第三章 ③
「おれ、陽介っていいます」
「聞いてねぇよ」
場所を離れ、一先ず四方八方から襲撃を受けることの無い廃墟に三人は身を映した。要は埃塗れのソファに横になり、いつものようにその端に必が座る。向かいの地面には、陽介と名乗った男が恐縮した様子で正座している。
「いや、まさか特対官の人とは思わず……さっきはいきなり襲ってすんません」
道中、二人は話を進めやすいように自分たちの身元を名乗っていた。名前と、それから自分たちが同調者と虚子であるということである。余計な反撃や抵抗を防ぐために事前に牽制を仕掛けたつもりだったが、何故だかそれを聞いた陽介は感心しきっていた。自分たちよりも年若いながらも圧倒的な実力を持つ二人に尊敬の眼差しを向けている。
「『はい』か『いえす』だけにしろ」
「俺、昔、特災にあったことがあって。でもその時に、特対官の人たちに命を救われたんです。ほら、一年前に東京であった特災テロの時に、そんで色々全部無くしちゃってこんなところに来る羽目になったんすけど」
「こいつ聞いてねぇな。っつーか、誰が身の上話をしろって言った」
感極まって恐怖など忘れてしまったかのように、要の言葉を無視して陽介が喋り続ける。もう一発殴ってやろうか、と思う要だが、わざわざ立ち上がるのも面倒くさかった。
「アニキって呼んでいいすか⁉」
「いいわけねーだろ。いい加減にしろ」
素っ頓狂なことを申し出る陽介に、要は頭が痛くなる。制御しやすそうな道案内役として選んだが、どうも選択を間違えた気がしないでも無い。話は早そうだが、鬱陶しいことこの上ない。あとこの後輩のような子犬のような感じ、既視感がある。
「じゃあ、私はアネキ?」
「そっすね。必さんは、アネキで!」
「なんか違和感だよ」
「なんかじゃねーよ。全部が違和感しかねーよ。なんで特対官って知ってからこんな態度変わってんだ」
「命救われたんで!」
よほど特対官に救われた経験が良い思い出として刻まれているらしい。キラキラと尊敬の眼差しを向ける年上の男に、要は多少気圧された。
「じゃあ、わたしはヨウくんって呼ぶね~」
「え……あ」
「あれ、いや?」
「いえいえ!なんかちょっとくすぐったい感じがしただけっす!ヨウくん、大歓迎っす!」
陽介の勢いに圧倒されていた要をよそに、必と陽介が早くも打ち解けていた。
その様子に多少呆れつつ、要は皮肉交じりに告げる。
「お前が出会った特対官っていうのは、よっぽど素晴らしい奴だったんだな」
「ええ、もう! まさに正義の女神でしたよ! 怯えて動けない俺を助けて笑いかけて励ましてくれて……そうそう、ちょうどアニキくらいの年の子でした!」
「そうか」
「すごいねぇ。要とは大違い。要はほら、こんな感じでいっつもやる気ないから」
「人それぞれ、特対官それぞれだ」
痛いところを突かれ、要は誤魔化すように天井のシミを数えた。
「それでアニキはどうしてレイロンへ? ま、まさか、ここに虚虜が⁉」
「なんでお前が話の主導権を握ってんだよ」
陽介の勢いに押されてすっかり主目的を失念していた。
要は身体を起こし、再びスマホを取り出す。先ほども陽介に見せた、少女の写真を画面に表示する。
向けられたスマホを、陽介が改めて覗き込んだ。勝手に指で操作して画像を拡大する始末である。
「虚虜が出たってレイロンまで乗り込むか。ここは特災対応の対象地域外だ。――俺はこの子を捜しに来たんだよ。さっきも言ったろ」
「そう言えばそうでしたね……。うーん、でも見たこと無いですね。レイロンでこんな派手な見た目、目立って噂になりそうですけど」
「噂?」
「ここまで顔が整ってる派手髪の女の子、まず間違いなく捕まってマワされますね。そんで噂になって男が群がります」
