蒼き風の草原…
第一部『レヴァナスタシア』
爆煙が、
夜空へ広がっていた。
ヴァルグレイドの魔力砲が逸れ、
遥か山脈の向こうで爆発した余波は、
今も大地を震わせている。
焦げた草原。
吹き荒れる熱風。
そしてその中心で。
トシオは、
「なんか派手じゃのぉ」
みたいな顔で空を見上げていた。
「じーちゃん基準で話さないで!?」
タマの叫びが草原へ響く。
カリヴァ=ドラグニルは、
額を押さえていた。
理解が追いつかない。
国家兵器級の魔力砲を、
拳で弾き飛ばすなど、
歴史上の竜王ですら不可能だ。
しかも本人に、
その自覚がまるでない。
「……本当に何者なんだ、
あの男は」
竜人兵の一人が、
青い顔で呟いた。
その時。
ゴォォォ……
空中要塞ヴァルグレイドが、
ゆっくり後退を始める。
ミーコが目を細めた。
「退いた……?」
「いや」
カリヴァは空を睨む。
「様子見だろう」
巨大要塞は、
一定距離を保ちながら旋回していた。
まるで。
“観察”しているように。
「気味悪いのぉ」
トシオがぼそりと呟く。
ミツコは、
そんなトシオの服についた土を払っていた。
「また破れとるよぉ」
「おぉ、ほんとじゃ」
「ほんとじゃじゃないの」
夫婦の空気が、
あまりにも自然すぎて、
周囲の緊張感がおかしくなる。
タマは呆れ顔。
ユキは少し安心したように笑う。
だがミーコだけは、
まだ空を見ていた。
その横顔には、
王女としての影が残っている。
カリヴァは、
そんなミーコへ静かに声を掛けた。
「アクアリア王女」
ミーコの肩が揺れる。
少しだけ間があってから、
彼女は振り返った。
「……何でしょう」
「ここは既に危険地帯だ。
ヴォルグラード帝国領まで同行願いたい」
竜人兵たちが頷く。
当然の提案だった。
今のミーコは、
世界中から狙われている。
だが。
「嫌じゃ」
トシオが即答した。
全員が固まる。
「……は?」
カリヴァの目が点になる。
トシオは腕を組んだ。
「知らん人ばっかりの所は疲れる」
「子供みたいな理由で断らないでください!!」
タマが叫ぶ。
ミツコは困ったように笑う。
「でも急に国言われてもねぇ」
「いやそうだが!?」
カリヴァが頭を抱え始めた。
この夫婦、
強さ以前に自由すぎる。
その時だった。
ぐぅぅぅ……
静かな草原に、
間抜けな音が響いた。
沈黙。
タマがそっと目を逸らす。
ユキが恥ずかしそうに俯いた。
そして。
ミーコのお腹が、
もう一度鳴った。
「……………………」
王女、
真っ赤になる。
トシオが笑う。
「腹減っとるのぉ」
「うぅ……」
ミーコは耳まで赤くして顔を隠した。
カリヴァは、
思わず吹き出しかけて耐えている。
その空気を壊したのは、
ミツコだった。
「じゃあ、
ご飯にしよっか」
その一言で、
場の空気が変わる。
竜人兵たちがざわついた。
「ここでか!?」
「野営する気ですか!?」
「敵地だぞ!?」
だがミツコは、
当たり前みたいに、
持っていた古い買い物かごを地面へ置いた。
どこにでもありそうな、
年季の入った買い物かご。
異世界には不釣り合いなほど、
生活感のある品だった。
ミツコは、
中を覗き込む。
「んー……
お味噌あったかねぇ」
その瞬間。
カリヴァの目が止まった。
──ありえない。
かごの中。
見える容量と、
入っている量が合わない。
ミツコは普通に、
味噌の袋を取り出した。
次は鍋。
次は包丁。
次は野菜。
さらに布巾。
まだ入っている。
竜人兵たちがざわつく。
「収納魔法……?」
「いや、
魔力を感じないぞ」
「そんな馬鹿な……」
トシオは普通に座る。
「便利じゃのぉ」
「トシオさん、
これほんと不思議よねぇ」
本人たちに、
まるで自覚がない。
ミーコは静かに目を見開いていた。
──境界の門。
あの時。
世界を越える際、
何かが変質したのだ。
おそらくこれは、
始まりの民の遺物。
いや。
もっと根源的な何か。
だが。
ミツコはそんな事気にもせず、
鍋へ水を入れていた。
やがて。
湯気が立ち始める。
出汁の香り。
味噌の匂い。
暖かな空気が、
草原へ広がっていく。
竜人兵たちが固まる。
カリヴァも目を見開いていた。
「……なんだこの香りは」
ミツコは笑う。
「豚汁よぉ」
「ぶた……?」
竜人族たちは、
完全に未知の文化を見る顔をしていた。
トシオは普通に頷く。
「飯は大事じゃ」
ミーコは、
その光景を静かに見つめていた。
戦争。
追手。
国家。
王族。
色んなものに追われ続けてきた。
でも。
今この場所だけは、
不思議と暖かかった。
その時。
ユキが、
こそこそ買い物かごを覗き込んでいた。
タマが顔を寄せる。
「ユキ、何してんの?」
「……ないしょ」
ユキは、
小さな袋をそっと抱き締める。
銀白の耳が、
少し嬉しそうに揺れた。
『オヤチュ』
猫だった頃、
三匹が大好きだったおやつ。
異世界へ来ても、
ちゃんと残っていた。
ユキは小さく笑う。
「……あとで、
みんなで食べよう」




