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じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


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出航前夜




 ベルンガルド滞在五日目。


 夕暮れ。


 空の港町は橙色へ染まり始めていた。


 巨大な風車がゆっくり回る。


 雲海には夕陽が反射し、海みたいに揺れて見えた。


 市場通りも少し落ち着いている。


 昼間ほど騒がしくない。


 代わりに。


 酒場の灯りが増え始めていた。


「綺麗……」


 ユキが雲海を見つめる。


 ミーコも静かに頷いた。


「空っていうより海みたいね」


 その横で。


 タマは焼き串を咥えていた。


「この街うめぇ店多すぎる」


「アンタ五日間ずっと食べ歩いてたでしょ」


「旅ってそういうもんだろ?」


「違うと思う」


 フィルニアまで串焼きを持っている。


「ここの香辛料肉好きだ」


「お前も馴染んでるな」


 グランヴェルが呆れたように言った。


 その時。


 ナギが整備区画側から歩いてくる。


「おー、いたいた」


「出航準備終わったぞ」


 アークが反応した。


「予定通り明日出るのか?」


「風脈も落ち着いたしな」


 ナギが頷く。


「このまま北東航路入れば学術都市方面へ行ける」


 ミーコが聞き返す。


「学術都市……」


「オルグディア魔導院国ですね」


 セレスが答える。


「世界最大級の魔導研究国家です」


 タマが首を傾げた。


「魔法オタクの国?」


「ざっくり言えばそうだな」


 アークが苦笑する。


 フィルニアが嫌そうな顔をした。


「難しい話ばっかしそうだな……」


 セレスが静かに言う。


「フィルニア様には少々相性が悪そうですね」


「なんでだ!?」


 フィルニアが即座に反応する。


 レオネが小さく頷いた。


「私も同感です」


「お前まで!?」


 港側で大きな鐘が鳴った。


 ゴ ォ ォ ン……


 夕刻合図らしい。


 一斉に街の空気が変わる。


 酒場が賑わい始めた。


 演奏。


 笑い声。


 料理の匂い。


 ベルンガルドの夜が始まる。


 タマの耳がぴくっと動いた。


「……なんかいい匂いする」


「はいはい」


 ミーコが半笑いになる。


「もう分かってたわよ」


 ナギが笑った。


「最後だし、一番人気の店連れてってやる」


「マジか!!」


 タマとフィルニアの声が重なる。


 数十分後。


 港沿い酒場《風見鯨》。


 かなり大きな店だった。


 中は既に満席に近い。


 鳥人族達が楽しそうに飲んでいる。


 楽団までいた。


「おぉー……」


 タマがきょろきょろする。


 すると。


 店主らしい大柄な鳥人族男性が笑った。


「ナギ!!」


「また騒がしいの連れてきたな!!」


「今日は特別うるさいぞ」


 ナギが答える。


「誰がだ」


「お前ら全員」


 否定できなかった。


 一行は奥席へ案内される。


 その直後。


 大量の料理が運ばれてきた。


 空魚焼き。


 香辛料肉。


 雲芋スープ。


 巨大丸パン。


 さらに。


 ベルンガルド名物らしい、空蜜煮込みまで並ぶ。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 タマが歓声を上げた。


 フィルニアの目まで輝いている。


「すげぇ!!」


 ミツコが料理を見回す。


「へぇ……」


「面白い味付けしとるねぇ」


 店主が嬉しそうだった。


「アンタ料理人か?」


「ちょっとねぇ」


「そりゃ嬉しいな!!」


 すると。


 タマが空魚焼きを齧る。


 数秒後。


「うまっ!!」


 フィルニアまで頷いた。


「これ好きだ!!」


 その直後だった。


 フィルニアの手が止まる。


 皿の端。


 添えられていた細長い橙色野菜。


「……なんだこれ」


 ナギが答える。


「ニンジンだ」


 数秒沈黙。


 フィルニアが真顔で皿の端へ避けた。


「…………」


 タマが吹き出す。


「お前ニンジン嫌いなのか!?」


「嫌いではない!!」


「食える!!」


「でも食わねぇ!!」


「子供か!!」


 ミーコが笑う。


 フィルニアが腕を組んだ。


「肉があるなら肉を食う」


「ニンジンはいらん」


 レオネが静かに呟く。


「いつものですね」


「言うな!!」


 セレスまで視線を逸らしている。


 グランヴェルがため息を吐いた。


「偏食を直せと何度言われた」


「竜人族だからな!!」


「便利ワードにするな」


 タマのツッコミが即座に飛ぶ。


 店主は腹を抱えて笑っていた。


「王女様でも好き嫌いあんのか!!」


「ある!!」


 フィルニアが堂々と言い切る。


 その横で。


 トシオが静かに酒を飲んでいる。


 港酒らしい。


 香りが強い。


 ナギが笑った。


「どうだ?」


「うまいのぉ」


「だろ?」


 どうやら気に入ったらしい。


 店内中央では演奏が始まっていた。


 笛。


 弦楽器。


 そして。


 鳥人族達の歌。


 明るい。


 賑やか。


 旅人達を歓迎する歌らしかった。


 ユキが少し驚く。


「綺麗……」


 ミーコも静かに聞き入っていた。


 異世界へ来てから。


 色んな国を見た。


 色んな人と出会った。


 怖い事も多かった。


 でも。


 こういう時間も確かに増えている。


 その時。


 フィルニアが勢いよく立ち上がる。


「よし!!」


「歌うか!!」


 タマが吹き出した。


「なんでだよ!!」


 だが。


 フィルニアはもうやる気満々だった。


「楽しそうだろ!!」


「そういう問題か!?」


 すると。


 周囲の鳥人族達が笑い始める。


「歌え歌え!!」


「旅人の歌聞かせろ!!」


 完全に乗せられていた。


 ミーコが小さく笑う。


「もう止まらないわねこれ」


 案の定だった。


 数分後。


 フィルニアとタマが中央で妙な即興歌を始めていた。


「なんでこうなるんだ……」


 アークが遠い目になる。


 しかも。


 妙に盛り上がっている。


 フィルニアが勢いで歌い、


 タマが途中から適当に合わせる。


 完全にノリである。


 だが。


 周囲の客達は大笑いしていた。


「いいぞー!!」


「もっとやれ!!」


 ナギなんて机叩いて笑っている。


 その横で。


 ミツコが小皿へ料理を取り分けていた。


「はいユキ」


「ありがとぉ」


「ミーコも食べんと」


「うん」


 トシオが酒を飲みながら呟く。


「賑やかやのぉ」


 グランヴェルが静かに頷く。


「……悪くない」


 その言葉へ。


 セレスも小さく同意した。


 ベルンガルド。


 空の港町。


 滞在は短かった。


 けれど。


 確かに、この街にも思い出が出来始めていた。

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