さも当然と言わんばかりの陽介の言い様に、要は辟易とした気分になる。レイロンがそうした犯罪者の温床であることは理解しているが、実際に生活する人間の発言を聞くと、嫌に現実味を帯びてくる。
「まわ、す?」
「必は知らなくていい。お前も、妹の前で次似たようなこと言ったら殴るぞ」
「あ、すんません。気が回らなくて」
ペコペコと軽く頭を下げる陽介。分かっているのか分かっていないのか、軽薄な男だ。
「特対官って人捜しとかもするんすね」
陽介は、しきりに感心した素振りを見せる。どうやら特対官に興味津々のようだ。
「政府の要請次第でな。これは俺のプライベートだが」
「これっすか?」
小指を立ててにやつく陽介に、要の鋭い蹴りが見舞われた。コントのように床をコロコロと転がっていく。
「要、やりすぎ」
さすがに苦言を呈する必の言葉を無視して、要は立ち上がった。
「勘違いするなよ。俺はお前のアニキでも無ければ友達でもない。そもそもお前ら、人のことをいきなり襲ってきた犯罪者だろうが」
「いやぁ、へへ。すんません、調子乗っちゃって」
蹴られてもすぐに立ち上がり、へらへらと頭を下げて謝る陽介。脅すつもりで発した要の発言が身に染みたようには見えない。それとも憧憬がそうさせるのか、要の態度もすっかりと受け入れてしまっているように見える。
やりづらい、と素直に要は思う。あまりストレスを感じる方では無いが、この陽介という男の軽薄な態度には、ストレスがうなぎ上りで溜まっていく。
「それでアニキは、その女の子を探すために、俺にレイロンの道案内を任せていただけるってことでいいんすかね?」
「ああ、その通りだ。その通りだが……」
なんだか陽介の方からそう言われると釈然としない。今後の関わり方に影響が出る気がするのだ。
関係の主導権を握るために、要は恐怖で陽介をコントロールするつもりでいた。だが、どうやらもうそれは難しいようだ。陽介の要に――特対官に対する憧憬が、要に対する恐怖を塗りつぶしてしまっている。
「不肖、この陽介。レイロンで逃げ回り続けて東西南北、そろそろ一年! 任せてくださいよ、どこでも連れていきますよ」
自信満々に胸を張るその姿は、頼りになると言えばなるのだが、無性に苛立つのは何故だろうか。
ため息をつき、要は陽介をコントロールすることを諦めた。これはこれで、後ろから刺される危険性が少なくなると考えれば、悪くない関係性だろう。
(それにこんなところで油を売っている暇もないしな)
二日しかないのだ。馬鹿なやり取りで貴重な時間を無為にするわけにはいかない。
効率的に動かなければ。レイロンは決して狭い地域では無い。陽介が言葉どおり、レイロンに詳しいのであれば、彼には十二分に役立ってもらおう。
「そこまで自信があるなら教えてくれ。現状、何の手掛かりも無くてな。このレイロンで人探しをする場合、どこに行くのが正解だ?」
レイロン内部の人間通しの関わり合いも要は知らないのだ。無差別に無秩序に人が行きかっている――それは無いだろう。人が集まれば、それを統率するものが、意見を異にする者同士で派閥が、派閥内でルールが、必ずできる。レイロンが上手く回って一地区として安定していればしているほど、それは確実に言える。
「そっすね……まずレイロンって東西南北の四地区で勢力が分かれてるんすよ。その四地区を勢力のトップが仕切ってて、その下に俺みたいな下っ端がいるんすけど」
俺は無所属ですけどね、と陽介は何が面白いのかけらけら笑う。
