雲海休憩所
北東航路三日目。
《グランドカーゴ》は安定した風脈を進んでいた。
空は青い。
雲海も穏やか。
昨日まで群れていた風渡り達の姿も、今日は遠くに少し見える程度だった。
甲板ではタマが寝転がっている。
「平和だなぁ……」
「気抜きすぎ」
ミーコが呆れたように言う。
すると。
フィルニアまで隣へ寝転がった。
「分かる」
「風気持ちいい」
その直後。
風でフィルニアの髪が盛大に乱れた。
「ぶふっ」
タマが吹き出す。
「お前すげぇ頭なってるぞ!!」
「笑うな!!」
フィルニアが髪を押さえる。
ユキがくすくす笑っていた。
その頃。
操舵室側ではアークとシェルファが航路確認をしていた。
「このまま行けば夕方には中継地点です」
「予定より早いな」
アークが頷く。
グランヴェルが聞き返した。
「中継地点?」
「雲海休憩所ですよ」
シェルファが答える。
「長距離航路用の浮遊施設です」
タマが反応した。
「浮いてんのか!?」
「浮いてます」
「見たい!!」
フィルニアまで起き上がる。
数時間後。
「うおぉぉぉぉ……!!」
タマが歓声を上げた。
雲海の上。
巨大な円形施設が浮かんでいた。
岩盤みたいな土台。
その上へ建物が並んでいる。
しかも。
周囲には何隻もの飛空艇が停泊していた。
「なんだこれ……」
ミーコまで驚く。
シェルファが説明する。
「浮遊中継都市」
「各国航路の休憩地点ですね」
フィルニアが目を輝かせた。
「空の上に街作ったのか!?」
「アルネシアの浮遊技術です」
「すげぇな……」
やがて。
《グランドカーゴ》がゆっくり接岸する。
すると。
すぐに香ばしい匂いが流れてきた。
タマの耳がぴくっと動く。
「なんか焼いてる」
「反応早すぎるわよ」
ミーコが笑う。
休憩所内部はかなり広かった。
食堂。
宿泊所。
商店。
さらに。
簡易浴場まである。
「風呂あるのか!?」
タマが驚く。
ナギなら絶対「旅人の命だぞ」って言いそうな施設だった。
フィルニアも興味津々である。
「空の上で湯沸かしてんのか?」
「風熱炉使ってるんだろうな」
アークが答える。
その時だった。
奥側から聞き覚えのある鳴き声がした。
ピュルルル!!
「あ」
タマが振り向く。
風渡りだった。
しかも。
この前フィルニアへ懐いていた個体である。
「なんでいるんだお前!?」
フィルニアが驚く。
風渡りは嬉しそうに肩へ飛び乗った。
ぺしっ。
「重い!!」
タマが笑い転げる。
「追いかけてきたんじゃねーか!!」
どうやら本当にそうらしい。
風渡りは完全に居着く気だった。
レオネが冷静に言う。
「もう飼えばどうですか」
「俺様は飼い主じゃない!!」
だが。
風渡りは離れない。
むしろ。
髪へ潜ろうとしている。
ミーコが吹き出す。
「気に入られてるわねぇ」
「なんでだ!?」
その時。
施設中央側が急に騒がしくなった。
『おぉー!!』
『やれやれ!!』
歓声。
どうやら何かやっている。
タマが反応した。
「なんだ?」
見に行くと。
広場中央で巨大鍋料理大会が始まっていた。
「料理大会?」
ユキが目を丸くする。
どうやら各航路の料理人達が、自慢料理を競うイベントらしい。
しかも。
飛び入り参加可能。
タマがゆっくりミツコを見る。
嫌な予感。
フィルニアまで同じ顔している。
ミーコが先に言った。
「ダメよ?」
「まだ何も言ってねぇ!!」
「顔で分かるのよ!!」
だが。
その時にはもう遅かった。
大会スタッフがミツコへ近付いていた。
「そちらの方!!」
「料理人ですか!?」
ミツコが少し困った顔になる。
「ちょっとだけねぇ」
「ぜひ参加を!!」
「おぉー!!」
周囲まで盛り上がり始めた。
タマが大喜びしている。
「ばーちゃん出ようぜ!!」
「絶対優勝する!!」
「勝手に決めないの!!」
ミーコが止める。
だが。
周囲はもうその空気だった。
フィルニアまで腕を組む。
「見たい」
「お前まで乗るな!!」
その横で。
トシオが静かに言った。
「まぁ、ええんやないか?」
「じーちゃんまで!?」
結局。
参加する事になった。
数十分後。
巨大調理場。
大量の鍋。
料理人達。
熱気。
かなり本格的だった。
ミツコは静かに食材を見回す。
「ふむ……」
買い物籠からも食材を取り出す。
空魚。
香草。
根菜。
保存肉。
さらに。
干し貝まで出てきた。
周囲の料理人達がざわつく。
「なんだあの籠……」
「食材無限か?」
タマが胸を張った。
「ばーちゃんの籠すげぇんだぞ!!」
「アンタが威張るな」
ミーコが即座に返す。
その頃。
ミツコは既に鍋へ火を入れていた。
動きが早い。
迷いがない。
香草を刻む。
空魚を捌く。
スープを整える。
次々作業が進んでいく。
フィルニアが目を丸くした。
「速っ」
グランヴェルまで感心している。
「手慣れているな……」
やがて。
香りが広がり始めた。
食堂全体が反応する。
「なんだこの匂い!?」
「腹減る……」
タマがニヤニヤする。
「勝ったな」
「まだ審査前よ」
ミーコが笑う。
そして。
完成。
巨大鍋いっぱいの海鮮風煮込み。
湯気。
香草の香り。
空魚出汁。
さらに。
根菜の甘みまで溶け込んでいる。
審査員達が一口食べた。
沈黙。
数秒後。
「うっっっっま!?」
広場が揺れた。
歓声。
拍手。
料理人達まで驚いている。
フィルニアが笑う。
「だろ!!」
「お前が作ったみたいな顔すんな」
タマが即ツッコむ。
その横で。
風渡りがミツコの足元をうろうろしていた。
どうやら匂いに釣られたらしい。
ミツコが少しだけ具材を分ける。
「熱いから気ぃつけてねぇ」
ピュルル!!
嬉しそうだった。
空の休憩所。
旅の途中。
賑やかな時間は、まだ続いていた。




