静かな夜航路
浮遊中継都市を出発してから数時間。
《グランドカーゴ》は夜の航路を進んでいた。
昼とは違う。
静かだ。
雲海は月明かりを反射して銀色に揺れている。
遠くでは、小さな航路灯だけが瞬いていた。
甲板へ出ている者も少ない。
珍しく落ち着いた空気だった。
その中で。
ミーコは手すりへ頬杖をついていた。
「静かね……」
ユキが隣へ並ぶ。
「うん……」
風が優しい。
寒くはない。
むしろ少し心地いいくらいだった。
その頃。
「ぬぉぉぉぉぉ!!」
フィルニアが妙な格好をしていた。
頭の上。
風渡りが乗っている。
しかも二匹。
「動くなって!!」
タマが笑い転げている。
「無理だろそれ!!」
どうやら風渡り達が完全にフィルニアを気に入ってしまったらしい。
一匹は頭。
もう一匹は肩。
ぴったり落ち着いている。
フィルニアは困り顔だった。
「なんで俺様なんだ!?」
レオネが冷静に答える。
「暖かいのでは?」
「雑!!」
その横で。
シェルファが少し考え込んでいた。
「……不思議ですね」
「ん?」
アークが振り向く。
「風渡りは警戒心が強い生物です」
「ここまで懐くのは珍しい」
タマがニヤニヤする。
「フィルニアって鳥類に人気あるんじゃね?」
「嫌な言い方するな!!」
その時だった。
甲板奥。
トシオが何かを見ていた。
遠く。
雲海の向こう。
「ん?」
ミツコが隣へ来る。
「どしたん?」
「……灯りかの」
確かに。
かなり遠く。
ぽつぽつと光が見える。
星ではない。
動いている。
アークが目を細めた。
「夜間商船か……?」
シェルファが首を横へ振る。
「航路が違います」
少し空気が変わる。
やがて。
灯りが近付いてくる。
すると。
全員少し驚いた。
「……小さい?」
ミーコが呟く。
巨大船ではない。
むしろ逆。
木造。
細長い。
かなり古い型の小型飛空艇だった。
しかも。
ぼろい。
ところどころ補修跡だらけである。
「飛べるのかアレ?」
タマが素直な感想を漏らす。
だが。
小型飛空艇は器用に《グランドカーゴ》へ接近してきた。
そして。
拡声管から声が響く。
『そこの大型船ー!!』
『塩あるかー!!』
数秒沈黙。
「塩?」
フィルニアがぽかんとする。
再び声。
『魚ばっか食ってたら飽きたー!!』
『塩と香辛料くれー!!』
今度はタマが吹き出した。
「なんだアイツら!!」
アークが額へ手を当てる。
「……あぁ」
「知ってるのか?」
「流浪交易船《白尾亭》だ」
シェルファが補足する。
「各地を漂流しながら商売している集団ですね」
すると。
ぼろ飛空艇側からまた声が飛ぶ。
『代わりに珍品売るぞー!!』
その瞬間。
タマとフィルニアの目が輝いた。
「珍品!?」
「見たい!!」
ミーコがため息を吐く。
「分かりやすすぎる……」
結局。
双方の船を並走させる事になった。
数分後。
ぼろ飛空艇から数人が乗り込んでくる。
獣人族。
鳥人族。
森精族。
種族もバラバラだった。
先頭にいたのは、白髪混じりの狐獣人だった。
「おー助かる助かる!!」
「最近魚ばっかで口死んでたんだわ!!」
元気なおっさんだった。
タマが笑う。
「塩切れるとかあるんだな」
「ある!!」
狐獣人が即答した。
「塩大事!!」
妙に説得力がある。
その頃。
ミツコは買い物籠から塩袋を出していた。
「はいどーぞ」
「うぉぉ! 貴女は神ですか!!」
狐獣人が感動している。
さらに。
香辛料。
乾燥野菜。
保存肉まで追加された。
「待って待って待って」
「豪華すぎん!?」
ミツコが柔らかく笑う。
「困った時はお互い様だもの」
ニコッ。
その後。
本当に珍品交換会が始まった。
「これは?」
ユキが小さな板を覗き込む。
古びた地図だった。
だが。
普通の地図ではない。
狐獣人が得意げに笑う。
「魔導航路図だ」
「魔力持ってる奴が触ると反応する」
ミーコがそっと触れる。
すると。
地図の上へ淡い光が走った。
「わっ……!?」
細い光線が浮かび上がる。
ヴォルグラード。
ベルンガルド。
これまで旅してきた航路が、一本の線みたいに繋がっていく。
ユキが目を丸くする。
「すごい……」
フィルニアまで覗き込んだ。
「俺様達の旅の道か」
光はまだ途中だった。
地図の先。
さらに遠く。
まだ行っていない地域が無数に広がっている。
ミーコは少しだけ見入っていた。
「……結構旅してきたのね」
その横で。
タマとフィルニアは。
「うぉぉぉぉ!!」
変な武器コーナーにいた。
「なんだこの槍!?」
「折り畳める」
「なんで折り畳むんだ!?」
「旅人だからだ」
妙に納得していた。
その時。
トシオが隅に置かれていた一本の銛を見る。
古い。
だが。
妙に頑丈そうだった。
狐獣人が気付く。
「お?」
「兄さん見る目あるな」
「古代海民式銛だ」
トシオが静かに持ち上げる。
重い。
普通の人間なら無理な重さだった。
だが。
トシオは片手で軽く振る。
ブ ォ ン
風が鳴った。
狐獣人が固まる。
「……兄さん何者?」
「漁師や」
「漁師???」
納得できなかった。
その頃。
フィルニアは謎の仮面を被っていた。
「どうだ!!」
「怪しい」
ミーコが即答する。
タマは変な帽子を被っている。
「お前も大概だぞ」
「マジか」
わちゃわちゃしていた。
その様子を見ながら。
シェルファが小さく笑う。
「賑やかですね」
アークも肩を竦めた。
「退屈はしないな」
夜風が静かに吹き抜ける。
雲海の上。
旅はまだ続いていた。