「外から来た人間を広く受け入れているのは、南の勢力っすね。他は結構排他的だったり、勢力入りするのに条件があったりと厳しいんで、新しく外から来た奴は大体南地区で拾われます。そのおかげで南の勢力は、レイロンで最大人数を誇ってますよ。人数だけは、ですけど」
「じゃあ、まずは南の方で聞き込みしてみるのがいいのか」
「そっすね。俺ならそうします」
案内しますよ、と陽介は胸を張る。
SS001の目的は分からない。もしレイロンに逃げ込んだのではなく、明確な目的を持ってレイロンを訪れたのであれば、陽介の考え方とは異なるかもしれない。だが、手がかりが無い以上、それを考えるのは蛇足か。
思案し、要は行動の指針を決める。まずは南地区に向かう。そこで少女の目撃情報を探す。
「さっそく行きましょう」
話を勝手に進めて、陽介が立ち上がる。渋々、要も立ち上がり、それに必も続いた。
陽介の道案内に従い、廃墟で出来た入り組んだ道を進む。まともな道では無かったが、頻繁には使用されているらしい。瓦礫の多い他の場所に比べて、三人の進む道は足場が安定している。
陽介の先導する道は、道と呼ぶにはかなりの難があり、それはもはや迷路に近かった。舗装された道路のような真っ直ぐな道は存在していないため、前後左右、上下に瓦礫を上ったり廃墟を進んだりして、ようやく再びの開けた場所が見えてくる。明かりの差したそこに近づくにつれ、喧騒のようなものが聞こえてきた。
足音、だろうか。それに人の息遣いの音。決して商店街や市中のような騒々しさでは無いが、確かな人の気配が漂ってくる。
「そろそろっす。レイロンの南地区、レイロン最大の闇市場――サウス・スラッジっす」
瓦礫を乗り越え、晴天の下に出たところで、陽介が足を止めた。後に続く要たちも陽介と同じく足を止めて、その光景に圧倒される。
人がいる。それも所狭しと人が行き交い、至るところで商店が開かれている。店の業種は暖簾も何もないので全く分からないが、イメージは夏祭りの屋台を思わせた。そこで人が談笑しながら買い物に興じている。
これが本当にスラムか、と我が目を疑う要だったが、現実であることは間違いない。
レイロン最大の人工を誇る南地区。陽介の言に間違いは無いようだ。
「南地区ってのは、主にレイロンの商流を管轄してるんすよ。レイロン外とも繋がりがあるらしくて、流通の要っすね。まぁ、レイロン内は物々交換が主だったりするんすけど」
「スラムっていうか、そこまでやってると一つの小さな国だな……」
「政府の力を頼れない以上、自分たちで全部やらないといけないってことで、意外に細かいルールが決められてるんすよね。東は行政、西は軍事、南は商業、北は法律、を担当しているみたいっす。まっ、いわゆる国みたいな厳密なものじゃなくて、なんちゃってっすけど」
「それでこの南地区は、商業や流通を担当しているってわけか」
「そうっす。この地区にはレイロンの情報屋もいるんすよ。まずはそこ行きましょう。あ、報酬がいるんすけど、なんか持ってます?」
人込みを避けるように迂回し、市場からやや離れた路地に足を運んでいく。次第に喧騒が収まっていき、不気味で不穏な重たい雰囲気が戻ってくる。
「人に渡せるもんなんて持ってねーよ」
「まぁ、そっすよね~。そうなると、なんか面倒事頼まれるっすね」
「面倒事?」
興味深そうに周囲に目を向けていた必が、不思議そうに聞き返した。
「そっす。俺が頼んだ時は、通路の整理を依頼されたっすね。瓦礫の撤去とか、コンクリートに穴を開けたりとか、苦労したっすよ。まぁ、そーゆー感じっす」
そんなもんしてる暇ねーよ、と心の中でだけ吐露し、要は所持品を漁ってみた。財布とスマホ、時計、武器となる柄――それくらいだ。あまり荷物を持ち運ぶ習慣も無く、取引に使えるような高価な一品など持っていなかった。
