる。
ミツコが優しく笑う。
「よかったぁ」
だが。
次の瞬間だった。
侵食巨人の胸元。
黒い紋章が脈動する。
老人の顔色が変わった。
『離れろ!!』
ゴ ァ ァ ァ ァ ァ ッ !!!!!
黒霧が爆発する。
巨人が苦悶の叫びを上げた。
始まりの民の紋章。
そこへ黒い杭みたいな侵食核が突き刺さっている。
シェルファが叫ぶ。
「寄生型侵食核です!!」
アークが舌打ちする。
「厄介な……!」
侵食核が脈動する。
ドクン。
ドクン。
巨人の理性を再び呑み込もうとしていた。
だが。
今度は違った。
侵食巨人の目に。
確かな意志が戻っていた。
巨人がトシオを見る。
そして。
自分の胸を指差した。
『……やれ……』
フィルニアが息を呑む。
「まさか……」
老人が静かに目を閉じた。
『山守として最後まで古道を守る気か……』
トシオは黙って槍を見る。
蒼い光。
右手紋章。
天裂海牙が低く唸っている。
ユキが震える声で聞く。
「助からないの……?」
巨人は静かに首を横へ振った。
そして。
最後に。
小さく笑った。
穏やかな顔だった。
トシオがゆっくり槍を構える。
深く腰を落とす。
蒼光が古道へ広がった。
ミツコが静かに目を閉じる。
フィルニア達も黙る。
巨人は逃げなかった。
真っ直ぐ立っている。
まるで。
最後まで山守であろうとするみたいに。
トシオが小さく呟く。
「……立派じゃ」
刹那。
ゴ ォ ォ ォ ォ ォ ッ !!!!!
蒼い閃光が古道を貫いた。




