第一章 ③
要たちが部屋を出て行った後、竜胆はしばらく悩んだ末、彼女の上司に連絡を入れた。特対官管理組合の直属の上司にあたる男とは、出来ればあまり会話したくはない。嫌っているわけでは無いが、色々と彼女が担当している特対官の件で迷惑をかけている手前、やり取りすることに多少の緊張感を強いられるのだ。だが、そんな感情的な甘いことは言っていられないだろう。
(本当にあの件をなめくんたちにお願いするなら、もうちょっと確度の高い情報を仕入れないといけませんからね)
さらっと流すように伝え聞いたばかりで、依頼の詳細まで把握しているわけでは無い。まずはそれを聞き出す必要がある。
数コールの後、電話越しに彼女の上司の声が聞こえてきた。竜胆は名乗り、すぐに本題に入る。
「先ほど聞いた、周防要さん、必さんに依頼したいという件について、もう少し詳細を窺えないかなと思って、連絡させていただきました」
要件を明確に伝え、話を先に促す。
問われた上司の男は、しばらく考えるように黙ると、口を開いた。
『あー、その件なんだけどね。ちょっと事情が変わったんだ。あれ、もしかして、もう周防さんたちにお願いしちゃった?』
「いえ、まだですが……。事情が変わった、というのは?」
事情が変わったならそっちから電話してこい、という当たり前の文句は口にすることは無く、竜胆は事務的に尋ねる。
『いやね、周防さんたちに頼もうと思っていたのは、政府のデータベースにアクセスしたハッカーの拘束だろう?』
「はい、その通りです。確か、虚子に関わる秘密の漏洩があった、とか」
曖昧な表現をしながらも、別口のルートから竜胆はその秘密が何なのかを把握していた。彼女は彼女で政府組織や特対官管理組合に横の繋がりを持っており、それとなく情報収集を重ねているのだ。口には出さないが、要と必のためである。そうした活動が実を結んでいるのか、こうした裏事情は彼女の方から問い合わせずとも勝手に集まることもしばしばあった。今回の件もその一つである。
彼女の友人の一人から、冗談めかして言われた言葉を思い出す。
――虚子から人間に戻った女の子がいる、って噂を聞いたよ。しかもその情報がハッカーに盗まれたんだってさ。
あまりに現実離れしているせいか、その友人も気軽な調子で口を滑らせたのだろう。本心からそんなことがあったとは思っていないことは、口調から窺い知れた。それが事実であれば、重要機密だ。決して口外することはあるまい。
その直後に先の依頼が上司から告げられたのである。噂を噂と断ずるには、そのタイミングは不気味なくらいに合い過ぎていた。
『そうそう。詳細は機密だから伏せるんだけどね。それで一応、相手にも虚子がいることを考慮して、特対官にお呼びがかかったんだけどさ。どうも私の認識と違っていて、事態は急を要したようでね。キミから連絡が来ないから、他の特対官を派遣しちゃった』
「ああ、なるほど」
言葉尻では納得を示しながら、竜胆は少しだけ苛立ちを見せた。そういうことは決まった時点でさっさと言っておけ、と内心で愚痴をこぼす。近頃の彼女は、ストレス耐性が極端に下がっているのだ。
「それじゃあ、もう周防さんたちにお願いする必要は無いですよね」
『まぁ、そうなるねぇ。ごめんね、言うの忘れてて』
「いえ、こちらこそ対応が遅くなってすみません。まだ、周防さんには情報を入れてなかったので、入れ違いにならなくて良かったです」
『そっかそっか。それは良かった。じゃあね、またなんかあったら連絡するよ。あ、周防さんたちの再教育はばっちり? もう止めてね、あんな所構わず破壊するのは』
ほんと止めてね、と繰り返して、上司が電話を切る。
ツーツーと音を鳴らすスマホを眺め見ながら、ぼそっと竜胆は毒づいた。
「私に言わないでください、はぁ……」