(あとは……これか)
右手の薬指に付けた指輪を見る。ブランド物でも何でもない、どこのデパートでも売ってるような中高生向けの低価格帯のファッションアクセサリーである。
実用性に欠けることを考えれば、これをスラムの住人が欲しがるとも思えない。欲しがってもくれてやるつもりは無かったが。
「あ、要」
「ん?」
要が指輪を見つめていることに気づいたのだろう。何かを自慢するように、必が首元を漁り、それを取り出した。革紐のチェーンで結ばれた、要と同型のリングである。
「私も付けてるよ」
「知ってるよ」
えへへ、と声に出して必が笑う。その笑顔に少しだけ、要の表情が曇った。
「そこ上ったらすぐっす」
陽介が案内したのは、二階より上が崩落したマンション跡地だ。元は五階建てと思われるが、今は残骸だけを残すばかりであり、不安定ながらも奇跡のバランスで原型を止めている。
朽ち錆びた階段の一段目に足をかけ、崩れないかを確かめてから陽介がそこを上る。要も同じように上ろうとして、軋んだ音に表情を強張らせた。
大丈夫か、これ。
少し迷い、二階くらいなら別に落ちても平気であることを思い返して、陽介の後に続く。
陽介が足を止めたのは、階段を上ってすぐの部屋の前だった。荒れ果てて廃墟と化したマンションの姿には不似合いに、観葉植物が飾られている。部屋のドアにはコルクボードがかけられ、殴り書きのような字で「PREDICTION」と書かれている。
(「PREDICTION」……予言?)
どうぞ、と陽介に手で促される。仲立ちをしてくれるわけでは無いらしい。
要は軽くノックをしてみる。返事は早かった。
「はーい」
幼さの残る高い声がドアの向こうから聞こえ、金属が地面を擦る音を響かせながら、ドアが開いた。現れた情報屋の姿に、要は目をみはる。
ドアの向こうから現れたのは、一人の小さな少女だった。長い三つ編みの赤髪と、澄んだ星空を思わせる黒曜の瞳、太陽の光を浴びたことのないような透き通った白磁の肌が特徴的な少女は、要を一瞥してから視線を横にずらし、必の姿を見て息を呑んだ。わずかばかりの躊躇を経て、険を含んだ声を上げる。
「なんで虚子がこんなところに?」
少女が言葉を発するとほぼ同時に、必も要に告げていた。
「要――この子は、虚子だよ」
「ああ、見たらわかる」
改めて、少女の容姿を確認する。
八歳から十二歳頃の幼い容姿。
特徴的ともいえる透明感のある派手髪。
自然に、あるいはカラーコンタクトでは再現し得ない不可思議な発色を放つ特殊な瞳。
それが虚子を判別する特徴とされている。中には黒髪や黒目で判別が難しい場合もあるが、おおよその虚子は、分かるものが見れば一目で分かる。特に同調者であれば、それは顕著だ。多くの虚子と触れ合う機会の多い彼らは、虚子の持つ独特の雰囲気を敏感に感じ取れる。
「そういうあんたは、同調者。こっちも見たら分かるわ」
お互いの視線をぶつけ、火花が散り合う。
初対面にも関わらず、ここまで敵対的に接してしまうのは、お互いがお互いを脅威と認識しているゆえだろう。おおよそ常人をはるかに超える力を持つがゆえに同調者や虚子は人を恐れないが、虚虜や同族の虚子、その虚子と同調した同調者であれば別だ。ある意味でお互いが天敵なのである。
「え⁉ センリちゃんって虚子なんすか⁉」
睨み合う二人の空気を、陽介ののんきな声がぶち壊した。
途端に三人の間で流れる剣呑な空気が霧散し、センリと呼ばれた少女が表情をやわらげたことで完全に消え去る。
「まっ、いいわ。ようこそ、お三方。未来を見通すPREDICITONにどんな御用でしょうか?」




